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交差する深淵  作者: 宇美八潮
入社3年目
10/12

深海からの声

その日の午後は余震におびえながらも、室内の片付け、明日からの事の相談、避難してきた人たちへの対応などと慌ただしく過ごしました。

そうやって無理にでも仕事を探して、何か体を動かしていないと落ち着いていられない気分でした。

ですが、ひととおりのことが終わり気を抜いた途端、急に動く気力がなくなってしまいました。

実際に、そうして考えてみれば、今すぐに片付けなければいけないこと、今できることは既に無くなっていました。

テレビはつけたままでしたが音声は消してあり、もうほとんど誰も目を向けていません。


余震はまだ続いており、もうすぐ暗くなる時刻ですから、帰るのは危険です。

車も流されてしまいましたし、帰れたとしてもアパートがどうなっているのかすら判然としません。

それでも私たちは運が良かった方なのでしょう。

まだ建設中ではありましたが建物はほぼ無事で電気も通じ、避難してきた人たちを含めても1週間といわず過ごせるだけの設備や物資があったんですから。



さて、何もすることがなくなったようなので、仮眠用として床に広げたシートの上に転がりながら、気になっていたことをシュウに聞いてみました。


「宮森君は大洗の水族館で、魚の気持ちがわかるって言ってたよね。」

「憶えてたんだ。」

「そりゃあね。今回のこともそれでわかったの?」

「信じてくれるの?」

「まずは、その前提で話さないと始まらないんじゃないかと思って。」

「昔から聞こえていた不気味な「声」があるんだ。場所は良くわからないんだけど、深い海の底から響いてくるような暗い感情で。俺は「海底人」って呼んでた。」

「海底人ねぇ。魚じゃないんだ。」

「何ていうか雰囲気が魚と違うんだ。それに彼ら、かどうかもわからないんだけど、彼らは「地表を行くものたち」という言い方で俺たちのことも知っているらしい。」

「そうなの?」

「ああ。で、それが先日四国で災害があった日に喜んでた。」

「四国って随分離れているよね。それでもわかるものなの?」

「うん。どういうわけだか。それ以降は「これで地表を行くものたちに報復できる」っていう感じで喜ぶ気持ちが伝わってきた。」

「なにそれ怖い。ひょっとして最近毎朝海に行ってたのってそのため?」

「そう。それが今朝は「いよいよ準備が整った」っていう感じになった。」

「ねえ、でもそれだけだと今日起きるって限らなかったんじゃない?それに前と同じ四国での事かもしれないし。この辺りって特定はできないでしょう?」

「今朝は魚たちも騒いでたんだ。」

「そういうことか。でも一昨日の地震の時は?」

「あの日の地震は夕方だったでしょ?俺が海に出たのは朝早かったから、まだ魚たちも気付いてなかったみたい。」

「つまり魚が騒ぎ始めたら半日以内には地震が起きるってこと?」

「規模なんかにもよると思うけど、多分そうだろうって考えてる。」


「地震とナマズの話は有名ですし、ここ鹿嶋はそういった意味では本場ですけれど、実用的な予知には使えない、ということになっていませんでしたっけ。」

係長も話に加わってきました。

「ナマズに限らず、少なくとも魚たちは地震かは意識しなくても、その予兆は感じ取っていると思います。」

「そうなんですか?」

「人だって、不快に感じたときに騒ぐこともあれば、逆に黙り込んでしまうこともありますよね。」

「確かにそうですね。」

「騒いでたと言いましたけれど、地震の予兆も様々ならば、それに対する行動も千差万別みたいなんです。」

「まあ、そうかもしれませんね。でも、じゃあどうして地震だと?」

「今朝は魚たちから揃って不快な気持ちを感じたんです。以前海に行っていて地震に遭った時と同じように。でもその時以上の激しさで。」

「どんな風に感じるものなの?」

「嫌な気分。体がパチパチする。変な音。ピリピリしてる。そういう何だか聞いてる方もムズムズと落ち着かなくなるような感情が押し寄せて来るんだ。」

「うわあ…。当然普段はそんなことはないのよね。」

「そうなんだけど、でも実はここ数年は魚たちも全般に機嫌が悪くなってる。」

「環境の悪化が原因?」

「そう。平均海水面は、この10年ほどの間に数十cmも上昇したということだよね。その影響で浅い海では光の届く量が変わって、サンゴ礁が壊滅的な打撃を受けているところがある。」

「人が対策をしていない場所では海岸線も少しずつ内陸に移動しているわね。」

「知ってると思うけど、波打ち際ってものすごく大切な環境なんだ。そこにしか棲めないって生物もいるし、多くの魚たちの稚魚には住み心地の良い場所だ。」

「うん。ダイビングで見てるから良くわかる。」

「そこが年々移動してしまう。しかも水温も上がってきている。だから魚たちは物凄く困惑してるんだ。海面上昇で新しくできる浅い海は、そんな海洋生物にとって大切な場所になるかもしれない。自分達の仕事を否定するようだけど、そこを開発対象にしちゃうのはどうなんだろう、とは少し思う。」

「複雑な気分になるわね。」

「実際には、ほとんどの魚たちはそんな事気にしないし、良い場所があればそこに住むだけなんだけどね。」



「ただそんななか「海底人」の憤りが大きかった。」

「海底人って何者なの?」

「わからない。小さい頃その声に気付いた時は、うめき声のような息苦しそうな気持ちを感じた。」

「ゾンビ映画みたいに「う~~」って言ってるイメージ?」

「うん。ちょうどそんな感じ。それが次第に「地表を行くものたち」を恨んでいるっていう感情がわかるようになった。」

「今度は四谷怪談か。」

「ちょっと、真面目に聞いてる?」

「ごめんなさい。でも、そんな海の中に居て、どうやって私たちの事を知ったんだろう。」

「彼らは俺たちの事を何でもかんでも海に垂れ流す連中だと考えてる。今回の環境変化もそれが原因だと考え疑っていない。」

「それは…。うん、残念ながらそのとおりね。」

「海に流れ込んだものは最後は深いところに沈んでゆく。何らかの形でそういうものから情報を得たんじゃないかと考えてる。」

「そういうことになるのかしら。」

「ともかく陸上生物への深い恨みを感じる。今回ばかりは許せないっていう気持ちを感じるんだ。」

「でも海底人がそう思っていたとして、それで津波なんて起こせるものだと思う?」

「確かに津波に着目したからといって、それを起こす力があるとは思ってなかった。」

「そうでしょう?」

「うん。でも今朝になって海底人の声が変わったんだ。「これで準備が整った。もうすぐ地表を行くものたちに報復を。結果が楽しみだ。」そういう満足そうな気持ちが伝わって来た。」

「そして本当に起きてしまった…。」



「ねえ、ところで順番が逆になっちゃったけれど、気持ちがわかるってどういう風になるの?」

「イワシやサバが口で喋ったりする事はないからね。何ていうかな、意識が伝わってくるっていう感じ。」

「よくあるテレパシーみたいな?」

「う~ん、言葉じゃないんだ。気持ちというか感情が流れ込んでくるっていうか…。」

「?自分の中に知らない人が入り込んでくるみたいな感じになるのかしら。」

「あ、それ近いかもしれない。」

「ねえ、多分気を悪くすると思うけれど、多重人格、本当は確か違う言い方をするらしいけれど、そういうのとは違うのよね?」

「それは昔悩んだことがある。診察してもらったりはしていないけれど、違うんじゃないかなって思ってる。」

「嫌なこと思い出させちゃったか。ごめんなさい。」

「大丈夫。そう考えるだろうってのはわかるから。」

「で、小さい時からそうだったの?」

「うん。子供の頃は聞こえるのが普通だと思ってた。」

「聞こえるのは魚だけ?」

「それは…、海水で繋がっていれば、魚に限らず、蟹とか、海鳥とか…。」

「イルカなんかも?」

「…うん。」

「あっ。海底人の声がわかるってことは、ひょっとして人間もなの?」

「…そうです。」

「えっと、私宮森君と海行ったとき何考えちゃってたかしら?」

「いや、その、最近はちゃんと意識しないと聞こえないようにコントロールができるようになったから。」

「そうなんだ。そうよね夏場の海水浴場とか人が多すぎて大変そうだものね。」

「小さい頃は苦手だった。」

「うるさそうだものね。」

「楽しいって気持ちなら仕方ないんだけど、その、欲望まみれの気持ちとかもあって…。」

「あ、そういうやつね。」

「だから頑張ってコントロールを覚えた。」

シュウはそう言いながらちょっと顔を伏せました。


「それにしても地震や津波すら操れる「海底人の陰謀」かあ。そんなSF映画みたいなものをどうやって止めれば良いのよ。」

「そうなんだよね。」

「どうしたらやめてもらえるのかもわからないし、そもそもこっちからの話は通じないのよね?」

「うん。多分聞こえてないと思う。」

「こちら側にしても、こんな話をしたところで誰も信じてくれないだろうし。」


「そうですね。とはいえ、後始末をして動けるようになったら筑波シティへ行きますよ。」

しばらくじっと話を聞いていた係長がこんなことを言いました。

「どちらにしても、この状態では仕事になりませんけれど、状況は報告しなくちゃいけませんから。その時に宮森さんのこともね。」

「でもどう話せば良いんでしょう。こんな俺の話を信じてもらえるんでしょうか。」

「そこはわかりませんが、でもうちも一応は国の関わっている事業ですからね、それなりの人に話を通せるとは思いますよ。私自身も伝手が無いわけじゃないから話をしてみます。」

「宮森君しか声を聞けないってのがネックよね。」



数日経って、海の様子が落ち着いてからシュウが「海底人」の声を聴きに行きました。

すると今回の結果に満足し、次に向けた準備に勤しんでいる様子が伝わってきたといいます。


更に数日が経ち、係長、シュウ、私の3人で、お城の中にあったので無事だった社用車を使い筑波シティへ報告に行くことになりました。

残務処理がまだいろいろあるので秋山さんと西村さんは留守番です。


それからも筑波シティの本社とは「海底人」の事も含めて度々連絡を取り合いました。

作業をしていた方たちは、既に他の現場に移っています。

竜宮は調査の結果、損傷がひどいため破棄せざるを得ないことになりました。

お城の方も、竜宮のぶつかったところ以外は無事かと思ったのですが、ざっと調べただけでも結構いろいろなものが当たってできた損傷が見つかっています。

更に液状化の影響でか、わずかに傾斜していることも判明したために、継続使用が可能かの判断待ちとなってしまいました。

その判断にしても、今回の災害に関連してシティ建設や臨海工業地帯の方への対応を優先させているため、宙ぶらりんの状態になってしまったんです。

そして、最終的に私たちも鹿嶋事務所から引き上げ、筑波シティへと作業場所を移すことになりました。


一か月後、海中都市計画はこの災害が原因となって無期限で休止という判断が正式に下されました。

K:ついに海底人が出てきた。

M:テレビドラマでは結局最後まで姿を現しませんでした。

K:だから余計に不気味だったよね。

M:その声もシュウを通してしかわかりません。

K:僕は半魚人みたいなヌメヌメしたのを想像してたよ。

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