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98話 その2

 ――混暦(こんれき)三年、十一月十一日。今から三千百九年前。


 十五歳の誕生日を迎えた私は、大切な家族にお祝いをしてもらってから、一人静かに自室のベッドで休んでいました。すると、そこに突然師匠がやってきます。


「オリヴィエ、もう寝るつもりか?」

「……いえ、そうではありませんけど、……師匠はどうしたんですか?」

「……実はお前に、会わせたい者がいる。今からそれを呼ぶが、そこでの判断は全てお前に任せよう」

「……? あの、師匠……?」


 そう聞く私を見つめると、師匠はまた突然どこかに消えてしまいました。私も体を起こしてベッドから降りてみるのですけど、その瞬間に、今師匠がいた場所にまた別の方が現れるのです。黒髪で蒼い瞳をしたその女の子は、大体私と同じくらいの年齢に見えます。


「……えと、あなたが師匠の言っていた方ですか?」


 そう聞いてみると、女の子は……光のない虚ろな瞳を私に向け、静かに声を発します。


「……はい、主様。我は主様をお守りするために生まれてきました。我の持つありとあらゆる力を主様のために使います」

「……あの、どういうことですか? 私はなにかしてもらうようなことはしてませんよ?」

「我は主様のために存在しています。全ての命令に従います」


 ……どういうことでしょう。……いえ、まずは一つずつ聞いてみるしかありません。


「私はオリヴィエです。あなたの名前はなんですか?」

「我に名前はありません」

「……そうですか。……なら、なんと呼んで欲しいですか?」

「主様のお望みのままに」

「……えと、それなら……」


 そう言ってじっと見つめていると、私はあるとっても大切なことに気付いてしまいました。

 ……どうして、……そんな……。私の他にも……、いたんですね……。

 考えるだけで悲しくなってくるのですけど、私は現実から目を背けずに声を出します。


「……あなたも、……同じなんですね。……あなたは、いつ生まれたんですか?」

「四万八千八百二十八年前です」

「――!? ――あなたは、……王に会ったことがあるんですか!?」

「はい、我は王より主様をお守りするよう命じられています」

「……ならずっと、……ずっとずっと、……魔族を守り続けていたのは……、あなたなんですか……?」

「はい、運命に基づき、魔族の王家を狙う勇者を滅ぼしてきました」

「……五万年近くも……、ずっとですか……?」

「はい、それが我の存在価値です」


 ……そんなことないと、否定したいのですけど……、この子はずっとその想いで、ここまで……。私なんかが、簡単に否定して……いい訳ありません……。

 女の子はただ虚ろで、静かな瞳を私に向けてきています。……そんな姿を見ていると、どうしても涙が溢れてきてしまいます。


「……っ……ぅ、……あなたは……っ、ずっと……運命に……うっぐ……。しばらりゃれて……」

「そのために我は生まれてきました。それ以上でもそれ以下でもありません」


 そんな言葉を聞いて、私は咄嗟に言葉が出ていました。


「――ちがい……っ、……ます……」


 ……五万年もずっと、……ずっと、……自由もなく、……運命に縛られ続けてきたんです……。誰かが解放してあげないと、この子は一生……救われません……。


「…………」


 私は涙を拭いながら、なにも言わずに私のことを見つめるこの子の前に行くと、優しくムギュっと抱き締めました。

 ……ごめんなさい、師匠。……貯めていた力を、使いますね……。私はこの子から目を背けてまで、生きたくはありません……。


「……これで許されるとは思っていませんけど、……あなたはこれから、自由に生きてください。……自分の思うままに、生きてください。……私が生まれたことで、あなたに辛い役目を背負わせてしまいました。……ホントに、……ホントに、……ごめんなさい」


 私は一心に願い、持てる全ての力を使いました。


「……祖は世界の真理を覗きバルディリアス神理の解放アスタリア汝に永劫の奇跡を命ずアゾエフィード――」


 ――神理じんりを解き放った瞬間、私の真核に無数の業と罪が流れてきました。

 その一つ一つを全て受け止めた私は、なんとか意識を保ち、女の子のことを見てみます。


「……ふふっ、……驚いて……くれましたか?」

「…………」


 そう言っても、なにも答えてくれませんけど、静かに私の瞳を見つめるこの子は、変わらず虚ろな表情のまま、ほんの少しだけ驚いてくれています。

 そして、なにかを『考えた』あとに、声を出してくれました。


「……主様はなぜ、……我を……解放したんですか?」

「……それは、……秘密です。……もうあなたは、自由なんです……。王にも私にも、運命にだって……従う必要はありません」

「……主様……我は……」


 そう呟く子に、私はもう一度言ってみます。


「あなたさえ良ければ、呼び名を決めさせてください。どんな感じがいいですか?」


 そう聞いてみると、女の子は少し間を置いてから答えてくれました。


「……我は、……『祖は万物の流転(ウィルオルティス)()真核の創造に従い(ヴァーネゼクティクタ)()神の追想を示す(ルヴィアンロード)』と詠唱されました。それが名前で構いません」

「……それだと王と繋がりがありますよね。いいんですか?」

「はい、構いません」

「……そうですか」


 ……でも、なんだかダメな気がします。……違う名前で呼んであげたいです。……ただ、私の付けた名前はいつもひどいと師匠たちにも言われていますし、そんなことになってしまったら可愛そうですよね……。

 そう考えた私は、やむを得ずにウィルオルティス=ヴァーネゼクティクタ・ルヴィアンロードという名前を使うことにしました。ですが、そのままだと名前みたいではないので、もっといい感じにしてみます。

 ……んー、ウィルオルティス……ヴァーネゼクティクタ……ルヴィアンロード。……その一つずつから文字を取って、綺麗な感じにしましょう。

 そんな風に考え出しても中々決まらなかったのですけど、私も大切なことなのでかなり頑張りました。そして、一つだけいい感じの名前が思い浮かぶのです。


「……あの、オルタヴィア……という名前はどうですか? この言葉には、平和、希望、明るい未来という意味があります。いい感じだと思います」

「では、我はそう名乗ります」

「えと、いい感じですか?」


 そう聞いてみてもオルタヴィアさんはなにも言わなかったのですけど、なんだかほんの少しだけ、喜んでもらえた気がします。……その、気のせいでしょうか?

 そう思いつつ、私はオルタヴィアさんの体を離してみました。ただ、オルタヴィアさんはどこかに行く様子もなく、虚ろなままに私のことを見つめてきています。


「……オルタヴィアさん? どこか行きたい場所がなければ、好きなだけここにいてくださいね。私はオルタヴィアさんがいてくれるだけで嬉しいです。一緒に楽しい時間を過ごしたいです」

「……そうですか。我は主様をお守りします」

「……んと、それはもう大丈夫ですよ? 命令に従う必要はないんです」

「…………」


 そう黙ってしまうオルタヴィアさんのことを見つめていると、私たちの近くに師匠が現れました。


「オリヴィエ、『神理の解放』に使う力を……全て使ってしまったようだね」

「……その、ごめんなさい。……師匠との約束を破ってしまいました」

「いいや、そんな約束はしてないよ。それに、お前はよくやった。……オルタヴィアか、……いい名前だな」


 そう言って師匠もオルタヴィアさんのことを見てくれるので、私も「そうです」と言って頷いてみました。そしてそんな私たちのことを、オルタヴィアさんはただ静かに見つめてくるのでした。

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