98話 その6
――混暦一年、十月二日。
「主様ぁ! 我のことを置いていくんですか!?」
「……んと、いい子でお留守番しててくださいね。私はレンさんに会ってきます」
「……むぐぐ。……なら我慢してます!」
「偉いです」
そう言って撫でてあげると、オルタヴィアさんも私の体に巻き付いてきたあとに「やったぁ!」と満足してくれました。そして私も一度頷いてから、レンさんとの待ち合わせ場所に転移するのです。
「……レンさん、今日は時間を作ってくれてありがとうございます」
「オリヴィエ、俺の方こそありがとう。俺もオリヴィエに会いたかったんだ」
「そうですか」
そう言い、私はレンさんの隣に座ってみます。
「レンさん? 昨日はオルタヴィアさんに魔剣をあげたんです。喜んでくれました」
「そうか。オリヴィエは優しいからな」
「……? 優しいのは私ではなくオルタヴィアさんです」
「……んー、まあオルタヴィアも、優しい……か」
なんだか微妙な感じの物言いなので、私は首を横に振ってみました。ただ、そうしているとレンさんが優しく頭を撫でてくれたので、私はそのままじっと見つめてみます。
そしてレンさんも私のことを見つめ返してきたので、少しそんな時間を楽しんでから言ってみるのです。
「……あの、私……レンさんと一緒にいられて嬉しいです」
「……俺もだ、オリヴィエ」
「……そうなんですか?」
「ああ」
そう短く答えるレンさんは、優しく微笑んでくれてから言葉を続けます。
「俺はオリヴィエと一緒にいられる時間が、一番幸せを感じられるんだ。オリヴィエのためにも、この世界を今よりずっと平和にしたいと思える。守りたいと思えるようになったんだ」
「……その、……レンさんにそう言ってもらえて嬉しいです。……私もレンさんと一緒にいられる時間はとっても幸せです。……でも、なんだかレンさんのことを考えていると、胸が苦しくなる時があります。少し困ってしまいます」
「……オリヴィエ」
「ふふっ、でも大丈夫です。こうしてレンさんに会えると、嬉しい気持ちでいっぱいになって、それもなくなるんです」
そう言ってもレンさんは私のことを優しく撫で続けてくれるので、私はムギュっとレンさんのことを抱き締めてみました。……どうしてか分かりませんけど、こうしているととっても安心できるのです。
「……レンさんもしてください」
そう言ってみると、レンさんも静かに私のことを抱き締めてくれました。それがとっても心地いいので、ついぼーっとしてしまいます。……でも、レンさんが優しく声を出しました。
「……オリヴィエ、俺が必ず世界を変えてみせる。だからその時も、こうして俺の傍にいてくれ」
「……レンさん、……ホントに、……私なんかが一緒にいて、いいんですか?」
そう聞いてみると、レンさんは手を止めて、少しだけ体を離します。そして、真っ直ぐな瞳で私のことを見つめてきました。
「――俺は、オリヴィエのことが好きだ」
「……え……」
突然のことにどうしていいのか分からなくて、私は上手く言葉を続けられません。でも、レンさんはそんなことを無視して優しく声を出します。
「他の誰でもなく、オリヴィエを愛してるんだ――」
そう言ってくれるレンさんのことを見つめていると、なぜか胸の鼓動が早くなってきます。……ただ、どうしていいのか分からなくて、私はレンさんのほっぺに手を当ててみました。
「……れんさん、……私も……レンさんのことが、大好きです。……一緒にいたいです」
「……目を閉じてくれ」
「……? 分かり――」
そう言おうとした瞬間、レンさんの唇が私の唇と重なっていました。……それは一瞬の出来事で、気付いた時にはレンさんの口が離れています。
「……あの、……レンさん? ……今のはキスですか?」
「……ああ、そうだ」
「……そうなんですね。……もう一度、して欲しいです。……なんだか、とっても安心できました」
「分かった、オリヴィエ――」
そう言ってくれるレンさんは、私のほっぺに優しく触れ、また再びキスをしてくれるのでした。
〇
――混暦一年、十月十八日。
……はあ、……あの時は嬉しくてなにも考えられなかったのですけど、……今日は……しっかり伝えないといけません。……このままでは、レンさんのことを裏切ってしまいます。
「……主様? 落ち込んでますね。前回レンに会った時にはあんなに嬉しそうだったのに、どうしたんですか?」
「……その、実は……私、レンさんに好きだと言ってもらえたんです。私のことを守ってくれるとレンさんはお話してくれました。……でも、私は――」
そこまで口にした時、オルタヴィアさんは私の口に指を当ててきました。
「……主様、今日の話し合いは辛いと思いますが、頑張ってくださいね! 可愛い主様のことを我は応援してます!」
「……分かりました。私も可愛いオルタヴィアさんの分まで頑張ってきます」
「えへへー! 我の分までなにを頑張るんですか!?」
そう言いながらたくさんほっぺを突いてくるので、私は「そんなにむにむにしないでください」と言って、ベッドから立ち上がりました。すると、オルタヴィアさんがしゅんとしてしまうので、私は少しだけ抱き締めてあげます。
「いい子で待っててくださいね」
「……はい! 我はいい子にしてます! 主様のベッドで寝転がってますね!!」
「そうですね。とってももふもふです」
「幼い頃から主様がここで寝ていたと思うと、それだけで我は嬉しいです!!」
「……えと、頑張ってください」
よく分からないので適当にそう応援すると、私は可愛いオルタヴィアさんから体を離して、レンさんの元に転移しました。
場所は『帝国』にある、戦地から遠く離れた静かな湖のほとりです。
「オリヴィエ、来てくれたんだな」
「はい、レンさん。会えて嬉しいです」
そう言ってレンさんの元に近付いてみると、レンさんも私のことを優しく抱き締めてくれます。
「……あの、レンさん?」
「……どうした?」
「……今日は大切なお話があります。……私、レンさんに優しくしてもらえて、とっても嬉しいんです。……でも、レンさんにはこれ以上、迷惑は掛けられません」
「……オリヴィエ、どういうことだ?」
そう聞いてくるレンさんは、なにかを察したように真剣な表情をしています。……なので、私も悲しい気持ちになりながらも、しっかりお話することにしました。
「……レンさん、聞いてください。……私、もうすぐ……死んでしまうんです」
「――それは……っ、……なにが原因なんだ?」
「……私は魔族の王として、運命に縛られている魔族の方々のことを、救わないといけません。『王』の手から、解放しないといけません」
「……待ってくれ、オリヴィエ。全てを一人で背負う必要はない。……俺のことを信じて、話してくれ。……オリヴィエの知っている運命とは、なんなんだ?」
「……レンさん? 私、レンさんのことを信じてます。きっとレンさんなら、私のことを守ってくれると信じてます」
「――当たり前だ! だから――」
「でも、だからこそダメなんです。……優しいレンさんには、この先の未来を導く役目があります。……レンさんが、この世界の希望なんです。……もう私の運命は、決まっています。だから、レンさんは……」
「――ッ! ――オリヴィエ! 俺は――」
そう心配してくれるレンさんに、私は口付けをします。そして辛い感情を抑えて、また転移しました。……一通の手紙を残して……。




