wolf and sheep (狼と羊)
wolf and sheep4
次の日の早朝。
アリスは屋敷で、焼き立てのクロワッサンと淹れたてのエスプレッソと、いつもの朝食を取りながら新聞を読んでいた。昨日、モートを行かせてから何が起きたのかが、昨日の夜から気になって仕方がなかったのだ。
オーゼムはその後、急に無口になり何も言ってくれなかった。
ホワイト・シティのサン新聞を広げると、そこには昨日の夜に起きた事件が載っていた。その事件は大量の首のない遺体が、街の至る所で発見されたというものだった。
街全体を震撼させるその事件は、全ての遺体から首だけが綺麗になくなっていたと特筆され。警察は何らかの集団による猟奇的な犯行と断定した。何故なら遺体の距離や間隔が、どれも遠すぎていたのだ。
アリスはどちらも悲しかった。
きっと、モートが関わっているはず。
モートを狩りに行かせることも、世界の終末も。きっとヘレンはこんな苦痛にも勝る悲しみを、毎夜受け続けていたのだろうと思い。心底、同情をした。
キッチンからの湯気を纏ったフュメ・ド・ポワゾン(魚のスープ)をこの屋敷で唯一の使用人の老婆が運んできてくれた。
アリスの座る質素なテーブルに置くと、老婆は優しくアリスの耳元で囁いた。
「いいんですよ。これで、少しは運命というものを知ってくださいな。アリス嬢ちゃんは、いつも些細な事件でも心を痛めすぎです。そうですねー、こう思えばいいんですよ。自分の命も他人の命も重さは同じです。でも、失う時には運命や時期というものがあるだけなんだと……」
アリスは老婆にニッコリと微笑み。
気持ちが少しは軽くなっていた。
それならば、世界の終末も運命なのだろう。けれども、モートもオーゼムも終末という運命をどんなことをしてでも回避したかったのだろう。
「さあさあ、もうそろそろ学校の時間ですよ。アリス嬢ちゃん。お仕度は何もかもできていますから」
朝食を終え。アリスはシンクレアから誕生日に貰ったブラウンのバックと白のロングコートを老婆から受け取った。屋敷の入り口まで歩くと、玄関で立ち止まった。アリスは老婆の厚意に胸が熱くなった。
老婆はアリスが路面バスへと行くために、屋敷から道路へと繋がる橋の上の雪を朝早くに綺麗に雪掻きをしてくれていたのだ。
こんな素晴らしい日を老婆から与えられたことで、今日はモートに普通に会えることができるとアリスは心の底から思った。
橋を渡ればすぐに路面バスの停留所だった。
行き先は当然、ノブレス・オブリージュ美術館だ。
wolf and sheep 5
モートは今まで一度も寝たことがなかった。
ヘレンが旅に出掛けた後。狩りを終えると、ノブレス・オブリージュ美術館のサロンの質素な椅子に座り。一人でずっと考え事をしていた。
モートは昨日に七つの大罪と世界の終末のことを初めて知ったので、その事について深く考えていた。
今は早朝の6時。
後、2時間くらいでアリスが迎えに来るだろう。
天使のオーゼムの言った七つの大罪は、モートにとっては全くの盲点だった。七つの大罪は黒の魂が関与することの根本的な部分だったのだ。
今日の深夜に狩ったものたちは、長い年月によって、あるものは姦淫。あるものは激怒。あるものは怠惰など皆、魂が黒くなっていたのだ。
世界の終末は運命なのだろうか? けれども、ここホワイト・シティでは当然受け入れられないが、遠い国からはあらゆる犯罪が流入している。どのみちこの街は滅びる運命だったのだろう。しかし、遠い国にはヘイグランドのような良き若者もいる。世界の終末を避けるには、さすがに世界は広いだろうが、遠い国からの犯罪だけに目を光らせることが肝要なのだろうか? 実際、今回の狩りの夜には遠い国からの麻薬などの中毒者も大勢いた。
今ではモートの盲目的な人生は少しは明るくなってきていた。
考え、いや、方向性が。自分が何を狩ればいいのかという基準が……まるで荒波の航海の中で一つの灯台を見つけたかのように、理解できるようになったのだ。
モートは自然と微笑んでいた。
しばらく世界の終末や七つの大罪のことを考えていたが、モートはハッとしてポケットの中の懐中時計を見た。
アリスが来る時間だ。
そのうち、着飾った人々や使用人たちが、ここノブレス・オブリージュ美術館に集まる時間にもなるだろう。
モートは懐中時計を仕舞い。素早く大学へ行くための準備をした。
ノブレス・オブリージュ美術館の正門の前でモートは佇んだ。アリスはすぐに見つかった。ちょうど道路の反対側にある路面バスから降りてくるところだったのだ。
アリスはいつも通りの表情をしている。
魂の色も青色で、それは普通を表していた。
いつもの灰色の空から、コンクリートをとめどなく埋めてしまう雪が舞い降り、厳しい寒さはすでに日常へと溶け込んでいた。けれども、温かな人々の心が見え隠れするこの街で。
きっと、アリスもこの街が好きなはずだ。
そう、モートは考えた。
信号が青になったので、アリスは横断歩道を渡ってきた。行き交う車は、毎日の大雪に辟易しているのだろうか? だが、街の人々はいつも雪を大切にし、自慢をしていた。
「おはようモート。昨日は大変だったでしょう? けど、よく眠れたようね。いつもと変わらない顔ですよ」
アリスは微笑んでいて、いつも素敵な声をしてくれる。モートはアリスの手を取り、聖パッセンジャーピジョン大学へと二人で歩いて行った。




