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Wrath (憤怒) 

 Wrath 3


 アリスはモートに心の底から感謝していた。けれども、シンと静まり返った大学の講堂内で、アリスは今日はダイヤモンドダストが来るんだなと何気なく思うと……。

 同時にハッとして、辺りを見回した。生憎、アリスの今いる講堂内のストーブは故障中だった。このままでは真夜中のダイヤモンドダストでは確実に凍死してしまうだろう。

 アリスはそこで、子供たちと共にこの広い聖パッセンジャービジョン大学の校舎で、もう一つの最大の危機である寒さに備えるため。ストーブを大至急探すことにした。


 Wrath 4


 一本のロウソクに照らされた一枚の絵画を観て、ヘレンは口に手を当て驚きを隠せられずにいた。

 その絵画には、モートに似ている。いや、そっくりな男が笑いながら畑仕事をしているところが描かれていた。

 底冷えする廊下の奥の壁に、中央に飾られたその絵画には、やはり農道と白い月がモートとそっくりな男の背後にあった。ジョン・ムーアの屋敷の大部屋から玄関へとオーゼムと共に向かう途中のことだった。隣のオーゼムは、この絵画を観て、ただ頷いているだけだったが……。

「そうですよ。ヘレンさん。この人はモート君です」

「え? オーゼムさん? どういう意味ですか?」

 ヘレンは前にノブレス・オブリージュ美術館で、モートが産まれた絵画と似た絵画をモート自身に探させたことがあったが。けれども、そういえばその件は一枚見つかった後から、うやむやになってしまっていた。

 ヘレン自身は、モートの出生の秘密は、これらの絵画にあると確信していた。

 それに更に確信が深まることに、オーゼムはさも当たり前といった感じで頷いていた。まるで、モートの過去を全て知っているかのようにヘレンには思えた。

「詳しいお話をしましょう。まずは、その絵を持ってノブレス・オブリージュ美術館へと行きましょう」

 オーゼムはその一枚の絵画を持ち出して階段を降り、玄関へと向かった。


 もうそろそろイーストタウンだった。西の方から曇り空を茜色に染める太陽が登って来ていた。モートは更に急いだ。ここからでも、銃撃戦の激しい発砲音がしたからだ。

 針葉樹で囲まれたロイヤルスター・ブレックファーストの本拠地であるパン屋が見えて来た。モートはパン屋の店内へと、あらゆるものを通り抜けてすぐさま飛び込んだ。ショーウインドー越しからも見えていた。 

 ロイヤルスター・ブレックファーストの雇ったであろう大人の用心棒たちと、猿の軍勢との戦いの真っ只中だったのだ。猿の軍勢は血潮を巻き上げ、剣を振り回し、白く凍った地面には用心棒と猿の血が帯びたたしく広がっていた。

 モートは階下の全ての猿の首を一瞬で狩った。

「頭部ではなくて! 胸を撃ってくれないか! フルプレートメイルは確かに頑丈だが! いずれは穴が空くから!」

 モートはそう叫ぶと、売り物のパンやガラスの破片が散乱する床に倒れている用心棒や猿を通り抜け二階へと疾走した。

「モートが助けに来てくれたわ! 大丈夫! みんなモートは味方よ!」 

 ミリーがモートが廊下の猿の一匹を狩ると同時に叫んだ。


 一瞬、用心棒たちが戸惑い撃つのをを止めた。

 シンクレアはパン粉の大袋でバリケードを張った廊下の片隅で蹲っていた。血塗れのモートを見て、青い顔をこの上なく青くして震え上がった。けれども、恐らくミリーとロイヤルスター・ブレックファーストの組織の子供たちが辛抱強くシンクレアとその家族を説得してくれていたのだろう。

 シンクレアは寄り添う家族と共に気を失う一歩手前だったが気丈に叫ぶ。

「モート! 奥の部屋の窓から猿が入って来るわ!」 

 ガシャンと割れる音と共に、猿数匹が幾つかの窓から襲いかかってきた。二階の用心棒が雄々しくトンプソンマシンガンを撃つが、モートの方が速かった。銀の大鎌で窓から現れた猿の首は再び窓の外へと吹っ飛んだ。

 そして、モートは地を蹴って猿の胸部へと刈り込む。

 そのままモートは猿の軍団の集った庭へと飛び込んだ。

 用心棒やシンクレアたちが唖然としている中。

 あっという間に猿の軍勢は全滅していた。

「モート! ありがとう! すっごい強いのね!」

 ミリーが嬉し泣きの涙でクシャクシャな顔をして、モートの血塗られた腕にしがみついた。モートは全身が血で染まっている状態だったが、ニッコリ微笑んでやった。

 まるで、バケツに入った血液を頭からかぶったかのような姿だった。

「もう、大丈夫だ……」

 シンクレアはパン粉の入った大袋を苦労してどけると、モートの傍まで真っ青な顔で走って来た。

「モート? 今のはなんだったの? ねえ、私たちを助けてくれたのよね? 凄い速さでよくわからなかったけど……」

「いや……あ……もう、行かないと……」

「あ……本当にありがとね!」

 涙声でお礼を言うミリーとシンクレア。そして、その家族にモートは人に感謝されても何も感じなかったので、震えるシンクレアには、手を振っただけだった。モートは遠いノブレス・オブリージュ美術館の方へと向きを変えると、そのまま走り去った。


 …………


 モートはノブレス・オブリージュ美術館へと帰ってくると正門から中へ入った。昼間なのに美術館はガランとしていた。受付の女性や使用人たちがモートの血塗れの姿を見て、気を失ったが。モートは気にせずに美術館の奥のヘレンの部屋へと向かい。シャワー室を借りた。いつものカジュアルな服に着替えると、モートが産まれた絵画のある広大なサロンへ入ると、アリスとヘレン。そしてオーゼムが集まっていた。

「やあ、みんな無事で良かったね」

 モートは疲れを感じないので、いつもの質素な椅子に座った。 

 30個の東洋の壺に13枚の美しい絵画を、アリスもオーゼムもしばらくは、その豪奢な美術品の数々を見て、それぞれ溜息を吐いていたが。俯き加減のヘレンがモートの傍に寄って来た。 

 ヘレンが真っ青な顔で一枚の絵画をモートの面前に見せて囁いた。

「モート……この絵がわかる? オーゼムさんに聞いたわ……私はあなたにとって重大な事実を知ったのよ……ああ……モート……」

「……え? ヘレン? 一体? 何なんだ?」

 ヘレンは泣き崩れた。

 ヘレンの持つその絵はジョン・ムーアの屋敷にあった絵だった。 

 少し経って、オーゼムがモートが産まれた絵画のところへ深刻な顔で、モートを手招きした。モートは絵のことがさっぱりわからなかったが。

 何故、自分のそっくりな絵をオーゼムとヘレンはぼくに見せたがるのだろう?

 けれども、モートは空っぽの心のような容器が不思議な感じでいっぱいになった。


 外は今は昼の粉雪が舞い。仄かな日光が所々雲の隙間から零れていた。

 昨日の極低温が嘘のような少し寒いだけのいつもの天気だった。


「では、私から話しますね。あんまりしつこいんで、ヘレンさんには道中に少しだけ話しましたよ……皆さん、ひどくお疲れのようですが、あ、モート君は別だね……。後ほんの少し我慢してくださいね」

 オーゼムはモートが産まれた絵画を見つめ、それからアリスもその絵画の前に立たせた。

「アリスさん……。最初にあなたには言わないといけませんね。この絵。今から300年前の絵ですが……。ここからモート君は産まれました。モート君は簡単に言うとプシキコイとサルキコイの中間点という肉体を持つ霊体なのです。そして、この絵は、モート君の過去と深く関わっています。過去から現在まで、モート君はさる理由から300年間もこの絵に閉じ込められていたのです」

 モートから見て、アリスはひどく驚いているのが見て取れた。しかし、モートは何も感じなかった。ただただ、不思議だった。

「また最初に言っておきます……モート君は罪人だったのです……実はあの世では命はとても高価なもので、普通。そう簡単には誰かが買うかしないと、この世には産まれえないのです……高いですからね……つまりは、あり得ないのです。でも、例外があって、モート君は……」 

 ヘレンが突然顔を突っ伏した。

「……モート……何故……何故なのモート……」

 ヘレンは蹲りながら、とうとう大泣きをした。

「他にもモート君の絵があるんです。モート君。何か思い出してくれましたか?」

 そう言って、オーゼムはサロンの壁に次々とモートが描かれた絵を飾り出す。


 モートはその絵を順に見ていくと、アリスを傍に呼んだ。

「アリス。ほら、これがぼくだよ……」

 アリスは目を大きく開いた。

 オーゼムの言う通りだ……。

 そう、これがぼく……。

 昔のぼくだ……。


 そう、ぼくは死んでいない。あの時のままだ……。

 まだ……?

 あの時……? 一体……?

 何が……?

 ん……?


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