ゲームフェイズ2:天井裏3
「最初に候補に挙げるべきなのは、やっぱり、『→0』の部屋の脇にあった隠し部屋かな。あそこに燕の死体……えーと、体……?が、あったわけだし」
デュオがそう言うと、海斗はちょっと難しい顔をした。
「僕は、あそこを調べるなら『タイミング』がかなり難しいと思う。……その、外傷はなかっただろう?となると、誰かに殺されたわけじゃない。燕が何らかの異能か、はたまた悪魔の能力か何かを使ってあの状態になっただけ、と考えると……『ただ燕が1人で倒れるだけ』というリプレイが見られるだけのような気がする」
バカには何が何やらサッパリ分からないが、デュオには色々分かったらしく、『ああ、確かにそうか……』と悩み始めてしまった。
「となると、むつさんが居そうな場所を探した方がいいのかな。……とはいえ、決定的なところを確かめられる場所には心当たりが無いけれど」
「そう、だな……。うーん……強いて言うなら、『ティファレトの個室が最初に開いた瞬間』を調べれば、そこでむつさんと燕が何か話している様子か何かは見えるだろうが……」
「……まあ、むつさんの実在だけは分かるだろうね。今のところ、樺島君の証言でしか、俺達はむつさんを観測できていない訳だから……」
海斗とデュオの話は、バカには分からない。とにかく、分からない。が、真剣な顔をしている2人を横で見ていて、バカは『ふんふん』とそれらしく頷いておいた。
……すると。
「あのよ、小難しい話になっちまってて俺にはサッパリ分からねえんだが……」
四郎が、そんなことを言い出した。なのでバカは『四郎のおっさん、俺と一緒!』とにこにこした。
だが。
「燕が悪魔で、むつの体に自分の魂を入れてむつの体を使ってた、ってことなら、むつの魂がどっかにあるんじゃねえのか?その場所が分かりゃ、そこを調べるのが一番いいだろ」
四郎が、そんなことを言い出したので……バカは、『四郎のおっさん、俺と全然違う!』と愕然とした!
「まあ、そうなんだけれどね。うん、まあ、それが一番、決定的なところが分かる案か……」
「少なくとも、『むつさんと燕の体の入れ替えが行われた』のか、『むつさんの魂が抜き取られた』のか、『魂の入れ替えではなく異能による見た目のコピー』なのかが分かる訳だな?うん……確かにそれが一番いいか」
四郎の提案は、デュオと海斗に受け入れられた。やっぱり四郎はバカとは一味違うらしい。バカが尊敬と『俺と仲間だと思ってたのに……』という、ちょっぴり寂しい気持ちとを込めて四郎を見つめてみたところ、四郎は苦笑しながらバカの頭をぽすぽす撫でてくれた。やっぱり四郎はいい奴である。
「けれど、そうなるといよいよお手上げだな……。どこで魂の入れ替えが行われたか、どころか、どこにむつさんの魂があるのかも分からない訳だし……」
とはいえ、四郎の案は『それはそうだが実現するのは難しい』という奴なのだろう。キューティーラブリーエンジェル建設フローラルムキムキ支部でも、時々『その解体、いい案ですね!実現不可能ってところに目をつぶれば!チクショォー!』と頭を抱える先輩方を時々見るので、バカにもそういう感覚はある。
「いや、まあ、どこかにはある、んだとは思うんだけれどね。ほら、『20』の部屋でむつさんは出てこなかったわけだし。でも、むつさんがこのゲームに存在しているらしいことは樺島君が知っているわけだし……」
「だからこそいよいよ、頭が痛いな……」
デュオも海斗も頭を抱えてしまったので、バカも一緒に頭を抱えておく。『考えが置いてけぼりな分、せめて、心は共に在るぞ!』という所存である。
だが。
「……よし、樺島、出番だ」
「出番!?俺の!?」
海斗から、唐突に指名されたバカは驚き、そして喜び勇んで飛び上がった。
「やったー!何でもするぞ!頑張るぞ!」
「そうか。それは何よりだ。じゃあ……」
海斗は、何とも言えない顔で……辺りを見回して、言った。
「……お前の鼻で、むつさんの魂の場所を探り当ててくれ」
「……えっ!?」
「いけるだろう。お前なら。こう、デスゲーム会場に漂う出汁の匂いを嗅ぎ分けることはできるんだし」
……海斗からの期待が、重い!
が、それでもバカは挫けない。社歌にもあるのだ。『挫けそうになっても諦めず進め!』と。
「が、がんばる!」
ということで、バカは早速、『すんすんすんすんすんすんすん』と辺りの匂いを嗅ぎ始めた。
「……いや、あの、冗談だ。その、ごめん」
「いや!がんばる!俺、こういうのじゃないと役に立てないからぁ!」
海斗は『流石に質の悪い冗談だったか……』と申し訳なさそうな顔をしてしまったのだが、バカは一生懸命、すんすんやって匂いを嗅ぐ。さながら、警察犬のようである。或いは、トリュフを探す犬。
「ところでそもそも、魂って匂いがあるのかな……?」
「まあ、あるよな。俺もちょっとは分かるぜ」
「あるのか……そっか……」
デュオは『つぐみの魂にも匂いがあるのかな……』と何とも言えない顔をしていた。バカは、『たまの魂……見たことねえからなあ。でも多分、いい匂いすると思う……』と思った。
そうして、バカはひたすらすんすんやっていたのだが、どうも、匂いは判然としない。
「あの、樺島君。何か分かった?」
「うん……ちょっと、むつの匂い、する気がするんだけどぉ……」
……むつの魂の匂いについては、そもそも、記憶にほとんど無い。何せ、バカがむつに会えたのは最初の1周目だけなのだ!元々のむつの匂いなんて、最早あんまり覚えていないのだ!
「あー……樺島君。まずは天井裏を探索しきってから、また考えようか。ほら、ゲームフェイズの時間、もうすぐ終わるだろうし。そうしたら、2回目の発表フェイズ中にまた『リプレイ』が使えるはずだから、そんなに焦ることは無いよ」
「うん?うん……」
バカはちょっとしょんぼりしながら、デュオの言葉に従うことにした。海斗は、『すまない。無茶を言った……』としょんぼりしていたので、バカもちょっぴりしょんぼりしてしまう。
海斗は冗談のつもりで言ったのかもしれないが、バカは、本当に匂いでむつの魂の場所を探り当てたいのだ。そうでもしなきゃ、バカは役に立てないので……。
さて。
「あー、やっぱり死体が消えてる」
先程、燕の死体があった小部屋へ向かうと、そこにはもう、何も無かった。
「燕の死体。ここにあったものが無くなっているっていうことは、まあ、『20』の部屋には、ここの死体が使われたんだろうね」
「そう考えると分かりやすいな。……『死』の判定が難しいが、『魂が入った状態の肉体が死んだ時』が『死』の判定、ということか?」
「そうかもね。となると、いよいよむつさんの行方が気になるところだけれど……」
それから、海斗とデュオとで『リプレイはここに使う?他に使う?』と相談し始めた。バカと四郎は置いてけぼりである!
……が、さっきの海斗の言葉を覚えている忠犬バカ公は、1人、部屋の中にまでしっかり立ち入って、すんすんすんすん、とこの部屋の匂いを嗅いでみた。
「……匂い、しねえなあ」
「……そもそも、お前、それで残ってる匂いが分かんのか……?」
「分かることもあるんだけどぉ……ちょっと、匂い、する気がするんだけどぉ……」
「……そうか」
四郎は『このバカ大丈夫か?』と心配そうな顔をしていたが、バカは極めて真面目にすんすんやっている。バカはバカ真面目だし、バカ正直なのだ。
「なあ、海斗ぉ。ここ、むつの匂い、ちょっとだけする気がするんだけど……よく分かんねえよぉ……」
「うーん、そうか。……だが、まあ、ここの『リプレイ』は一応、見ておくことにする。ここを見て、『燕が魂を操作できる』という情報を確定させておかないことには、先に進めないからな」
そして、バカの調査が終わると同時に、海斗とデュオの相談も終わっていたらしい。バカが場所を空けると、そこに海斗がそっとやってきて、『リプレイ』を使い始めた。
「『リプレイ』を宣言する!対象の場所はこの部屋の入り口。対象の時間は、この部屋に最初に入った者が入った瞬間からだ!」
……すると、海色の光がほわりと沸き上がって……人の形を作る。
「……燕だな」
「燕だね」
海色の光が燕の形になると、燕は動き始めた。部屋に入った燕は、そのまま部屋の中へと進み、部屋のドアを閉めて、床に横たわり……そして、動かなくなった。
「……これだけか」
「うーん、なんとなくこうなる気はしていたけれど、やっぱり対策されてたみたいだね。あははは……」
海斗はがっかりしているし、デュオも苦笑している。バカは『分かんねえけど、やっぱり燕って悪魔なのかぁ……』と納得した。こういう風に動かなくなるんだったら、自殺なんてものではない。ただ、『自分の魂を操作して、自分の体から抜き取った』のだろう。それは、バカにも分かる。
「……となると、むつさんの魂の場所はおろか、むつさんの体があった場所も分からないか」
「そう、だね。……まあ、今のを見る限り、順番としては、『むつさんの魂を抜き取ってどこかに保管する』、『燕が自分の魂を操作してむつさんの体に入る』っていう順番だったんだろうな、というところは分かるけれど……」
海斗とデュオは、あの情報の少ない『リプレイ』からも色々と読み取りつつ、それでも『お手上げ』という状態らしい。
「……むつさんのことだけ、分からないな。全く、大したものだよ」
デュオがそう言って『やれやれ』と天井を仰いでため息を吐く。海斗も、『もう少し、何か情報が出てくることを期待したんだが……やはり、ここを調べたのは安直が過ぎたか』と、ちょっと俯いている。
そして、バカは。
「燕は、むつのこと、隠したかったのかな……」
……この頭のいい2人が寄って集っても分からない『むつの居場所』について、そんな感想を抱いた。
「隠、し……?」
「うん。燕は、むつのこと隠して、守っておきたかったのかなぁ、って……だって、海斗もデュオも、場所、分かんねえんだろ?すげえよなあ……」
バカが、ほう、と感嘆のため息を吐く中、デュオと海斗は顔を見合わせて、『それもそうだな』と頷き合った。
「……そうだね。そうとしか思えない」
「しかし、一体何の目的でそうしたのか……いや、確かに、2人同時に異能や素性が明らかになるよりは、1人を徹底して隠し続けた方が、全体の情報の秘匿には有効か……?」
デュオも海斗も、バカの言葉には何やら思うところがあったらしく、また考え始めたのだが……。
「そっかぁ……うん、なら、よかったなぁ……」
バカは1人、勝手に安心していた。
「燕が、むつのこと嫌いで殺しちゃったとかじゃ、ないみたいだから。よかった」
……バカが思い出すのは、1周目のむつとの会話である。
むつは、燕のこと、『友達だと思っているのは私だけかもしれない』なんていう風に、心配していたのだ。
同時に、『喋るのが久しぶりだ』とも。……その間に変化してしまっていたかもしれない関係を、心配していた。
だが……燕も、むつのことを大切に思っていたんだろうなあ、と、バカは嬉しく思うのだ。むつばっかり心配していたんじゃなくて、きっと、燕も心配していたのではないだろうか。
「……だからやっぱり、2人揃ってる状態に、なってほしいよなあ……」
……だからこそ、その友達同士を、もう一度、ちゃんと引き合わせたい。
1周目以来、一度もできていないそれを、バカは、どうやったら実現できるだろうか……。
……そもそも、何故1周目だけ、燕とむつが両方居たのだろうか。
さて。
そうして『リプレイ』も観終わったところで、海斗とデュオはため息交じりにまた、相談を始めた。
つまり……『次にどこをリプレイする?』という相談である。
そしてその間は、バカと四郎がデュオからランタンを受け取って、その光を頼りに天井裏をもう一回探索することにした。
「ま、足で稼ぐ、ってのが基本だよな、こういうのは」
「うん!」
「……お前はさっきから鼻でも稼いでるなあ……」
「うん!」
そしてバカは、すんすんすんすんすん、とまたもや匂いで何かを探そうとしている。まあつまり、見えないものを嗅ごうとしているのである。大変である。
「で、その鼻でなんか、分かったのかよ」
「うーん……ずっと、むつの匂い、なんとなくする気がするんだけどぉ……よく分かんねえ……」
が、バカの真剣な働きには結果が伴わない。何せ、匂いというものは混ざって薄れてしまうものだ。頑張って嗅いでも、今一つ、よく分からない。
「ちょっと匂うもんか?」
「うん……ずっと、なんか、気配だけあるかんじ……?」
……が、バカはその場をぐるぐる回りながら、しょんぼり頑張っている。その頑張りがいつか報われると信じて……。
「……ま、いいけどよ。ほら、そっちも確認すっぞ」
「うん……」
バカは頑張りつつも、自分の頑張りが今一つ実を結びそうにないぞ、ということは分かっている。分かっているので、しょんぼりと、四郎の後をついていくバカなのであった……。
「しっかし、燕って奴も、なんだって自分の友達の魂を操作しちまったんだかな」
そうして探索中、ふと、四郎が苦い顔でそう言った。
「わざわざ、隠さなくったって、いいだろ。何のためにそんなことしやがったんだか」
「うーん……むつを守るためだと俺は思うけどなあ……」
バカはそう言うが、四郎としては色々と思うところがあるらしい。まあ、四郎は悪魔というもの自体にあまりいい思いが無いのだろうから……。
「あの、燕っていい奴なんだよ。ほんとだよ」
だからバカは、一生懸命、燕のフォローをすることにした。
今回の燕とは仲良くなれなかったが……バカは、知っているのだ。燕は、いい奴だ。少なくとも、むつは燕のこと、いい奴だって、言っていたのだ。
「そうかぁ?さっきのあのガキの様子を見る限り、俺はそうとも言い難いと思うけどよ……」
「いやいや、ほんとにいい奴なんだって!むつもそう言ってたし!友達だって!頭良くって、それで、優しい奴なんだって!むつのピンクのチューリップの球根のためにじゃんけん大会に参戦してくれるくらい優しいんだって!」
「は?」
バカの弁に、熱が入る。強まるランタンの光に照らされて、バカはうんうん、と頷いた。
「ほら!ランタンもそう言ってるぞ!」
「そうだなあ、よーく煌々と光りやがって、随分と元気な……」
……そう。
ランタンの光が、強まっている。
「……うん」
「……おう」
……四郎が手にする、ランタンの中。
その中で火が……ぴょんこぴょんこ、と、跳ねている。
……まるで、生き物のように!極めて、元気に!




