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ダブルムーン・クライシス  作者: 夜月猫人
第六部 地球へ
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第三十七話 一つの幼い時代の終わりと、新たな成長期への大きな一歩


 いささかアクティブ過ぎる搭乗科学技術者(ペイロードスペシヤリスト)の2名は、救護室のベッドに並んで療養することになった。

 リーアがしばらくは動ける状態ではなく、バーンも肩の傷が重傷だったため、カイやエンテら、隊員達の手を借りながらの生活だ。

 当然、リーアを奥の研究室で集中治療することも出来ない。時間がかかる上、傷跡が残ることを未練がましくブツブツ言っていたのはバーンの方で、当のリーアは嬉しそうに、


「いいじゃないですか、普通の人間みたいで」


 と、バーンと一緒に怪我を治していく過程を喜んでいるようだった。

 怪我の具合でいえば、リーアの方が重傷だったが、ピュラスタの回復力を考慮すれば、彼の方が復帰は早いかもしれない。不良科学者の方は、しばらく伯爵の屋敷で大人しくしておくことになりそうだ。


 星間乱流の収束後、レッド=ムーンテイラー3号は徐々に高度を上げ、比較的安定した軌道に入っていた。

 搭乗運用技術者(ミツシヨンスペシヤリスト)のソマルの努力によって、一部モニターと最低限の通信系統は回復したが、これ以上の修繕には、補給船の到着を待つ必要がある。

 二人を見舞いながら、カイは懸念を口にした。


「第一衛星の周回軌道に乗ったはいいですけど、ここからが問題ですね。今から本部に連絡しても、補給船がいつ届くか……」

「ああ、それならもう手配した」

「え、もう!?」

「順調にいけば、地球時間で3日後くらいには届くだろ」


 なんてことはないように言ったバーンに、カイは耳を疑った。任せておけとは言われていたが、いくらなんでも対応が早すぎる。

 聞くところによると、バーンの強い要望で、無人貨物輸送宇宙船の開発が、秘密裏に進行していたのだという。


 計画当初、一回の渡航距離の短縮という利点に着眼し、主星から第一衛星を経由し第二衛星へ渡星する飛行方式が検討されていた。

 建設中の月面基地を利用するという点でも推奨されたこの方法は、両衛星の大接近の判明に伴い、廃案となった。

 この没案から、万一の場合のリスク回避として、帰還時の第一衛星経由ルートの可能性を残しておいた、バーンの名采配だ。


「備えあれば憂いなし、だ」

「保険のために、いくらかかったと思っているんですか」


 寝台の上で胸を張るバーンに、隣のリーアが釘を刺す。


宇宙往還機(スペースシヤトル)よりは安いだろ」

「そういう問題じゃありません」


 無論、無人補給船の開発資金は、クラウンフォルト家の金庫から捻出されたはずだ。


(この人達は……ほんとに……)


 あまりに規模の大きい隠し技に、カイは唖然とした。

 不可能を可能にする男、バーン=ローエヴァーはいたずらに成功した子供のように、唖然とするカイの顔を見て笑った。


「分かったか? 俺とこいつがいりゃあ、世界最強なんだよ」

「はいっ」


 本当にその通りだ。この二人が組めば、怖いものなんて何もない。

 これほどまでに心震える人物に出会えた奇跡に、カイは感謝した。


「ローエヴァー博士……!」


 その時、救護室のドアが開いた。慌ただしく飛び込んできた声は、マークスのものだ。

 3人の視線を浴びた男は息を切らし、硬い表情で報告してきた。


「第二衛星から、緊急通信が……」





 4人がコックピットに集まると、エンテ=トリスタンとソマル=ハルクが、中央のメインモニターを見上げていた。

 画質の悪いモニターに映っているのは、見覚えのある狭い箱部屋の映像だ。

 そのカメラの位置がごそごそと正されたかと思うと、明度の低い画面に、二人の女性の顔が現れた。


『良かった。ようやく繋がった……最後に、どうしても伝えたいことがあったの』

「ティスカ! ソディ……! 無事だったんだね!」


 音の割れた声とシルエット。薄闇の中に辛うじて映る整った顔に、カイは声を上げた。

 ずっと気にかかっていた、異星の友人。

 カイの歓声が聞こえたのか、ティスカは小さく笑ったようだった。


『私たちは無事よ。神山が噴火して、天井の崩れ落ちた麓の神殿に火砕流が流れ込んだけれど……その前に起こった地震で、入り口が崩れて塞がっていため、奇跡的に、地下国家への被害は最小限に抑えられたわ』

「王は死んだのか」

『…………』


 バーンの問いに、二人分の沈黙が落ちる。


『辛うじて生き延びた者の話では、第一守人(ヤフェト)は神殿の最奥に追い込まれ、霊核(マルクレンタ)に触れたのだと――禁忌を犯したが故に大地が怒り、神殿は崩壊し、神山が噴火した。マグマが流れ込み、跡形もなく崩れ落ちたあの場所にいた人間が――生きているとは、到底思えないわ』

「そうか」


 ティスカの冷静な報告に、バーンは短くそう応えただけだった。


「ティスカ、よく無事でいてくれました」

『リーア様……もったいないお言葉です』


 マークスの肩を借り、コックピットに立つリーアの言葉に、少女が強ばっていた口元を綻ばせる。


「そしてソディ、あなたには、申し訳ないことをしたと思っています」


 リーアの謝罪に、ソディの瞳が悲しげに曇った。わずかに震えた唇が、気丈に言葉を紡ぐ。


『……アレスクロディエ様のことは……もう……夫が、自分で選んだ道です。ただ一つ、許されるならばどうか、その慈悲深き御心で、あの人が守人を裏切ったという罪を、お許し頂きたいと……』

「ソディ、あなたもご存じのとおり、私は守人ではありません。許すも許さないも、私にその権利はない。あなたが罪を感じることではありません」


 静かな声で諭した後、リーアは沈んだ表情で目を伏せた。


「……ただ皮肉なことに、彼の決断の後に、私が現れてしまった。長い間苦しんできたアレクに、最後まで辛い思いをさせてしまった。私の方こそ、許しを請いたいくらいです」

『そんな……』

「それくらいでいいだろ。野郎も、別に許されることも許すことも望んじゃいねぇだろうよ」


 かの参謀の死を看取った男は、暗くなりかける会話を、強制的に断ち切った。

 押し黙った二人が、その言葉に納得したかどうかは定かではないが、カイはなんとなく、バーンが言わんとすることが分かるような気がした。

 アレスクロディエは、己の信じる未来のために『選んだ』だけだ。

 選択と決断。道を選んだとき、そこには必ずリスクが伴う。

 声一つ上げず、瞼すら閉じずに逝ったアレクの死に様を思うと、一度覚悟を決めたリスクに対して、彼が悔いや恨みを遺すようなことはない気がした。 

 リーアの肩に手を置き、バーンが試すような目で、画面の中の少女を睨め上げた。


「王は死んだ。マルクレンタは埋もれた。守人は絶えた。これからどうする?」


 もう、紅き月の地に、守人が降り立つことはない。


『神殿に埋もれたマルクレンタが、どうなったかまでは分からない。ただ分かるのは、これからは、自分たちの足で立って、歩いて行かなければいけないということ』


 答えたティスカの声に、迷いはなかった。

 まさに今、そのことを伝えるために、彼女はそこにいるのだろう。そう分かるほどに、カメラ越しにこちらを見据える眼差しには、力があった。


『この星が――人類が幼年期を終え、独り立ちする転機がきたのだと、私は思うことにする。これからは自分で道を探し、選んでいく。時間はかかるかもしれないけど、少しずつ、前に進めるように頑張るわ』


 強い、とカイは思った。

 自らの信じる王を待ち続けたのと、同じだけの強さを、彼女は、これからの未来に向けている。


「民を導くのが、王や、ましてや神である必要はありません」


 ふわりと微笑んだリーアが、スクリーンの向こうの少女を見つめる。


「間違いながら、転びながら、手を取り合い、人は歩んでいける。立ち止まる仲間の背中を押せる、そういう指導者に、あなたがなればいい。あなたは、今までそうやってきたじゃありませんか」

「そうだよ、リーダー。第二守人派(ツァーリ・ノア)を率いてきた君なら、きっと大丈夫」


 重ねて太鼓判を押すカイ。


「気が向いたら、いつでも地球に来いよ。少なくとも、歓迎してくれる奴らが、3人くらいはいると思うぜ?」


 斜に構えた笑みで、バーンが誘う。


「落ちるなら、マルクレスト帝国北西のクラウンフォルト侯爵領にしとけよ。ど田舎だから、隕石くらい落ちても、だれも驚かねぇ」

「驚きますよ……さすがに……」


 ため息混じりに突っ込んだリーアに、ティスカがはにかんだ。

 カイは確信した。


(もう、大丈夫)


 彼らは強い。

 (しゆ)の導きも、マルクレンタの加護もない世界で、彼らは生きていける。

 それはティスカの言うとおり、一つの幼い時代の終わりと、新たな成長期への大きな一歩のように、カイは思えた。





 3日後、レッドムーン=テイラー3号は、〈白き月〉周回軌道に到達した補給船とのドッキングを成功させた。

 燃料や資材、乗員のための補給品を積載した、無人貨物輸送宇宙船〈ゴーファー〉は、貨物用の宇宙往還機(スペースシヤトル)が主流になるまで使われていた、使い捨てタイプの無人補給船だ。

 大マルクレスト帝国貴族であるクラウンフォルト家が私財を投じて宇宙船を作らせ、それが〈紅き月〉着陸計画に関わったことが知れれば、国際的に色々と面倒なことになる。

 そのため、可哀想に〈パシリ屋(ゴーファー)〉と名付けられた補給船は、見事つとめを果たした後、早々に月の裏側に制御落下させられ、永遠に史実から姿を消した。


 そうして、軌道上で燃料補給と機体の修復を完了したレッドムーン=テイラー3号は、一路、母なる星へと発進したのである。





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