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ダブルムーン・クライシス  作者: 夜月猫人
第六部 地球へ
35/38

第三十五話 初めて見た『世界』は、随分とひねくれた目つきをした少年だった


 神殿の石畳に靴音が響く。

 一つ、二つ、三つ……いや、もっと。


「増えたな」


 赤髪を靡かせ、ロスフランベルカは呟いた。

 こんな風に、自分の足で走り続けるのは久しぶりだ。転送で行方を眩ますのも、目的地へ辿り着くのも簡単だが、それでは面白くない。

 歴史に残る最後の王の逃亡劇は、美しく、そしてドラマティックでなければいけない。

 ……もっとも、その歴史を残すべき国が共に滅びる可能性は、大いに否定できないのだが。


 一世一代の大博打だ――そんなことを考え、ロスフランベルカはあることに思い至った。

 これは、『あの男』と同じ道なのではないか。

 300年前、禁忌を犯してマルクレンタを三つに割り、未曾有の混乱の時代を引き起こした、馬鹿な父親と。

 己の命と引き替えに起こした愚行の結末を、あの男が知ることはない。

 今際にその答えに辿り着き、ロスフランベルカは嘲笑った。


(ならば、あまりにも滑稽なことではないか)


 彼はもしかしたら、この国を『救った』つもりで死んでいったのかもしれないのだから。

 ――この石ころに縛られた、呪われた国家を。

 追っ手の声が近づく。標的の姿を認め、興奮気味に反乱軍(ツァーリ・ノア)の一人が叫んだ。


「馬鹿め! そちらは祭壇の間。袋小路ではないか!」


 王を馬鹿と罵る不届き者に鉄槌を下そうかと考え、やめた。愚かな者ほど、最後の時を見送る恐怖を味わうに相応しい。

 最奥の間へと飛び込む。広大なホールの中央にそびえる祭壇を見上げると、勝ち誇った声が後方から飛んだ。


第一守人(ヤフェト)よ! ここまでだ!」


 振り返り、にやりと笑ってやる。悪い予感を覚えたのか、たじろぐ追っ手を尻目に、ロスフランベルカは迷わず祭壇への階段を駆け上った。

 この星の中央に奉られた、巨大な紅い岩石。三つに割れたそれに巻かれた封印の鎖を、自ら外す王に、悲鳴が上がる。


「今際の王よ、ついに乱心したか!」


 守人がマルクレンタに触れるのは、最大の禁忌とされている。

 強い同調性(シンクロニシティ)を持つ霊核(マルクレンタ)と守人が接触することで、この上にある神山の霊脈が活性化し、災厄を引き起こすとされているのだ。

 第一守人(ヤフェト)霊波(マルスタ)に触れ、中央の紅き石が強い輝きを放つ。

 愛おしげに、ロスフランベルカがその表面に掌を這わせると、地面が――いや、神殿全体が揺らいだ。

 隕石でも落ちたかと思うような轟音が響き、天井がひび割れる。自力で立っているのも難しいような激しい地震が襲い、崩れ出す壁に、あちらこちらから悲鳴がこだました。


「いかん、このままでは神殿が……!」

「逃げろ! 生き埋めになるぞ!」


 散り散りに逃げ出す追っ手の背中を見送り、ロスフランベルカはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「フン……」


 張り合いのない連中だ。


観客(オーディエンス)がいなければ、舞台もつまらないのでは?」


 耳になじむ声が耳朶を打つ。


「お前がいれば、十万の聴衆にも勝るだろう」


 振り返った先の相手に笑う。

 その青年は、まるで彼のいる周囲だけ別世界のように、穏やかに微笑んでいた。


「俺を止めにきたのか」

「ええ。どうやら、間に合わなかったようですが」

「城から、俺の後を追って?」

「あなたのお部屋に伺ったところ、もぬけの殻で……隠し通路らしきものが残っていましたので、そちらを使わせて頂きました。あなたのように転送(ちから)を自在に操れれば良かったのですが、なかなか付け焼き刃では、うまくいかないものですね」

「……フッ、お前に看取られるなら、跡を残しておいて正解だったな」


 悔しそうに眉根を寄せる弟の姿に、笑みを漏らす。


「地球人共が来ただろう。逃げる時間は与えてやったはずなのに、なぜ俺の元に戻ってきた?」

「あなたの元に戻ったわけではありません。私のせいで国が一つ滅びるのを、何の手も打たずに見過ごす気になれなかっただけです」


 すでに崩れ出している天井から降る瓦礫を避けながら、駆け寄ってきた青年は、この期に及んでそんな口を利いた。


「あの二人を宇宙船に帰還させるという最大の目的が果たせた今、私にとっての優先順位が、一つ繰り上がった――それだけですよ」


 すっと右手を差し出し、リアロクロエのクローンは、静かに誘いかけた。


「逃げる気はありませんか」

「お前も考えたのだろう? 俺が死ねば、この国は解放されると。このままでは、いずれこの国は滅びる。この霊核(マルクレンタ)に操られた、愚かな歴史を終わらせるには、これしかない。全てを――ゼロに戻す」

「ならば、私も死にましょう」


 迷いなく言った青年が、腕に巻いた時計に視線を流す。


「19時05分――タイムオーバーです。私はもう、地球には戻れません。このままこの星にいれば、私は、この国の王となるしかない。それでは、この国に解放は訪れない」

「……なるほどな」


 納得し、ロスフランベルカは静かに笑った。

 ロスフランベルカがこの決断をした時、リアロクロエならば必ず選ぶだろう道を、彼は選択した。

 だがそこに至る理由は――やはり随分と、可愛げがない。リアロクロエならば、もっと情緒的な解答を寄越しただろうに。

 そう思うと、クローンと知ってなお、弟と重なってしか見えなかった存在が――ロスフランベルカの中で、初めて別の色を持った。

 それは、彼の愛した弟とは似ても似つかなかったが――それはそれで、気高く、美しい色だった。


『兄様、なぜ、僕たちが争わなければいけないのですか? なぜ、共にいてはいけないのですか? 僕は兄様と離れたくありません。守人などにならなければ、一生兄様のおそばにお仕えすることができたのに』


 似ても似つかない、弱く儚い存在を――泣きじゃくる弟の小さな身体を、抱きしめたのは、いつが最後だったか。

 だから、王は願いを叶えた。どんな形であれ。

 多くの民が流す血の代わりに、愛しい者を閉じ込める、ささやかな幸せを選んだのだ。


 目の前の身体を抱きしめる。受け入れた腕が背に回った時、ロスフランベルカは、長い間枯渇していた充足を、ようやく得たような気がした。


「――ロスフランベルカ、あなたが最後の王であったことは、この星の誇りとなるでしょう」


 その心地よい賛辞を最後に、ロスフランベルカは腕の中の身体を突き飛ばした。

 地揺れの続く足場で支えを失い、床に倒れ込んだ青年が、驚いたように見返す。


「何を……」

「お迎えだ」


 ロスフランベルカが顎で指す。その先から、黒髪の地球人が、鬼の形相で祭壇へ続く階段を駆け上ってきた。


「てめぇ! リーアから離れろ!」

「……バーン……!?」


 祭壇から見下ろす白皙に、驚愕が浮かぶ。


「地球人は、存外諦めが悪いものだな」

「バーン! あなたは一体何をして……」


 責める声も聞こえていないように、彼に命を吹き込んだ男は、祭壇に辿り着いた途端、ロスフランベルカに銃を向けた。


「悪いが、そいつは俺のもんだ。欲しけりゃ他を当たってくれ」

「勝手にしろ。それは俺のリアロクロエじゃない」


 バーンを見据えたまま、赤き王は冷たく突き放した。


「……ロスフランベルカ」

「お前は、そんなに強く潔くはなかった」


 見開かれた目が、蒼くロスフランベルカを映し出す。

 母なる惑星の、大いなる青に似た()

 それは、彼の求めたリアロクロエにはなかったものだ。


「優しく、脆く、弱かった。俺がいなければ、生きていけないほどに」

「それでも、あいつは死を選ばない程度には強かったぜ」


 言葉よりも強く、鋭い眼差しがロスフランベルカを射貫く。

 銃口を向ける男に、ロスフランベルカは静かな目を向けた。


「どんな絶望に置かれても、死よりも希望を選んだ。いつか月に帰りたいと――その願いを捨てずに生き続けた」


 自分の知らない、弟の時間を知る男の眼差しを受け止める。

 その向こうに、彼の人の記憶を垣間見た気がして、ロスフランベルカは満足だった。


「――俺に、会うためか。リアロクロエ……」


 その言葉は、響き渡る地鳴りに消え、彼らに届くことはなかっただろう。

 二人が血相を変え何事かを叫んだ瞬間、瓦礫と砂埃が視界を覆った。





「ロスフランベルカ!」


 崩落した天井が、赤き王の姿を隠すかのように、3人の間に砂煙を上げる。

 瓦礫の向こうに消えた相手の名を呼び、駆け寄ろうとするリーアの腕を、バーンが掴んだ。


「説教は後回しだ、早く逃げるぞ」

「バーン、なぜここが……」

「てめぇが考えつくことなんざお見通しだ! いいから来い!」


 ともすれば担ぎ上げそうな勢いのバーンに無理矢理引っ張られ、リーアは背後を振り返りながら階段を下りた。

 最後に見た王の顔には、最初に出会った時と同じ、不遜な笑みが刻まれていた。

 あの時とは違う素顔を知った今でも、そこから、彼の心境を推し量ることは出来ない。

 崩れ落ちるホールから逃れようと出口へ向かう最中、ふいに頭上で聞こえた破壊音に、リーアは顔を上げた。


「バーン! 危ない!」


 進行方向の天井が、大きく崩れようとしていた。

 いち早く察したリーアが、先を行くバーンを突き飛ばす。その拍子に地揺れに足を取られ、倒れ込んだリーアは身を起こすのが遅れた。崩れ落ちてきた瓦礫から頭を庇うのが精一杯で、全身を殴打する落石の痛みに、気が遠のく。


「リーア!」


 声が届く。ああ、バーンが怒っている――薄らぐ意識の中で、そんなことを思う。


「っんの馬鹿野郎が!」


 罵声が飛ぶ。どうやら、本気で怒っているらしい。


「誰が、勝手に死んでいいって言った!?」


 それは、彼を落石から庇ったことに対してなのか、ロスフランベルカと共に死を選ぼうとしたことに対してか――


「お前の血の一滴まで、俺のものだってことを忘れるな! 勝手に死ぬことも、勝手に傷つくことも許さねぇ! ……糞がっ」


 重い瓦礫を崩しながら、舌打ちする。その声には、言葉ほどの傲慢さはなく、ただ失うことへの焦燥と苛立ちに満ちていた。

 何故だろう――リーアは疑問に思った。何故、彼はこんなに焦っているのか。何が、彼をそこまでさせるのか。その答えを知ることは、とても大切なことのような気がしたが、リーアには、もう考える力など残っていなかった。



『よぉ、俺が誰だか分かるか?』


 初めて見た『世界』は、随分とひねくれた目つきをした少年だった。


『リーア、それがお前の名前』


 創造主(マスター)だと名乗った子供は、目覚めたばかりの生命に、名前と、約束を与えた。


『お前は俺の所有物モノだ。お前は俺の為だけに生きろ。絶対に俺を裏切るな。いいな?』


 今思えば、あの子供は怯えてはいなかったか。傲慢さの裏で、今と同じように、失うことへの焦燥に怯えた目で、手を伸ばしてはいなかったか。


『――はい、マスター』


 現実と記憶の狭間で、掴んだ手に瓦礫から引きずり出される。その力強さに安堵し、急激な眠気に襲われた。


「リーア、早く転送だ!」

「……っ」


 命令に対する条件反射。そうとしか言いようのない奇跡で、リーアは薄れていく意識の中で転送を成功させた。


 最接近まで後、6分25秒。




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