98話 その4
――一ヶ月後。
「どうですか? かなり美味しくできたと思います」
「はい、主様。上手です」
「良かったです。たくさん食べてくださいね」
「分かりました。いただきます」
そう言って私の作ったクッキーを食べてくれるので、私も微笑みながら一緒に食べてみます。
……ふふっ、いい感じです。……少しチョコが強い気もしますけど、美味しいです。
「ほんのりサクサクです」
そう言う私のことをオルタヴィアさんは見つめてくるので、私も一度頷きつつ言ってみるのです。
「今度はオルタヴィアさんも作ってみてください。美味しくできたらすごいです」
「分かりました」
そんな風に答えてくれるオルタヴィアさんのことを撫でると、私は二人で過ごせる時間をまったりと楽しむのでした。
〇
――二ヶ月後。
「ふふっ、綺麗ですね」
「……はい、主様と一緒に見る景色なら、全てが綺麗です」
「私もですよ? オルタヴィアさんと一緒なら、より綺麗に見えます」
そう言ってみると、オルタヴィアさんはほんの少しだけ微笑んでくれました。私もそれがとっても嬉しくて、優しく抱き締めてみるのです。
「オルタヴィアさんはいい子です。……とってもとっても優しくて、私の大切な子です」
「……我は……」
そんな風に声を漏らして黙ってしまうのですけど、私はそのまま撫で続けます。
「……ふふっ、声に出さなくても分かりますよ。……オルタヴィアさんの想いは、優しく伝わってきてます」
「…………」
そんな静かに二人で過ごす一時を、私はただ優しい思い出として刻んでいくのでした。
〇
――三ヶ月後。
……? お話というのはなんでしょう。
なんとなく不思議な感じに思いつつ部屋に戻った私は、オルタヴィアさんに聞いてみます。
「あの、どうしたんですか?」
「主様。……我は、主様に伝えないといけないことがあります」
「そうなんですね。なんでもお話してください」
そう言ってみると、オルタヴィアさんは私の前に来て、静かに見つめてきました。……微かに光を映すその瞳は、私のことを真っ直ぐに見つめてきています。
「……我は主様に解放してもらって、……深い闇から救ってもらって、……ここまで生きてきたことの意味を、初めて見つけることができました。……でも、あの時の我にはそれを表す感情がなくて、……感謝を伝えることができませんでした。……なので、今……主様にお礼を言わせてください」
「……ふふっ、分かりました」
「……主様。……我に光を与えてくれて、……我のようなものに生きる希望をもたらしてくれて、自らの命を懸けてまで……、我のことを救ってくれて、……ありがとうございます。……我は永遠に、主様の想いを忘れはしません。最後の時を迎えても、ずっとずっと主様のことを想い続けます」
そう言い、オルタヴィアさんは私のことをギュッと抱き締めてきました。それがとっても可愛くて嬉しいので、私も抱き締め返してみます。
「……そんなに喜んでもらえて、私も嬉しいです。こんなにいい子なオルタヴィアさんには、たくさん楽しいことを、幸せを感じてもらいたいです。……これからも、私と一緒にいてくださいね」
「……はい、主様……」
そう言うオルタヴィアさんは、そのあと数時間経っても中々体を離してくれませんでした。私も布団に包まったりしてみたのですけど、「もうそろそろ離れますか?」と聞いてみても、「我はこうしてます」と言われてしまったので、どうしようもなかったのです。
そしてこの日を境に、オルタヴィアさんは少しずつではありますけど、私に様々な感情を出してくれるようになりました。
〇
――約半年後。混暦二年、十一月十一日。
十六歳の誕生日、戴冠式を迎えた、その日の夜の出来事です。
「……やっぱりです。……まだ、終わらせられなかったんですね」
「オリヴィエ、お前はたしかに失敗した。……だが、それはオルタヴィアに力を使ったせいでも、お前の努力が足りなかったせいでもないよ」
「……そうなんでしょうか。……私がもっと力を扱えれば、きっと家族のことも……」
「ふふっ、これはそう甘くはないということだ。神理の器に過ぎないお前が、王を超えるというのは言葉で推し量ることのできないほどに、夢のまた夢ということだよ」
「……オリビア、主様に対してお前は――」
「黙っていろ、オルタヴィア。……私はね、オリヴィエ。お前なら必ずできると信じているよ。今は無理でも、この先の未来で必ずできるとね。だから、私を信じて顔を上げるといい」
「……分かりました。……私、いつでも師匠のことは信じてます」
「……ああ、……まったく困った弟子だよ、お前は……」
そう言う師匠は、優しく私に微笑んでいました。そしていつものように、優しく頭を撫でてくれるのです。
……ふふっ、……師匠。……私は自分にできることを頑張りますね。……師匠が言うのなら、もし私が死んでしまったとしても、……きっと家族のことを、魔族の方々のことを……私は解放できるはずです。……師匠の願いを、私はきっと果たしますからね――。
そう強く願い、私は師匠に抱き付きました。そして心配してくれるオルタヴィアさんのことも、たくさん抱き締めてみるのでした。
〇
――混暦二年、十二月二十六日。
「王よ、失礼いたします。不審な者が門の前に来ているのですが、いかがいたしますか?」
「……? 不審な者というのは?」
「白い外套に身を包んだ女のようです。なにやら世界がどうと話しているようで……」
「……分かりました。行ってみますね」
そう言うと、私はオルタヴィアさんと一緒に門の前に転移してみました。するとその瞬間、兵隊さんに捕らえられそうになっていた赤髪の女性の方が、私に気付きその場で跪いてきます。
「――ああ、お美しい姫よ……。導きの姫よ……。私はあなた様がお生まれになることを存じておりました」
……? 魔族の方ではないんですね。……人がここに来られるだけでもすごいのですけど、今はそうじゃなくて……。
「理想郷をお導きください……! 私はそのために全てを捧げましょう……!!」
「……あの、落ち着いてください。あなたの名前はなんですか?」
「主様、こんなのは相手にするだけ無駄ですよ! 我が滅ぼしましょうか?」
そんなオルタヴィアさんの言葉に「ダメですよ?」と言って首を横に振っていると、この方は僅かに笑みを浮かべながら声を出します。
「私は姫のお力になりましょう。……くふっ、……申し遅れました。……私は神代教、第七千七百七十七代目、全権統括最高司教及び最高神祇官を務める、ルチアーノ・ロベルスと申します。あなた様が理想郷に達する時まで、私は……私たちは……! 必ずやあなた様のお力に……!!」
「……えと、その必要はありません。もう来ないでくださいね」
「……く、くふっ……それがご命令とあらば、私はそのように……」
そう言うと、案外簡単に身を引いてルチアーノ・ロベルスさんは国の外へ転移していきました。
「主様? ここで滅ぼしておいた方がいいと思いますよ。今は害がなくても、いずれあるかもしれません」
「……少し変わった方みたいですけど、そこまでしなくても大丈夫です」
「まったく主様は……。でも分かりました。我は我慢します」
「そうですか。いい子ですね」
そんな感じで少し撫でてあげたあとは、私たちも特に気にすることなくまたお城の中に戻るのでした。




