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交差する深淵  作者: 宇美八潮
入社3年目
11/12

測量船

計画は休止となりましたが、開発第一課は一応存続していました。

とはいっても規模は縮小され、ほとんどの人は主に開発第二課や、あるいは親会社のシティ建設関連業務の応援に行っていて、多分このまま正式に異動になるんだろうなという空気が漂っていました。

第三係のメンバーは、係長だけが残務処理という名目で引き続き第一課に残りました。

私は川崎市川崎区、シュウは自宅から近い横浜市中区の現場で開発第二課のサポートをしています。

秋山さんと西村さんは筑波シティに残りましたが、今回の災害で更に業務が逼迫している親会社への出向となりました。

お城は今後の参考にするために改めて被害状況の調査が行われたそうです。


そうして地震から2か月ほどが過ぎたころ、私とシュウは係長に呼ばれ、久しぶりに筑波シティの本社へと行きました。

再開の挨拶もそこそこに連れてゆかれたのは部長のところです。

そこで私とシュウは総務部への異動と海上保安庁海洋情報部(注1)との共同調査を命じられました。

同時に開発第一課の廃止と開発第二課以降の改称も知らされました。

係長の開発第二課改め開発第一課への異動、秋山さんと西村さんの親会社への転籍も同日付で行われたそうです。


それから共同調査にあたっての内閣府の担当者が紹介されました。

シティ建設は内閣府が直接管轄する事業となっていて特命担当大臣として防災拠点整備担当が任命されていました。

私たちの会社も防災拠点整備事業としてその監督下にあります。

今回の調査は事業実施に関わる調査の一環という名目になるとのことでした。

青原(あおはら)雅紀(まさのり)と名乗ったその人からは、生真面目そうな印象を受けました。



「今日は共同調査の概要説明と、宮森さんの「能力」についての確認をさせてもらうために参りました。」


青原さんはそう言って説明を始めました。


「先に申し上げておきますと、私共では宮森さんの能力が真実であるとの前提で動いています。

予め専門医による検査は受けてもらう予定ですが、これは念のための検証と考えていただきたいと思っています。

能力を信じる理由なのですが、実は今回の件を精査する過程で興味深い文献に行きあたりました。

今から150年余り前のもので、現代語風に訳すとこんな感じです。

『海に生きるものの声を聴く者、地に生きるものの声を聴く者、共に在りて大いなる災いを解き明かすものなり。』

この「海に生きるものの声を聴く者」というのは宮森さん、あなたと同じ能力を持つ方が当時も居たのだろうと私共は考えました。

とすると、もう一人「地に生きるものの声を聴く者」という対になる存在が居る可能性があります。

そうしてその二者が出会うことで「災いの原因」が明らかになるという事だと思われます。」


「でも「解き明かす」だけで解決する保障まではされていないとも取れますね。」

シュウが代表して疑問に思ったことを投げかけました。

「確かにそのとおりです。ですが、それでも何もわからないよりは解決に近づく一歩になると考えます。」

「その文献では他に何か書かれていないんですか?」

「現在も分析を進めてはいますが、直接関連しそうなことは見つかっていません。」

「もう一人のほうは、当てがあるのでしょうか。」

「そこが悩みどころです。宮森さんの話では「海底人」は人間を「地表を行くものたち」と表現しているそうですね。」

「正確にはそういう言葉を使っているわけではありませんが、私の感じたイメージを言葉にすると一番近いのがこの表現でした。」

この時の私は、シュウが自分の事を「私」と言うのは珍しいな、などと場違いなことを考えていました。

「これが「地に生きるもの」に相当すると仮定して、対になる「海に生きるもの」は人間ではなく「海底人」を示すとの可能性が指摘されているんです。」

「海底人にも人間の気持ちを理解できるものがいるかもしれないと。」

「はい。」

「それが私たちの協力者になるということでしょうか。」

「そういう可能性は否定できないと思います。私共では「海底人」の居る場所を探し、可能なら呼びかけを行おうと考えました。そうして海上保安庁と共同での拠点探索が計画されたわけです。」


「参考までに、これまでの経験で場所によって「声」の聞こえ方に差異はありましたか?」

「この辺りが特に、というのは思い浮かばないんですが、外洋に向かって開けたところは良く聞こえたと思います。湾内ではあまり聞こえませんでした。」

「千葉や茨城といった太平洋側と、神奈川などの相模湾側、あるいはそれ以外では?」

「どちらかというと太平洋側でしょうか。」

「なるほど。参考にさせていただきます。」


「それと差し障りがなければお聞かせ願いたいのですが、宮森さんの能力というのを、ご家族などで他にも持っている方は居られるのでしょうか。」

「母方の曾祖母がそうだったのではないかと考えています。」

「それは?」

「まだ幼いころ海へ行ったときに「お魚が気持ち良いって言ってる!」と言った私に、母が「まあ、お祖母ちゃんと一緒ね。」と言っていたのを覚えているんです。母は自分の母親、私の祖母の事は名前で呼んでいたので、その時にはすでに亡くなっていましたが曾祖母であろうと。」

「それ以外には。」

「程なくしてこれが普通の事ではないと気付いて、私自身が魚の声が聞こえることを口にしなくなったこともあり、訊く機会がありませんでした。」

「出来れば、お母さまに確認していただいても?」

「はい。そうしてみようと思います。」


それから今後のスケジュールや私たちの立ち位置などの説明を受けました。



「あらためまして、皆さんお疲れ様でした。」

その日の夜、係長の音頭による乾杯で「元」第三係恒例の宴会が始まりました。

もちろん秋山さんと西村さんも参加しています。

久しぶりの再会を祝してと聞いていたのですが、実際には第三係の解散会になってしまいました。

宮森君も私も、今夜は現場へは戻らず、一時期筑波シティで仕事をしていた時に使っていた部屋へ泊まることになっています。


「三係って、何かあると宴会だよね。」

「伝統ね。結局2年半足らずになっちゃったけれど。」

「俺なんか入社したとたんに染められちゃったし。」

「まあまあ、稲村さんと宮森さんは船に乗っちゃうとしばらくは宴会もできないでしょうから、今のうちに楽しんでください。」


「拠点の探索とか言ってたけど、宮森君はあちこちで海に浸かって調べるのかな。」

「多分そうなんだろうね。聞こえる強弱とかちゃんと比べられるかなぁ。」

「何だか、ふやけちゃいそうだよね。」

「稲森さんはいろんな海に行けて楽しいんじゃないですか?」

「まあ、正直期待はしていますけどね。私は宮森君に付き添うだけだから気楽な船旅だし。」

「ちょっとずるいよ。気を抜きすぎなんじゃない?」



翌日昼頃に川崎のサポート先へ戻ると、既に私が一週間ほどで抜けることは伝わっていました。

残務整理というか、作業は次から次へと出てくるので最終日まで目いっぱい働かされました。

その合間を縫って荷物の整理をして、最終日に筑波シティへ送っておきました。


後で聞いたらシュウは荷物整理を終えると仕事には戻らず、この間に検査を受けていたそうです。

羨ましいような、そうでもないような。

ともあれ、その結果心因的な問題は無く、海水を介して意識を知る能力もあると認められる、という結果が出たそうです。


「能力が認められたんだ。良かったじゃない。」

「あくまで非公式のことだけどね。」

「どんな検査だったの?」

「目隠しされたまま水槽に手を入れて、水槽の中の様子を話すっていうのだった。」

「意外と単純だったのね。箱の中身当てクイズみたい。」

「うん。それで魚に餌を食べさせたり、ベタを2匹入れてみたり。」

「ベタって闘魚のことね。オスを同じ水槽に入れると喧嘩するっていう。」

「そう。逆に水槽に何も入れなかったり、貝殻から出されたヤドカリを入れるってのもあった。」

「ESPカードかもしれない。」

「多分検査する側もそんな感覚だったんだろうね。もちろん正直に答えたよ。」

「それを全部当てて能力を信じてもらえたのね。」

「いや、実はそれでも半信半疑みたいだったから、担当者が魚を取り出すのに手を海水に入れた時、その人の気持ちを小声で伝えてあげた。そうしたら、慌てて本気になってたよ。」

「何考えてたの?」

「今夜のデートのこと。」

「うわぁ、それはご愁傷様。」





そうこうしているうちに、出発の日になりました。

待ち合わせ場所の品川駅港南口に着くと、約束どおり青原さんが待っていてくれました。

そして黒塗りの高級車に案内されました。

セキュリティ上の必要があって、車で乗り付けた方が楽だからという事だったんですけれど、乗り慣れない高級車にちょっと緊張しましたね。

レインボーブリッジ(注2)を渡り終え、左手に見えるのが私たちの乗る船だと教えられて目に入ったのは綺麗な白い船でした。

お台場の官公庁船専用岸壁に車で乗り付けると、先ほど見た海上保安庁海洋情報部の測量船「広洋(こうよう)」が係留されていました。


車のトランクに収めた荷物はそのままで構わないといわれ、タラップを昇り乗船すると、まず船橋(せんきょう)に案内されました。

そこで船長さんやスタッフの皆さんに紹介され挨拶をしました。

船内で私たちの世話をしてくれるのは遠藤さんという女性保安官さんです。

どうやら私に配慮して女の方にしてくれたみたいです。

顔合わせが済むと私たちは遠藤さんに案内されて、これからしばらくを過ごす部屋に通されました。

荷物は既に運んでくれてあります。

出港は今日の16時ということだったので、それまでは部屋で荷物の整理などをして過ごしました。

時間になり岸壁から離れてゆくのを眺めながら、何だかわけのわからないうちに巻き込まれて、いよいよ海に乗り出すことにまでなるなんて、私は何の会社に就職したんだっけって考えていたのを思い出します。



    ◇



「さて、この辺りでひと区切りとさせてもらってよいでしょうか?」

「あ、疲れてしまいましたか?」

「いいえ、そんなこともないんですけれども、キリが良いかなって。どうもあれこれ思い出すとついつい喋りすぎちゃって。」

「承知しました。それではまた明日お邪魔させていただきますので、続きはその時にお願いできますか。」

「はい。そうさせてもらいますね。」



注1)海上保安庁海洋情報部:海上保安庁は海上の安全と治安を維持するための組織。現在は大幅に規模を縮小して港湾を擁するシティの警察組織が分担している。海洋情報部は航路の測量や情報提供を行っていた部署。


注2)レインボーブリッジ:首都臨海部に架けられていた吊り橋。橋を渡った先の埋め立てで造られた人工島「お台場地区」などとともに東京湾の観光名所になっていた。上野と松戸を結ぶ京葉大橋の荒川航路を渡る付近はレインボーブリッジを模して造られている。

K:ようやく出航するところまで来たね。

M:そうですね。

K:これから各地の海へ調査に行って情報を集めたり、「海底人」に操られた魚の妨害を受けたり、それから「地表人」の気持ちがわかる「海の賢人」に会ったりするんだよね。

M:まだまだ先は長いですよ。

K:僕ドラマで見たときに「海の賢人」は妨害から助けてくれたマンボウの群れに居るのかな?と思ったよ。

M:マッコウクジラだったというのは妥当だと思いますよ。世間の一般的なイメージというのも大切です。

K:う~ん、残念だな。ところでアイコさん、この文献って本当にあるの?

A:その質問は始まったばかりの直接接続でも多く訊ねられています。

K:やっぱりね。

A:「全ての文献を承知しているわけではありませんが、私の知る限りでは存在を確認できません。」とお答えしています。

K:本当は?

A:存在が確認されている文献は全て承知していますが、その中にはありません。非公開や未発見のものが存在する可能性を否定はしませんが、ほぼフィクションと考えて間違いないでしょう。

M:ところでケイ、区切りも良いところなので今日はこの辺までにしませんか?

K:あ、ほんとだ。そろそろ夕食の支度を始めた方が良いね。

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