94話 その3
椅子に座って優雅にお茶をしていたのは、金髪の……紅い瞳をした女性でした。
「私はアリア、勇者よ」
「――え?」
突然のことにそう声を漏らしてしまうのですけど、私はそのまま周囲への警戒を怠らずに質問します。
「……あの、貴女が『天域の勇者』なんですか?」
「ええ、そう言ったじゃない」
「……そうですか」
……えぇと、……やっぱりそうなんですね。……この方からも、不思議な圧を感じます。師匠や学長さんと同じく、私ではきっと勝てない方です。
「そう恐れる必要はないわ。私も数百年前ならこの場であなたを殺していたでしょうけど、今はそういうのもやめたの。……まずはあなたも座ったら?」
「……えと、そうします」
そう言い、私はアリアさんと対面する椅子に腰を下ろしました。ティーポットが勝手に美味しそうな紅茶を注いでくれるので、私はそれを見つめつつアリアさんの言葉を待ってみます。すると少しの沈黙のあと、アリアさんが声を出しました。
「ユノ、あなたは私の本を気に入っているみたいね」
「……? ……本ですか? ……その、もしかして、『アリアとトラキア国物語』のことですか……?」
「そうよ、それ以外にないでしょう」
「……そうだったんですね。……あの、私、『アリアとトラキア国物語』はとっても大好きです。小さい時から何度も何度も読み返しています。……見てください」
そう言って私が本を取り出すと、アリアさんはなぜか「懐かしいわね」と言って私から本を受け取るのです。
「この本は、私が古い友人のために書いたものなのよ。彼女はあなたの遠い祖先に当たる魔族だったけど、千年の時が経っても随分綺麗に残っているのね」
お父さんとお母さんが買ってくれたものだと思っていたのですけど、どうやら違っていたみたいです。
「……この本は、そんなに昔の本だったんですね。……リタさんが落書きしてしまいました」
そう言ってみると、アリアさんは本の最後のページを見て微笑みます。
「ふふふ、まさか私の本に落書きする子がいるなんてね。……流石は魔族の王家。まあ許してあげましょう」
「――? ……あの、アリアさん、……魔族の王家というのは、なんですか?」
そう聞く私に、アリアさんは静かに本を閉じてから、少し呆れたように口を開きました。
「あなた、知らなかったのね……。白髪は魔族の王家の血を引き、銀髪は魔族であることを表す。つまりあなたは、魔族の王家なのよ」
「……え? ……待ってください。……それなら、魔族の方はこの世界にたくさん残っているんですか?」
「もはやそれは、答えるに値しない。違うお話をしましょう」
突然厳しくそう言われてしまったので、私は少し頷いてみます。
「……んと、そうですよね。……アリアさんにお会いしたら、言おうと思っていたことがあるんです。……剣術大会の時、『神徒』に襲われた私たちのことを、守ってくれてありがとうございます。とっても助かりました」
「いいのよ、そんなことは。あれは私も理由があってやったのだから」
「……そうなんですね」
そう答えつつ、私は紅茶を少し飲んでみました。
……!? ……とっても美味しいです。……ほかほかです。
そう喜びながら飲んでいると、あっという間に飲み干してしまうのです。なんだか少し残念な気がするのですけど……、私のことを見つめてくるアリアさんに、私は続きの質問をしてみます。
「アリアさん、紅茶がとっても美味しいです。……じゃなくて、アリアさんは『神徒』のなにを知っているんですか?」
『神徒』という言葉を聞いたのも元を辿ればアリアさんからなので、私たちよりも詳しく知っているのは間違いないのです。
「ユノ、私はあなたが思っているほど『神徒』に詳しいわけじゃないの。……ただ、千年ほど前に一度、『神徒』の王を滅ぼしに神殿に乗り込んだことがある。その時にあの犬どもに邪魔をされて、王を仕留め損なったというだけよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……その、『神徒』の王というのは、銀髪の女性の方のことですか?」
そう聞いてみると、アリアさんはまた少し微笑んでくれました。
「ふふふ、そういうことなのね。おおよそ理解はできた」
そう口にすると、私に本を返してきます。そして深く遠い瞳を通して、私に語り掛けてきます。
「――ユノ、あなたの生まれた理由、あなたの本当の役目を知るといい。それは今もなお、マキア国に眠っている」
「……アリアさん、待ってください。突然のことで……少し頭を整理したいです」
「ダメよ、それは。あなたが考えるのは、ここを去ったあとにしなきゃ」
そんなことを言ってくると、さらに言葉を続けてきました。
「あなたがここに来た目的はアインに会うことでしょうけど、生憎とアインは留守よ。でも望まなくても、アインとあなたは必ず会うわ……。そして、今のあなたではアインに勝てない。それは『運命』により定められている」
「……あの、私は学長さんと戦うことにな――」
「さようなら。また会えるといいわね」
そう口にした瞬間、アリアさんは静かに微笑みました。
――次の瞬間、私は学院の上空に転移しているのです。……よく分かりませんけど、アリアさんとのお話はこれで終わりみたいです。
……んと、なんだか混乱しますけど、……しっかり整理しましょう。……アリアさんは『アリアとトラキア国物語』を書いた方なので、嘘はついていないはずです。なので、信じて大丈夫です。
そう頷く私は、一つずつ整理することにしました。
……まず、私の生まれた理由と、本当の役目というのはなんでしょうか。……それがマキア国に眠ると言われても、よく分かりません。……でも、アリアさんの口振りからしても、行ったらなにか分かるのかもしれませんよね。アヴィさんに相談してから、どうするのか決めましょう。
……そして次に考えるのは、魔族のことです。……銀髪の方が魔族と言うのなら、ノエルさんやセシリアさんもそうですし、それこそ学院だけでなく世界中にたくさん魔族の方が存在することになります。もちろん銀髪の方自体が少数なのは間違いありませんけど、それでも白髪の人が血が薄く、遠くなるにつれて普通の髪色になるように、銀髪の方も同じなのだとしたら……、今でもこの世界に、ホントにたくさんの魔族の方がいることになります。……師匠は、……師匠は本当に、魔族を淘汰……したのでしょうか? ……あれ? なにかがおかしい気がします。……でも、……なんでしょう。……分かりません。




