発表フェイズ2:『20』審判、そして
「……る、ルール?なんで?」
むつが震える声で尋ね返すも、燕は答えない。
ただ……四郎が『そういうことか』と、小さく呟いた。
「おい、燕……お前、『悪魔に魂を売った』のか?」
「……ああ、そうだよ。それを条件に昇級試験を受けた」
燕が答えて、四郎は『あー……』という顔をしている。バカをはじめとして、他の全員はよく分かっていないのだが……。
「……まあ、アレだ。こいつは自分を担保にして、昇給試験を急いだってことだろ。……カード22枚を集める試験、だったか?」
四郎がちょっと寂しそうな顔でそう言うと、燕は特に驚きもせず、頷いた。
「ああ。……それでいて、『各発表フェイズごとに、平均より多くのカードを所持していること』と、『一度も悪魔に魂を奪われないこと』が条件だった」
「あー……つまり、潜伏していることも許されない、ってことか。カードを多く集めようとする人達とは、絶対に対立することになるように動け、っていう……成程ね。実に悪魔っぽいなあ」
デュオもなんだか難しいことを言いながら苦笑する。デュオが『実に悪魔っぽい』と評するような条件を課されて、燕はこのゲームに参加していたらしい。
「……そんな条件を呑むくらいには、昇級したかったのかな」
更に、デュオがそう尋ねると……燕は、黙って頷いた。
「人間の力には、限界があるから」
「……人間の力?」
むつが、ぽかん、として首を傾げると、燕はちょっと考えて……それから、言った。
「……理不尽なことが、どうしてもあるだろ。それを、どうにかしたかった」
バカはちょっと考える。
バカはバカだが、『りふじん』の意味は、なんとなく分かる。
……ひどいことである。確か、そんなかんじである。
真っ当にやってきた人が、真っ当じゃない目に遭うこと。これは、『りふじん』である。
逆に、悪いことをしている人が、罰されずにのうのうとしていること。これも、『りふじん』である。
バカは、そういう風に『りふじん』を理解している。
「例えば、悪魔の力を使えば、冤罪を全て明らかにすることができる」
バカは、『えんざい……?』と頭の中に洗剤を思い浮かべていたが、海斗が『無実の人が嫌疑を掛けられることだ』と教えてくれた。次は『けんぎ……?』となっていたら、『人を殺していないのに殺人罪で逮捕されたら、それは冤罪、ということになる』ともっと分かりやすく教えてくれた!
「不慮の事故での死傷を無くすこともできる」
バカは、ちら、と五右衛門とヤエを見た。
……『不慮の事故』は、分かる。五右衛門がヤエを轢いちゃったのは、『不慮の事故』だ。五右衛門はヤエを傷つけようとしたわけじゃなかったし、ヤエも、脚を失おうとしたわけじゃ、なかった。
それから、各地の労災も概ね、それである。『不慮の事故』だ。それが無くなったら……どんなにか、悲しむ人が居なくなるだろう!
「不正を消すこともできる。犯罪者を正しく罰することも、できる」
燕は続けて……そして。
「折れたチューリップを、治すこともできる」
「えっ」
……妙に可愛らしいことを言った燕を、思わず全員で見つめてしまう。
すると。
「……覚えてたんだ!」
「そりゃ……まあ」
むつが、『すごい!すごい!すごい!』と、大喜びで燕の前で飛び跳ねる!燕は『やっぱり言わなきゃよかった』みたいな顔をしているが……多分、もう遅い!
「チューリップ折れちゃったこと、あるのか?」
バカがむつに尋ねてみると、むつは『うんうん!』と嬉しそうに頷いた。
「あのね、チューリップ……小学生の時に育てたことがあったんだけどね。大事に育ててたピンクのチューリップ……蕾が開く前に、折れちゃったんだ」
「あああ……それは……それはなんと悲しいことでしょう……!分かります!分かりますよその悲しみぃ!」
むつが話すのを聞いたタヌキが、むつに駆け寄って、むつの脚の周りをくるくると駆け回る。
「分かってくれるかぁ。いいタヌキさんだねえ」
「はい!私は植物と音楽をこよなく愛する善いタヌキです!」
むつがタヌキを抱き上げて『いい子いい子』とやると、タヌキは『善い!タヌキ!』とぽんぽこ胸を張った。堂々たるタヌキである。
「あの時、私、大泣きしたもんなあ。えへへへ……」
むつはちょっと恥ずかしがってにへにへしていたが、燕は特に何も言わず、ちょっとだけ笑った。
……だが。
リンゴン、リンゴン、と鐘が鳴る。
そして。
「あ」
ぼろっ、と、燕の腕が、肩のあたりから崩れた。
「……えっ、何、これ」
「ああ……時間切れらしい」
むつが動揺する一方、燕は冷静だった。
「この体も、借り物だから……没収、ってことなんだろ」
「そ、そんな……え、ちょ、ちょっと待ってよ。まだ、全然、何も」
むつは、崩れて落ちた燕の腕を持ち上げようとするが……それらはむつが持ち上げようとしてもボロボロと崩れていくばかりだった。
……静かに混乱しながら必死に燕の体の崩壊を止めようとするむつを見ながら、燕は口を開きかけて……そして。
「……あの」
顔を上げて、バカのことを見上げた。途端、燕の片脚も、ぼろりと崩れていってしまう。
だがそれでも、燕は動じることなくバカを見つめて、言った。
「彼女を、地上に連れて帰ってほしい。勝手なのは分かってる。迷惑かけたっていうのも」
バカは、何と言葉を掛ければいいのかも分からないまま、燕を見守ることしかできなかった。
「……すみません。よろしくお願いします」
そんなバカの前で燕は、皆に向かって、深々と頭を下げた。
その首が、ぼろり、と落ちる。
落ちた首は、床に落ちて、消し炭のように脆く崩れて……そして、燕だったものは、一握りの灰になってしまった。
むつが、灰の前に膝をつく。
灰に触れて、さらり、としただけのそれを指先で撫でて……俯く。
「……燕、昔っから、ああいう、奴でね?」
俯いたむつが、ぽつぽつ、と言葉を零すのを、バカは隣で体育座りして聞いていた。
「理不尽なことに、すごく、怒ってて……多分、頭いいから、私なんかよりずっと、ずっと、そういうの、分かるからさあ……燕は……」
むつは、ひゅ、と息を吸って、震える声と一緒に吐き出した。
「……チューリップが折れちゃった時、私、大泣きしたんだけどさ。でも、その時……私だけじゃなくて、燕も、泣いてくれたんだ。折れたチューリップの鉢、じっと見つめたまんま、声なんて上げずに、ただ私の背中さすりながら……燕も、泣いてたの」
灰を手に掬って、胸に抱くようにして……むつは声を上げて泣き出した。
「ごめんね、燕ぇ!私、バカだからさあ!燕が苦しいのも、悩んでるのも、怒ってるのも、全然、分かんなかった……!」
むつの叫びが、バカの胸に突き刺さる。
……バカはバカなのだ。だからきっと……むつが、『燕のことを分かっていなかった』のと同じように、バカが、『海斗のことを分かっていない』ことも、沢山あるのだろう。
そう考えると、バカはどうにも、胸が引き裂かれるような気持ちになってくる。
ああ、世界のあらゆることが、取り返しがつけばいいのに。
泣いているむつをそっとしておくべく、バカはとぼとぼと、むつの傍を離れた。
すると、バカの横に海斗がやってきて、ぽふ、とバカの肩に腕を回した。海斗からこういう風にしてくるのは、ちょっと珍しい。……海斗も悲しくて寂しい気持ちなのだろう。
「海斗……むつの異能で、燕は、治せないのか……?」
同じ気持ちを共有できる者として、バカが海斗にそう、尋ねてみた。……だが、海斗はため息を吐いて、悲しそうな顔で首を横に振る。
「……2つの理由で不可能だな。1つ目の理由は、『悪魔に魂をとられた人間『だけ』巻き戻しの対象にすることはできない』ということだ。そして2つ目の理由は……『巻き戻しを前回行った時点から経過した時間分しか時間を巻き戻せない』ということだな」
バカは、そっかぁ、と呟いて、しょんぼりした。海斗の説明はちょっと難しいが……とにかく、『燕が悪魔に魂を取られちゃった後だから』、そして、『むつが異能を使っちゃってるから』駄目だ、ということは、分かった。
「燕だけを巻き戻すことはできない。仮に、むつさん以外の全てを巻き戻す、という風にしたとしても……むつさんは既に一度、巻き戻しを使っているから……」
……だが。
「ん?でもむつはむつを巻き戻して、巻き戻す前のむつに戻ったんだよな?」
「……は?」
……バカはバカなので。
唐突に、閃くことも、あるのであった。
「あれ?巻き戻す前に巻き戻したら、それって巻き戻したことにならないよな……?あれ、なるのか……?そもそも巻き戻しってなんだ……?」
閃いたものの、バカはバカである。『まき……まきまき……?』と、頭の中がぐるぐるまきまきしてきた!
「……おい、ちょっと待て、樺島」
そして、海斗もまた、『ぐるぐるまきまき』の様相を呈してきた。が、ひとまず『待て』と言われたので、バカは待つ。『待て』ができるバカ。樺島剛である。
「海斗……?」
「……お前は考えるな。ちょっと、待ってくれ……」
……海斗は、なんだか不思議なことを言いつつ、しばらく黙って考えていた。
だが……ちら、とデュオを見て、デュオが何か反応したのを見て……『ああくそ!』と苦笑いしながら呟いて……ばしん、とバカの肩を叩いた!
「その通りだ!樺島!……それから、むつさんも!喜べ!」
そして海斗は……なんだか、いつもよりも随分と元気よく……ちょっと、バカが『あれっ?』と思うくらいに高らかに、ちょっぴりわざとらしいくらいに、宣言したのである。
「僕の頭脳で考えてみたが、理論上、樺島の言う通りだ!むつさんは間違いなく、『異能を使っていない状態』に戻っている!よってむつさんは今……『巻き戻し』をゲーム開始時点まで行うことが可能だ!つまり……」
が、バカが覚えた違和感は……海斗のちょっとヤケクソになった笑顔と、素晴らしい報告によって、消し飛んだ!
「今!むつさんの異能を使えば!……燕を救うことができる!」
「えええええええ!?そうなのぉおおおおおおお!やったああああああああ!」
バカが喜びのあまり絶叫すると、割とすぐ近くに居た四郎が『うおお!うるせえ!』とびっくりしてしまった!ごめん!
「むつぅうう!むぅううつううううう!燕!助かるって!助かるってぇええええ!」
だがバカの喜びは果てしない。『ずどどどどどど』とむつに駆けていきながら、またも叫ぶ。そんなにデカい声を出す必要は、無いのだが!
「えっ……えっ!?本当に!?う、嘘じゃない!?なんで!?」
が、むつはむつで、さっきまでの悲しみも無力感も、そして『うわっうるさっ!』というびっくりも、何もかもが『燕が助かるかも!?』によって掻き消されてしまったらしい!
更に。
「うん。嘘じゃない。俺も保証する。むつさんは『巻き戻し』を使って、自分自身を『巻き戻し』したから、『巻き戻し』をしたことになっていないはずだ。だって、『巻き戻し』をした時のむつさんの存在は、もう消えているわけで……ああ、難しい理屈は考えなくていいよ。ひとまず、『可能だ』ってことだけでいい」
デュオまでがよく分からない難しい話で説明してくれたので……バカとむつは顔を見合わせ……互いに、『今の分かった?』『わかんねえ!』『だよねえ』とうなずき合い……そして。
「やったぁあああああああ!」
「うおぉぉおおおおぉおおお!よかったなぁあぁあああああ!」
2人揃って固く抱き合って飛び跳ねながら、叫ぶのであった!
つまり……2人分うるさい!
「まあ、ちょっと待ってもらおうか」
が、そこでデュオが水を差してきた。なので、むつを抱きしめたまま宙に浮いていたバカは、いそいそと床まで戻ってきた。ただいま!
「その方法を取る場合……むつさんが裏切ったら、僕達全員、『最初から』になる。そして今度こそ……恐らくは、『燕の一人勝ち』の状況まで持っていかれる訳だけれど。いいんだね?」
……だが、デュオに言われた言葉は、ちょっと浮かんでいられなくなっちゃうくらいに重いものであった。
「むつが、裏切ったら……?」
バカが頭の上に『?』マークをいっぱい浮かべていると、その横でむつは、ちょっと緊張した表情で小さく頷いた。……バカには分からなくても、むつには分かっているらしい。
これは、さっきの『本当にむつは今、異能で時間を最初まで巻き戻せるのか?』という疑問なんて、いよいよ吹き飛ぶような、重いことなのだ。
「さっき、むつさんに自分自身の時間を巻き戻してもらった奴も、アレだって危険だったよ。言ったら気づかれそうだから言わなかったけれど、あそこで『触れているもの以外の時間を巻き戻す』とやられたら、まあ……樺島君の『1周目』になっていたね。えーと、割と大勢死んだんだっけ……?」
が、デュオが頭の痛そうな顔で追加してくれた説明で、バカもようやく、理解した。
全ては、むつの一存次第であるらしい、ということに。
……つまり!
「つまり!むつは裏切らないから大丈夫だな!」
「そうだな!そしてお前はバカだ!」
海斗が大いに嘆き、バカは満面の笑みである!
どうやら大丈夫っぽい!ヨシ!
「え、あの、樺島さん。本当に、いいの?私のこと、信じちゃっても……」
バカは納得したが、一方のむつは、納得できていないらしい。『信じてもらえる』ということを『信じていない』のだ。むつかしい!
「うん!だってむつは燕のこと、助けたいんだろ?だったら俺達、目的は一緒だ!俺、燕も……他の皆のことも、助けるんだ!だから、一緒に頑張ろうぜ!」
だが、バカの理論は実にシンプルである。バカはただ笑って、むつの手を握った。
……むつは、やっぱりまだ、戸惑っている様子だった。しかし、周囲を見回して、他の皆の顔を見て……その全員が。『むつさんが裏切るかも』と言っていたデュオでさえ、頷いてみせてくれるのを見て……バカの手を、強く握り返した。
「ありがとう、樺島さんも、皆も!……絶対、後悔させないから!」
バカを見つめ返すその目には、希望が燃えていた。
……そうして。
「じゃあ……行きます!」
むつが、右手でバカの手を強く握り、左手を自分の胸に当てて、目を閉じて、念じ始める。
……すると、ふわ、と春風めいた風が、逆巻き始めた。
風はどんどん強くなる。あまりの強さに、バカは目を開けていられなくなって、きゅ、と目を閉じる。
そんなバカの耳に、海斗の『頑張れよ、樺島!ラストスパートだ!』という声が、聞こえて……。
樺島剛と、むつ……こと町田真理奈は、全てが巻き戻ったデスゲーム会場で、目を開いた。
全てに勝利し、ハッピーエンドを迎えるために!
……バカ達は、知らない。
賢い人達の優しい嘘に守られて、この奇跡が生まれたのだということを。
だが、知る必要もない。
何故なら……知っちゃうと、彼らの異能が都合よくいかなくなっちゃうからである!
そう!全ては、彼らがバカだからこそ成り立っている奇跡なのであった!
おお、バカ!ああ、バカ!




