11話 貧困層区域
「ん…」
カーテンを開けっ放しにしていたため、日の光が直接焉武の顔に当たった。重い瞼をゆっくりと開けた。体を起こすと、ある事に気が付いた。昨日まで邪魔だと感じていた胸がないのだ。
「あれ!?」
手を見ると昨日の細い手とは違い、見覚えのある手に戻っていた。
「まさか…」
すぐに立ち上がって階段を急いで降りた。
「あら。どうしたの?慌てて」
「気を付けろよ。階段で躓いて転んだら、ただ事じゃないんだからな」
「母さん!!父さん!!」
2人は何か不思議そうに顔を見合わせた。
「どうしたの?焉武?様子がおかしいわよ?変な夢でも見たの?」
焉武は階段の段の所に座り、暫く頭を掻いた。
「ハハハッ…。そうだよな…。夢だよな…」
「焉武どうかしたのか?体調でも悪いのか?」
「なんでもないよ…。ただ嫌な夢を見ただけさ…。ちょっと目を覚ますために、顔を洗ってくるよ」
「あぁ」
洗面所へ行き顔に水をバシャッとかけた。
「ふぅ…。そうだよな。夢だよな。あんな事」
変に長くリアリティのある夢だったが、とにかく現実ではない事が分かってホッとした。IPGの様に特別な力でenemyとかを倒しているミュータント達には憧れていた時期はあったが、両親を失ってまでそんな力は欲しいとは思わない。だったらこれからも一般人として普通に暮らし、テレビやネット越しから見て応援する方が良い。
「良かった…。ふぅ…」
顔を上げて鏡を見ると男の姿に戻ってはいるが、自分の両目が同じ色である事に気づいた。さらに色は右目の赤色だった。
「なっ!?」
焉武は驚き床に倒れた。しかし鏡に映っている自分はたったままで、さらにこちらを見ていた。
「な…なんなんだ…今度は…」
「夢と思っているのか?」
「!?」
鏡の自分が喋り始めた。
「昨日の出来事が夢…だと…。そう思っているのか?」
「お前は…」
鏡の自分が姿を変えて、昨日の女になった自分になった。
「そんな…まさか……あの出来事は…。ここがまさか…」
その時親の叫び声がした。急いでリビングに行くと、そこは忌まわしきあの研究所だった。母と父が苦しんでいた。あのモニターで見た光景と一緒だった。
「母さん!!父さん!!」
焉武は走って良心の元へ向かう。そして手を伸ばすと手が燃え始めた。研が突然前に現れて
「私の勝ちだよ…。焉武くん?」
そうニヤニヤして言ってきた。
「クッソぉぉぉ!!」
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「あぁぁぁ!!!」
自分の叫び声で目が覚めた。すぐに自分の胸を見た。やっぱり大きく膨らんでいる。つまりこれが現実という事だ。
「はぁ…嫌な夢だ…」
外自体は夢で見た時と同じく、朝日が眩しく部屋に差し込むぐらい良い天気だった。自分の心の中とは真逆の天気だ。
「……」
無言で立ち上がり、ゆっくりと階段を降りた。そこには昨日家を出るため用意したリュックがあった。
「顔をでも洗おう…」
洗面所に行って、蛇口を捻り水を出した。手に水を溜めて顔にかける。鏡を見ると右目が鮮やかな赤色に、左目は普通の人と同じ黒に近いブラウンだった。
「……」
何も言わず鏡をジッと見た。やはり女だ。普通に生きてても困らないであろう容姿をしている。恐らくこの見た目で学校に行ったら、一瞬でマドンナ的な存在になるだろう。なるつもりは一切ないが。
「よし…出発するか…」
荷物を今一度確認して、金も確認した。ほぼ無法地帯とはいえ、昨日の事から金は必要である事が分かっていた。
「今まで…ありがとう…」
家のドアを閉めて、自分の生まれ育った家から離れて行った。
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最初はIPGに入ろうとも考えたが、身分証明書も無い自分を受け入れてくれるかを考えた結果、普通に無理だろうと思いやめた。
「ふぅ着いたな」
何とか区域分けの壁に到達した。ここから向こう側は治安が悪い貧困層区域だ。昨日と同じ方法で、壁を飛び越えた。周りを見て誰もいない事を確認した。
「これからどうするか…」
まず暫くは生活ができる。食料を持って来たからだ。しかし食料を切らした後をどうするのか、それが疑問だった。万引きや引ったくりなどの犯罪はするつもりはない。
「ん?」
空を見上げると、烏が飛んでいた。
「狩りか…それも良いな」
ワガママなど言える状況では無い。取り敢えず暫く彷徨いて、何も得られなかったら狩りをする事に決めた。
「運が良いことに能力的にもそういう部分に向いてるしな。まるでサバイバルだ…」
貧困層区域を取り敢えず歩き回った。昨日の爺さんのように地面にそのまま座っている人や、寝ている人を多数見かけた。中には小さな子供も居た。普通に道路で走り回っている。その間を車が猛スピードで通過して行く。
「危ないな…本当…。無法地帯だという噂は事実だったみたいだな…」
車を見ると、一般区域へと向かう道に向かっていた。
「別の一般区域から移動して来たのか…」
一般区域は貧困層区域を挟み少し離れた場所にある事もある。その時は車や飛行機、また電車などで通過する事が多く、その際車を使って一般区域を出入りするときに使うのが、先日見て避けたあの門だ。
「富裕層区域へ行く時は歩きでも良いんだけど…貧困層区域は車とかじゃないと移動が駄目な理由が、なんかわかった気がする…」
改めて自分が今居る場所がどのぐらい危ないのかを理解した。
(でも…こういう所ぐらいじゃないと今の俺は住めないしな…)
自分を証明する事が出来なくなった今の焉武は、富裕層区域どころか一般層区域にも住めない。貧困層区域しか居場所は無い。
「ん?」
アパートを見つけた。ボロボロだが一応『住人募集』と書いている。焉武は財布を見た。変に怪しまれるかもしれなかったので、金は自分の分だけ持っている。バイトで稼いだ分と中学時代までのお小遣いと、お年玉を合わせて30万円は持っていた。
「もう少し貯めておけばよかったな…」
貯金の大切さが分かった気がしたが、とにかくこれだけあれば貧困層区域なら暫くは暮らして行ける。取り敢えず大家さんに会おうとした。
「あの…」
そこら辺の道端で座っている男性に声をかけた。
「あそこのアパートの大家さんって…どこに居るんですか?」
「あぁ?アパート?」
男はアパートの方を見た。
「あそこか。やめときな。家賃1000円とかいうぼったくりだからよ」
(1室の家賃が1000円でぼったくり…。ここら辺の物価どうなってるんだ…)
「ん?あんた…。貧困層区域の人間じゃないな?」
「え?まっまぁ…はい」
「教えといてやる」
こっちに来いと合図して来た。焉武は近くに寄って同じく座り込んだ。
「いいか?良い事を教えてやる。貧困層区域で生きていきたいのなら、それなりの情報を集める事だ」
「情報…」
「あぁ…。俺も前まで一般区域に住むサラリーマンだったんだけどよ…。リストラされて気付けばここよ…」
「はぁ…だいぶん苦労されて来たんですね…」
「流石の俺も最初はこんな『基本的人権の尊重』を受けられない場所だったとは思わなかったよ。支給品はたまに来たりするから生存権だったり、皆他の区域よりはまぁ自由に生きてるから自由権もあるっちゃあるけど、教育とかは平等権とかはあって無いような物だからな…」
「それは見てて自分も思いましたよ…。ここまで酷いなんて…」
「最近は…というか30年ぐらい前に国際平和守護組織っていうのが出来ただろ?そして25年ぐらい前に日本の本部が出来た。それは知ってるか?」
「はい。学校で習いました」
「なら早い。日本の本部が出来て1、2年後かな?IPGがな警察では見向きもしない貧困層区域の犯罪に動いたり、ボランティアしてくれたりする様になったんだ」
「なるほど…」
「それでも…この有様だよ…。流石にカバーし切れないんだ。そもそも貧困層区域の犯罪率は引ったくり等を含めると、一般区域の10倍以上…。そりゃあカバーし切れないわけだよ」
貧困層区域の情報を色々と知る事ができた。かなり有益だった。
(支給品が来たりするのか…。というかまるで戦争地帯だな…)
「まぁ気を付けろって事だ。あまり油断するなよ。ここではな…」
「は…はい。なんか色々とありがとうございました」
「いいよ。そうだ。大家さんのいる所だったよな。101号室だよ」
焉武は取り敢えず立ち上がり、目の前のアパートに向かった。そもそも普通のアパートでは、部屋は空いてないだろうという予想から、多少高くても空いている場所でも良いと考えた。更に家賃は1000円。持ち金は30万だ。尽きるまでにどうにかなるだろうと思った。
「ここか」
101号室の前にまで行き、インターホンをピンポーンと鳴らした。




