多分ゲームフェイズ2:『20』審判
そうしてバカ達は、無事、『20』の部屋へと到達した。尚、この移動のために天井裏の床および大広間の床がまたもやデュオバットによってカチ割られた。まあ、些事である。海斗は『わざわざもう一回割る必要があったか……?』と嘆いていたが。そこに壊していい床があったらカチ割るものである。
「ここに、燕が……」
『20』のドアを前にしたむつは、緊張気味に小さく呟いた。バカは、そんなむつの背を、ぽふ、と叩いて元気づける。
「大丈夫だ。俺達みんな、ついてるから!」
な!とバカが笑いかければ、むつはちょっと笑って……それから、零した。
「私……その、実は、燕のこと、あんまり、知らないんです」
「その、最近の燕のことは、っていうか……高校からは、別の学校になっちゃって、喋ること、あんまり無かったから……」
むつはそう言って、ちょっと俯いた。
「だから、私、燕のこと、あんまり知らないっていうか、なんでデスゲームなんか参加したのかも、なんで……居なくなっちゃったのかも、わかんなくて……なのに、説得なんて、できるのかな……」
……むつは、しょんぼりしている。さながら、萎れてしまった花のように。
だが、そんなむつに、ヤエがそっと近づいて、むきゅ、と抱き着いた。
「あの、むつちゃん……大丈夫だよ。分からなかったら、聞けばいい、と思う。それに、駄目だったとしても、やり直せる、んだよね?」
ヤエがそう言えば、むつも、『あっ、そうだった!』という顔になってきた。
「トライアンドエラー、だよ。むつちゃん。やり直せることは、なんだって、やり直せばいいよ」
「……そっかー、うん、そう、だよね……」
むつも、むきゅ、とヤエに抱き着き返して、少女2人はむきゅむきゅくっつき合う。バカは、『女子ってよくくっつくよなあ。ミナも時々、たまとかビーナスとかにくっついてること、あるもんなあ……』と、なんだか不思議な気分でこれを見つめた。
……尚、バカ自身も実際、よくくっつくタイプである。主に先輩達や海斗が被害に遭っているが、海斗自身は友達がいなかったせいでその違和感に気づけていない!周囲から生温かい目で見つめられていることに、全く、気づけていないのだ!バカ被害、ここに在り!
「……なんか、ヤエちゃんとは今さっき会った気がしないなあ」
「うん。私も、なんだかむつちゃんと、今さっき会った気、あんまりしない、っていうか……あの、後で連絡先、聞いても、いい?」
「あっ、うん!もちろん!」
そしてこの少女2人は、早速意気投合している。バカは、『女子ってすぐ仲良くなるよなあ……』と、やっぱり不思議な気分でこれを見つめたが、やっぱりバカ自身もすぐ人と仲良くなるタイプである!バカはこれに気づけていない!客観視できないあたりが、実に、バカ!
「よーし!なんか、元気出てきた!」
そうして、むつはヤエにむきゅむきゅと励まされて、元気になったらしい。ヤエは『むつちゃん、がんばれ』とにこにこしていて、むつもにこにこしていて……バカ達も、にこにこしてしまう!
仲のいい人達を見ていると、バカはとっても嬉しくなってしまうタイプだ!そしてきっと、ここに居る人達は全員、多かれ少なかれ、そうだ!
「くよくよしてちゃ、駄目だよね!色々知らないことは聞けばいいし、話し合いができるんだからすればいいし……あっ、あと、燕のこと、一発引っ叩いてやろっと!」
すっかり元気になったらしく、むつはシュッ、シュッ、と右フックの練習をし始めた。
……燕の運命や、如何に!
「燕ーッ!でてこーい!燕ーッ!」
……ということで。
威勢よく、バアン!とドアを開いて、むつが入場した。更に、全員がぞろぞろと付いてきて、部屋の中へと入ると……。
「おっ!燕、出てきた!やったー!燕ー!」
「よし、囲め囲め!異能使える奴は異能使えるようにしとけ!それから七香!お前の出番だよな!?」
「手が何にも触れられないようにしておけばいいんですね。確かに私が適任でしょう」
……そうして、現れた燕は、即座に包囲された。
更に、七香の『見えざる手』が燕の手をそれぞれ、何にも触れられないようにガッチリつかんで固定してしまったので……。
「勝利!どうよ、燕ぇ!」
……むつの勝利の雄叫びが、実に清々しかった!
「ま……っ、なんで、ここに」
燕は、愕然としていた。自分の手が押さえられてしまっていて、つまり、自分の異能がもう露見しているということで……しかしそれ以上に、目の前のむつを見て、愕然としていたし、動揺していた。
「うん!ま、色々あったの!」
一方のむつは、あっけらかん!としている。とても潔い。
……そんなむつを見て、燕は、事態を打開しようとしてか、状況把握に努め始めた。とはいえ……むつの異能のキーとなる『手』は使えず、自分以外の全員が団結した様子で……そして、目の前でむつが、仁王立ちしている。
どう考えても、絶望。そういうことなのだろう。燕の顔色が、どんどん悪くなっていく。
そして。
「燕。色々と言いたいことも聞きたいことも、あるんだけど……」
そんな燕の前で、むつは……すうっ、と息を吸い込んで……一気に、吐き出した!
「なんで私、『むつ』なの!?」
「……は?」
燕は、ぽかん、としていた。
周り全員も、ぽかん、としていた!
「……いや、なんで、って……」
「私のネーミングセンスじゃないじゃん、これ!絶対に燕が決めたでしょ!私、そこらへん覚えてないけど!絶対そうだ!」
むつがあまりにも堂々としているので、燕は大分ぽかんとしていたが……やがて、じと、とむつを睨んだ。
「……どうでもいいだろ、名前くらい」
「嫌だよ!もうちょっと可愛いのつけといてよ!ヤエちゃんのはかわいいのに!『むつ』って!ムツゴロウみたいじゃん!」
バカの頭の中には、『よーしゃよしゃよしゃよしゃ』のおじさんの顔が浮かんだ。タヌキの頭の中には、『ムツゴロウって……ハゼの仲間でしたっけぇ……?あれ?これはドジョウ……?』と、よく分からない魚っぽいものが浮かんでいた!正しく『ムツゴロウ』を想像できたのは、デュオだけだった!
「そんなこと言ったら『ヤエ』だってヤエヤママダラゴキブリかもしれないだろ」
「えっ!?何!?なんていった!?それ何!?早口言葉ぁ!?」
「ヤエヤママダラゴキブリ」
「ヤエマママママ……!?ん!?ゴキブリ!?ねえ酷くない!?こいつ酷いよねえ、ヤエちゃん!」
更に、燕とむつの会話はよく分からない方向からヤエに飛び火した。ヤエは『うん』と力強く頷いた。燕はちょっと気まずそうな顔になってしまった!
「あの、むつちゃん」
そんな飛び火先のヤエは、真剣な顔で、むつを見つめて……言った。
「その……『むつ』って、かわいい、と、思う……」
……むつは、きょとん、として……それから、にへ、と笑った。
「そうかなあ」
「うん。『むつっ』としてて、かわいい」
「そっかぁ……ならいっかぁ……」
むつとヤエがにこにこしているのを見て、燕は苦り切った顔で『わかんねえ……』と呟いた。デュオや四郎は、『ちょっと、気持ちが分かる……』という顔で頷いていた……。
さて。
「じゃあ、名前はいいことにするけど」
「……もっと先に聞くべきこと、あるだろ……?」
むつが『話は一つ終わった』とばかり、ちょっとすっきりした顔で燕に向き直ると、燕はいよいよ、心配そうな顔になってきてしまう!
「なんか打ち合わせとか、あったんじゃないのかよ」
「え?うーん、特には……あれ?あったっけ、樺島さん……」
「無かった!と思う!俺も忘れた!」
「そっかぁ!……じゃあ無かったってことで!」
燕が、バケモンを見るような目でバカを見ている。バカは『どうも!』とにこにこ笑顔でそれに応じた。燕は『むつが2倍に増えた……』というような顔であるし、横で見ていた海斗も『樺島が、2倍……!』と、頭の痛そうな顔をしている!
「えっと……そうだなあ、聞きたいこと、聞きたいこと……」
そうして、むつはちょっと考えて……それから、ふ、と、口をへの字にした。
……そのまま、ちょっと黙っていたむつを見て、燕は少し心配そうな顔になり……そして。
「その……燕は、さあ」
なんとも歯切れ悪く、言葉を発して……そして。
「私のこと、友達だって、思ってくれてる?」
むつがずっと聞きたかったのであろうことを、聞いたのだった。
「……だから、もっと先に聞くべきこと、あるだろ」
燕は、そう言ってむつから顔を背ける。だが、顔を背けても、その先にむつが回り込むので、燕は逃げられない。
「無いよ。私には、無い。私には一番、これが大事なんだから」
むつが、むっ!と燕を睨む。……だが、その顔はどうにも、不安気であった。
「あの、燕は……なんで、何も言わずに、行っちゃったの?悪魔のデスゲームとかさ、そんなの参加するぐらいだったら、ちょっとくらい、相談してくれたって、よかったじゃん。友達、なんだから……」
むつの声は、最後の方は大分しょぼくれて、最初の威勢はすっかり消えてしまっていた。……それを見た燕は、ぐっ、と唇を引き結んだ。
「……何も言わなかったのは、言っても理解できないだろうと思ったからとか、友達じゃないと思ってたからとか、そういうんじゃ、ない」
燕は、言葉こそ選びあぐねていたが、意志はずっと、はっきりしていたのだろう。嘘なんて吐かない。これが間違いなく、燕の本心なのだ。
「誰かに相談することじゃないと思ったし、これは俺1人でやるべきことだから」
「だから!それが悔しかったの!燕がそう思ったっていうのが!」
……燕の本心だったから、むつは、泣いている。
「……燕が悪いとかじゃなくて、私が、悔しかった」
しばらく、むつは黙って泣いていた。泣きたくないのに涙が出てきてしまうのを、懸命にどうにかしようとしていた。
燕は動こうとして、しかし、手がガッチリと押さえられてしまっているので、どうにもできない。ただ、ぼろぼろと涙を零すむつを間近に見つめていることしか。
……そうして。
「……あー、やっと、言えた……」
ようやく、少し落ち着いたらしいむつが、目元や頬を乱暴に拭って、ふり、と頭を振った。そして、『よし!』と気合を入れるが如く、自分の頬を、もちんっ!と叩いて……。
「ね、燕。帰ろ。もう燕のお葬式しちゃったけど、帰ったって別にいいじゃん」
むつは燕に笑いかける。まだ涙の残る目ではあったが、少し無理して、それでも笑う。
「私、文句言うなら燕のお墓とか写真とかじゃなくて、本物に直接言うんだ、って決めてたんだ。まだ、言いたいこと山ほどあるし、聞きたいこと、山ほどあるし……行きたいところいっぱいあるし、読ませたい本あって、あと、食べさせたいものもあって……」
むつが喋れば喋るほど、燕は困った顔になって俯いてしまう。『何て言おう』と考えているらしい燕を見て、むつは益々、『勉強、教えて欲しいところあって』『チューリップ植える準備してるんだけど』『最近、しるこサンドクラッカーにはまってて』と喋りかけるのだが……。
「……ごめん」
燕は、顔を上げて、しかし、視線はちょっとむつからずれたところを彷徨っていて……。
「俺は、行けない。ゲームに負けた悪魔は、魂を奪われるルールだから」
……そして、そう、はっきりと口にした。




