93話 その7
……まず、五万二千年前に生まれた、この世界『最初の勇者』であるヴィクトリアさんから聞いた言葉です。
『――私が生まれたばかりの頃は、世界は平和そのものだったよ。まさに今で言う『理想郷』だったね』
そして、神代教の全権統括者であるロッドさんの言葉です。
『私たちは神話時代と呼ばれる遥か昔の時代を信仰しております。神話時代では、万物は叡智に溢れ、争いはなく、世界そのものが永劫の理想郷であったとされています。なので、私たち神代教は神話時代を信仰し、祈り、その理想の世界に近づけるように、日々努力し務めているのです』
さらに、九千年前に生まれた、『叡智の勇者』が残した言葉です。
『僕はこれから起こる君たち人類の過ちを咎めはしない。そして最後に一つ、僕から君たち人類に知恵を授ける。《君たちはこの広い世界を深く知ることだ。――君たち人類の本当の敵は魔族じゃない》。この言葉を未来に伝え、崇めるならば、君たちはいずれ理想郷に辿りつけるだろう』
……この三つの言葉からも、理想郷というのがヴィクトリアさんの生まれた時代、今から五万年以上も昔の時代を表していることが分かります。そしてさらに、時間を遡った時に、私はあの方からこう言われました。
『我が愛し子よ。理想郷を迎えよ』
これだけでなく、以前ナブーさんは私を迎えに来たと言いながら、アヴィさんに対してこう言っていたのです。
『――アナタ様もお望みなのではないのでしょうか? 理想郷の再臨を……』
……このことを考えると、とても信じ難いことではありますけど、きっと……私が理想郷、アルカディアを導く存在ということになるのだと思います。……王の写し身というのは、その理想郷の王だった方、……つまり、時間逆行時に声を掛けてくるあの方との、共通点……理想郷を導けるということを表しているのではないでしょうか。『世界の真理は汝に眠る』という言葉も、まさにそのことを示しているのであれば、納得できる気がします。……それと同時に、ロッドさんが私のことを姫様と呼んで護衛してくれていたことにも、納得がいきます。ロッドさんの信仰するものを導く王と共通点がある私のことを、守ろうとしてくれていたのです。……今は宗教の方に専念をしているみたいですけどね。
そして最後に、オリビア師匠……オリヴィエ=ロイヤルオード・アルカディアさんも理想郷という言葉を口にしていました。
『――今この刻より、私は理想郷の王として、皆さんを新たな世界に導きます。この先の未来に、皆さんの幸せを、安らぎを願います。この手で迎え入れましょう。美しく、輝かしい、希望に満ちた世界を――』
……これは、つまり……師匠も私と同じで理想郷を導ける存在だから、私のことを弟子にしてくれたということですよね。……私は運命を受け入れて、白き空間の座に座ることを危険だと、なにもかもを失ってしまうと感じたのですけど、違うのでしょうか……? 世界が平和になるのなら、それで理想郷を導けるのなら、私はそうするべきなのでしょうか……? 『神徒』の方々も、万物が平和な理想郷の再臨を望んでいるみたいですし、全てを悪と決めつけるべきではないのかもしれません……。私は、それなら――。
「――主様! まだ全ての情報が出揃ったとはかぎりませんよ! 結論を出すには早いです!」
そんなアヴィさんの声で、私も考えを止めることにしました。
「……んと、……そうですよね。……まだ、待っていいはずです。考えを決める前に、レンさんにもお話したいです」
「主様はいい子ですね! レンならきっと間違えませんよ!」
「……そうですね。レンさんはとっても優しいので、いつもすごいです」
「――なんですかそれ! 急にポンコツな子です!」
そう言って嬉しそうにたくさん絡み付いてくるので、私はとりあえず頑張ってくれた夜空さんとメアさんにお礼を言って、収納魔法に戻っててもらいました。
『マスター、応援してました』
『……我も頑張りました』
『ふふっ、ありがとうございます。今日はもう遅いので、ゆっくり休んでくださいね』
『はい、そうします』
『……たくさん撫でてもらう』
『わたし、ねむい……』
『……我もです』
そんな風にお話している子たちがとっても可愛いのですけど、ひとまず私も……戦いが終わって安心しました。
……ふう、ナブーさんたちのような危険な方々が、他のところに行かずにしっかり私たちのところに来てくれて助かりました。……『神体ソロモン教』壊滅のお仕事も終わりましたし、師匠の元に帰りましょう。
「――えへへー! 主様ぁ!!」
「……アヴィさん? もう帰りますよ? そんなに顔を擦り付けてこないでください」
「え!? 我はこうしたいのでこうします! 主様も嫌じゃありせんよね!?」
「……そうですけど、もう帰ります」
「……まったく主様は! でも仕方ありません! 我も今は我慢してあげます!」
アヴィさんがそう口にすると、約五十日過ごしてきた空間が消滅し、私たちは真っ暗な平原に出ました。そして次の瞬間には、師匠の家の前に到着しています。
「さあ主様! 入りましょう!」
「そうですね」
そんな感じでなぜかアヴィさんに手を引かれながら中に入ると、私たちはそのまま師匠の部屋に向かいます。もう夜遅いのでリタさんは寝ているはずですし、会うのはまた明日です。
そして師匠の部屋の前に着くと、私はドアを少し叩いてみます。
「師匠、ユノです。帰ってきました」
そう言ってみるのですけど、師匠の言葉を待たずにアヴィさんがドアを開けてしまうのです。
「おいオリビア! 主様がナブーを倒すところを見ていなかっただろう! お前は本当に無能だな!」
「いいや、無能はお前だよ、アヴィ」
「――ほう? 我がお前より無能だと?」
「……?」
……んと、あれだけ昔は仲が良さそうだったのに、やっぱり今は違うみたいです……。
アヴィさんと師匠を見てそう思う私は、一度アヴィさんのことをぺしっとしてから師匠に聞いてみます。
「師匠、『神徒』のお二人は……ゼレスさんとフォティニアさんはどうなりましたか?」
「私が滅ぼしたよ」
「……そうですか」
……その、やっぱりそうするしかなかったんですね。……師匠でもそうなのですし、きっと他に選択肢はなかったのだと思います。
そう考える私に、師匠は静かな視線を向けてきました。
「今回も仕事をご苦労だったね。『ソロモン教』壊滅は見事だったよ。これで貸しの四つ目をなくしてやるが、最後にもう一つ、五つ目の貸しがある。覚えているね?」
「……はい、しっかり覚えてます」
「ふふっ、それはここまで生きて迎えられたこと、十分に理を扱えるようになったことで、返されたことにしよう。……ユノ、これでお前も自由だ。リタと好きに暮らすといい」
「――? ――え?」
突然の言葉に私が理解できずにいると、師匠は不敵に微笑みながら言葉を続けます。
「お前が望むのなら、まだ貸しを残してやってもいいんだよ?」
「……え、……いえ、それは嫌です」
「なら私の気分が変わらないうちに、この部屋を出ることだね」
「……そ、……そうです……よね。……分かりました。……じゃなくて、一つ質問してもいいですか?」
「ああ、答えてやろう」
そう言ってくれたので、私は少し考えながら聞いてみるのです。
「……実は、私にはまだやらないといけないことが残っているんです。それが終わるまで、これまで通りリタさんのことは師匠が守っててくれませんか?」
「いいだろう」
「……そうですか。ありがとうございます」
そうお礼を言うと、私は静かに頭を下げてみました。師匠からは威圧的な雰囲気も感じませんし、ホントに私は……まだ実感が湧きませんけど、自由になったみたいです。
なんとなくふわふわした感覚のまま部屋を出ようとすると、その直前に、師匠が声を掛けてきます。
「……ユノ、ここまでよく頑張ったね。お前は私の――」
そう聞こえたところで、私の意識は今までの疲れや解放感からか、一気に揺れて薄まり、そのまま静かな眠りに落ちてしまいました。




