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Greed (強欲)

 パンの匂いが強くなるほど、地上に近づいているとヘレンは思った。

数メートル歩くと。

オーゼムという名の男は、すぐに見つかった。

 一階へと上がる木製の階段付近に立っていたからだ。

 オーゼムは、すぐにこちらに手を振って「私はオーゼム・バーマインタムという名の男です。モート君の友人です」とニッコリと自己紹介をした。

 しかし、「いや……これは……?」急にオーゼムは険しい顔付きになって、薄暗い地下の奥へと目を向けた。

 途端に、ドン! という強い衝撃音と共に、地下全体が激しく揺れだした。

 奇妙な複数の足音が少しずつ近づいてくる。おぞましさをも覚えるその足音の群れは、例えるなら何らかのカサカサと動く。そう、昆虫の足音だった。ヘレンは後ろを向いて悲鳴を上げた。


 その足音の主は、大蜘蛛の大軍だった。


「これは……マモンの書からの召喚!」

 オーゼムが叫ぶと同時に、モートが目にも止まらぬ速さで走ってきた。銀の大鎌で複数の大蜘蛛に致命傷を負わせる。

「オーゼム! 何が起きたんだ! ギルズが何かの本をかざしていたら……あの大蜘蛛の大軍が現れた! 黒い魂ではないけど、狩りの対象なのはよくわかる!」

 大蜘蛛の大軍は、鉄骨を楽にへし折り、天井まで壁を走りだし、店の外へと雪崩れ込もうとした。

「ここは、商店街です! モート君! 早くに大蜘蛛を全て狩ってください! 大勢の命が失われます!」

 モートは一階へと続く階段を駆けだして外へと飛びだした。

 外へでると、そこは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 至る所で、人々の悲鳴や怒号が鳴り響く。

「グリーンピース・アンド・スコーン」のパン屋からワラワラと這い出てくるおぞましい大蜘蛛の大軍は、人々を次々と捕食していった。 

 モートにとっては、生まれて初めての光景だった。

 すぐさま、銀の大鎌を振り。真っ白な蜘蛛の糸でグルグル巻きになっていた近くの青年を助けだした。


「この世の終わりだ!」

 銀の大鎌で蜘蛛の糸を全て切断すると、自由を取り戻した青年はそう叫んでどこかへと走り去って行った。だが、別の大蜘蛛に捕まり、頭から齧られ絶命した。

 モートはこの惨状をどうしていいかわからなかった。

 今では、大蜘蛛の大軍は通行人だけの捕食では飽き足らず。商店街の店や建物を破壊しては、中の人たちも襲うようになっていた。

 地面の真っ白い雪の上には、人々の赤い鮮血が凄まじい勢いで広がっていく。

 もはや柱を破壊され垂れ下がった天幕は破け散り、その裂け目からはシンシンと降る雪が無情にも人々の破損した死骸の上に落ちていた。

 

 モートは、少し大蜘蛛の大軍から距離を置いた。

 銀の大鎌を握り突進すると、それを振り、大蜘蛛の大口の一部を刈り取った。大蜘蛛は人声にも似た悲鳴を発し、絶命した。

別の蜘蛛がすかさず白い糸をモートへ向かって吐きつけた。

 モートは避けるが、左腕に糸が巻きついてしまった。

 普段は壁や床などを通り抜けることができるモートだったが、対象も同じ存在なのだろう。通り抜けられなかった。恐らく体当たりでもされたら、モートはその巨体による強い衝撃で遥か後方へと吹っ飛んでしまうだろう。

 どうしても糸がほどけそうもないと判断したモートは、そのままの状態で今度は大蜘蛛の顔面目掛けて銀の大鎌を投げつけた。

 それは、大回転をし。前方の複数の大蜘蛛を掻っ捌いていく。

 大蜘蛛の死骸が前方に築かれていった。

 銀の大鎌が回転をしながらモートの元へと戻って来た。


 それを左腕は使えないので、右手のみで受け取った。

 しばらくすると、モートの狩りで大蜘蛛の数も減り。

 生きている人は、皆、避難できたとモートは信じた。

 だが、辺りを見回していると、真横から突然一匹の大蜘蛛が右腕に噛みついてきた。

 モートは痛みを気にしないが、銀の大鎌で大蜘蛛の頭部を素早く刈り取った。噛みつかれた右腕からは銀の大鎌が持てないほどのおびただしい痛みと血が流れている。

 未だ大蜘蛛の大軍は数こそ少なくなったが、商店街を暴れ回り、逃げ遅れた人々を捕食していた。

 周囲を警戒していたモートは気が付いた。オーゼムが瓦礫と化した「グリーンピース・アンド・スコーン」のパン屋の壁の隙間から這い出て来たのだ。

 オーゼムは体中の埃を叩いて辺りの悲惨さにひどく落胆したようだ。

「これは……遅すぎましたね。何もかも……すぐに気付くべきでした。これはマモンの強欲のグリモワールによって起きた惨劇です。グリモワールを使った張本人のギルズはどこかへ逃げて行ってしまいましたが、強欲のグリモワールだけは回収しました」

「グリモワール? オーゼム! それよりヘレンは?!」


 モートは崩壊した商店街で、大蜘蛛を警戒しながら早口でオーゼムに聞いた。

「無事です。それより、後五匹の大蜘蛛がいます。どうか気を抜かないでください。さて……ここで、一つ賭けをしましょう。あそこの大蜘蛛に襲われている男はグリーンピース・アンド・スコーンの一員です。その男は今は赤い色の魂ですが、モート君に助けられた後は、その魂が再び黒になるか? それとも、改心して灰色から青い色になるか。どうです? どちらに賭けます?」

 モートは首をかしげたが、当然黒い色になる方へと賭けた。

「ほうほう……。では、私は青色へ。そして、再びあなたの狩りの時間ですよ。モート君」

「えっ? オーゼム? ぼくはもう動けないんだ?!」

 モートは、満身創痍だった。

 突然、オーゼムが早口で祈りを捧げた。

 すると、急激にモートの体の大蜘蛛にやられていた出血や傷が癒えていく。モートはさすがに驚いた。それよりも、傷が癒えると同時に見る見るうちに力がみなぎってきたので、モートはすぐさま狩りをしに行った。

 グリーンピース・アンド・スコーンの一員の赤い魂の男に襲い掛かろうとしていた大蜘蛛目掛けて疾風のごとく突進し、思いっきり銀の大鎌で複数の足ごと頭部を刈った。

 赤い魂だった男は腰を抜かしていた。商店街の建物を破壊している大蜘蛛も、女の子に襲い掛かろうとしている大蜘蛛も、次々に恐ろしいまでの勢いでモートは刈っていく。 

 全ての大蜘蛛の身体が二つに分断される頃には、商店街全ての真っ白な地面はまんべんなく赤く染め上げられていた。

 二つに身体を分断されブスブスと煙をまき散らしながらこの世界から形が崩れてきた大蜘蛛からは、大量の血液が吹き出ている。それを浴びた男は、ただ震え上がっていたが。その場でしばらく、周囲を見回していた。


 モートは注意深くその男の魂を観察していた。

 さあ、どっちだ……。

 黒か青か……?

 傷が完治している右手の銀の大鎌を握り直していると、なんと、男の魂は見事灰色から青色になっていた。

「賭けは私の勝ちですね! モート君!」

 オーゼムはニッコリと輝くかのような笑顔を作った。


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