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ダブルムーン・クライシス  作者: 夜月猫人
第五部 紅き月の王
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第三十四話 人が名前をつけて認識出来るものなど、本当は、ほんの一握りでしかない


『発射予定時刻30分前――全員、持ち場につき最終確認を――』

「ライトハーツ操縦士はどうした?」

「今、ローエヴァー博士の様子を見に行っています。すぐに戻るでしょう」

「――いけません博士! もう時間が……!」


 オペレーターの音声が響く中、隊長と第二操縦士の会話に、第一操縦士の声が割り込んだ。

 離陸前の緊迫した空気を破る、騒々しい足音と罵声がコックピットに近づく。


「ダメです! 間に合いませんって! 今から無線でソディを呼び出したところで、それだけで30分以上かかりますよ!? ここは、リーアさんの帰りを待つしか……」

「あいつが帰ってくる保証なんて、どこにもねぇだろうが!」


 入り口に姿を現したのは、穴の開いたジャケットを手にした目つきの悪い男と、ほとほと困り果てた表情で、その腕に縋りつく17歳の少年パイロットだ。


「カイ、いいから離せ! てめぇは、このままアイツを見捨てられるってのかよ!?」

「でも、俺はリーアさんに……」

「あぁっ?」

「ひぃっ!?」


 睨みつけてくる眼光が途端に殺気立つ。思わず飛び退いたカイは、破裂しそうな心臓を押さえた。

 先ほど目が覚めてから、ずっとこの調子だ。ものすごく機嫌が悪いのは分かるのだが、その不機嫌の矛先が、どうにも自分に向けられているような気がしてならないカイだった。


「いいか? あいつが『リアロクロエ』を選んだとしたら、あいつの帰る場所はこの星(ココ)だ! 無理矢理連れ出して、掻っ攫うくらいの気概がねぇと、失わねぇ保証なんてどこにもねぇんだよ!」


 船中に響き渡るのではないかという怒声を間近で浴び、カイは身をすくめた。

 だから、その叫びが、彼にしてはあまりにも弱気なことに、気付くのが遅れた。


(……この人は、恐れている)


 まるで手負いの獣だ。怯えれば怯えるほど、攻撃的になる。

 本当は、彼も分かっているのだ。

 リーアは、創造主(バーン)の作り出した所有物(モノ)などではない。

 いつかすり抜けていってしまうかもしれない心を持つ人間であると分かっているからこそ、恐れ、繋ぎ止めようとする。


「わっ……!?」


 一瞬の隙を突かれ、強く突き飛ばされたカイは、コックピットの床に尻餅をついた。


「隊長、俺はリーアを連れ戻す。必ず戻ってくるから、もう少し待っていてくれ」

「駄目よ! あと30分しかないわ!」


 エンテがヒステリックに叫ぶ。バーンが、視線で殺せるような目で睨み返した。

 転送霊式の発動には、ティスカとソディの協力が不可欠だ。だが、今は避難所でティスカを看ているソディと連絡を取り、彼女が司令室に駆けつけるのを待つだけでも、タイムオーバーになるだろう。


「あいつを置いていけるわきゃねーだろ!」

「分かってるわ! でも、どうしたら……」


 エンテだって、リーアを置いていきたくはないはずだ。それは、この船に乗る全員の気持ちだ。

 だが、大接近が迫っている今、このままでは全員地球に帰れなくなる。


「カイ、良く聞け」

「え?」


 そう言った声は、今までの感情的な罵声が嘘のように理性的だった。


「お前に頼みがある。お前にしか出来ないことだ」


 途端、カイの胸は高鳴った。それは、憧れのローエヴァー博士からの、絶大な信頼の言葉だった。


「今の計画では、どうやったって間に合わない。地球帰還ルートを変更する。カイ、俺が出たら、先に第二衛星周回軌道に乗って、待機しろ。そしてリーア救出後、本船で最接近する第一衛星への渡星を敢行。周回軌道飛行にて救援待機。地球から補給船を追加で打ち上げ、第一衛星軌道上でのドッキングを図る」

「何だって!? その計画は……!」


 ソマルが目を剝く。それは過去に一度、この紅き月着陸計画立案時に、議題に上がった往還方法だ。

 結局、両衛星の大接近が判明した際、リスクを考え、廃案になったのだ。

 だが、一見不可能ではなさそうなこの提案には、致命的な不足部分がある。

 本来、月面基地で補給船を待機させ、月周回軌道上でドッキング出来れば、最も効率的だった。だが、建設中の月面基地に滞在していた職員は、大接近を前に、全員地上へと退避している。無論、補給船の準備もない。

 現在、貨物輸送用の往還機の打ち上げは、宇宙ステーションや月面基地への定期的な補給に限定されている。

 一度の打ち上げに莫大なコストのかかる往還機を、イレギュラーで打ち上げる許可を得るには、いくつもの煩雑な処理と、最終的には最高幹部会議の承認が必要だ。

 よしんば、それらを早急にクリア出来たとしても、打ち上げにかかる準備期間を考えると、実際往還機が〈白き月〉軌道上に到着する頃には、レッドムーン=テイラー3号内の燃料が先に尽きているだろう。


「宇宙往還機の準備が……」

「アテはある」

「アテ?」

「俺を誰だと思っている? 天下のバーン=ローエヴァー様だぜ」


 そう言って不敵な笑みを閃かせたバーンは、本当に、不可能を可能にしそうな魔力を持っていた。


「ならばバーン=ローエヴァー博士。貴殿は、二衛星間の大接近のリスクをどう考えている? 例え補給船の手配が可能でも、星間乱流が発生した場合、渡航は不可能だ」


 ソマル=ハルクが声を荒げることはなかった。だが、搭乗運用技術者(ミツシヨンスペシヤリスト)として、宇宙物理学にも精通している隊長(コマンダー)は、厳しい口調でバーンの無謀な提案を問い糾した。

『かつてないレベルでの大接近』と定義された、その二衛星間の大接近で、最も危険視されているのが、ソマルの言う星間乱流発生の可能性だ。

 相手の眼光を押し戻すように、バーンがソマルを睨みつけ、応える。


「――星間空間の安定層の物理状態は、星間ガスの過熱と冷却により決定される。二相に分離したガス相は、熱伝導により、自発的に乱流を生成・維持することが確かめられている」


 星間乱流のその性質については、完全には解明されていないはずだ。少なくとも、カイが読んだ時点の論文では、そう記されていた。

 だが、不世出の科学者は、常に既存の理論の一歩先を歩いているらしい。


「今回の星間乱流の発生要因は、界面相互作用に依るものだ。界面間は近い程引力が強く働く。二つの界面が平行に並んだ場合、それぞれの界面は明らかに不安定になる。二つの界面の超接近によって乱れた磁場が、急激な加熱と冷却の二相分離を引き起こし、衝撃波による散逸を伴う一過性の星間乱流を引き起こすと考えられている」


 手早く説明したバーンの言葉を理解してもなお、そこに衛星間飛行の活路が見出せるとは思えなかった。

 だが、ソマルから視線を外し、カイの肩を掴んだバーンの言葉は、明確だった。

 それこそ、子供でも分かるほどの明快さで、カイに進むべき道を提示する。


「急速に発達する乱流は、いわば地上の台風に近い。分かるか? 星間乱流の目だ」


 強い目に見据えられ、カイは間髪いれず頷いた。この場で、分からないなどという返答は有り得ない。


「最大接近距離において、膨れ上がった乱流には必ず目が出来る。そこに突っ込め。俺の計算では、第一衛星低軌道に乗れば、最接近点を通過した乱流の影響圏外に逃れられる。安全のためには、可能な限り高度を下げろ」

「可能な限り……ですか」


 その言葉を復唱し、カイは唾を飲み込んだ。

 ただでさえ〈白き月〉の周回軌道は、主星の重力の影響や、〈白き月〉そのものの重力場の偏りなど、様々な要因によって安定しない。

 その上、低い高度では月の重力の影響を強く受ける。当然、軌道投入時のリスクも高くなる。

 安全のためといいながら、それは非常に危険な賭けのように思えた。


「正確な高度計算はマークスに任せろ。お前は指示通りに軌道を確保することだけに集中すればいい」


 言って、バーンがマークスを振り返る。


「ハイ!」


 若い宇宙航法士は、緊張した面持ちで大きく頷いた。覚悟を決めた目だ。


「――分かりました」


 カイもまた頷いた。

 優秀なナビゲーターがそれだけの決意をもって挑むというのなら、優秀なパイロットはそこに全幅の信頼を置いて、ミッションを遂行しなければならない。

 二人の回答に満足し、バーンはわずかに笑みを見せた。


「これで、猶予は60分。後のことは心配するな。とにかく、お前はリーアが戻り次第、星間ダイブを成功させることにだけ集中しろ」


 釣られて笑むだけの余裕はなかった。口を引き結んで、頷く。

 カイの操縦技術が試される場面だ。

 両衛星間距離が最も縮まったタイミングで、最大出力で噴射させ、その推進力で一気に星間乱流の目を突っ切る。バーンの言う通り、可能な限り低い軌道に乗せることが出来れば、乱流の影響を逃れ、軌道上での待機が可能だろう。

 第一衛星と第二衛星の接近のタイミング、星間乱流の目を見定め、ロケットを発射する出力と方向が重要になる。更には、限られた燃料残量で、不安定な月周回軌道に乗せる一連の作業――クリティカルな軌道投入マヌーバを成功させる技術と、集中力。


「――やります」


 自分でも驚くほど自信に満ちた声で、カイは断言した。


「ダメだ。これ以上の滞在は、他の隊員に危険が及ぶ」


 だがバーンの説明を聞いても、ソマル=ハルク隊長の判断は変わらなかった。


「他の隊員に、一切の生命リスクを負わせない――それが、クラウンフォルト伯爵との約束だ」


 彼の言葉には、この場にいない伯爵に対する最大限の敬意が払われていた。

 同時に、彼の命を諦めた物言いに、かっとバーンが目を見開いた。


「俺はバーン=ローエヴァーだ!」


 己の胸を指し、宣戦布告でもするようにソマルを睨む。


「ローエヴァーの名にかけて、必ず全員を帰還させる。リーアもだ!」

「…………」

「これは俺の誓いだ。俺の約束だ。――どうだ?」


 搭乗員一人一人の顔を見回した男の言葉に、エンテが操縦席を立つ。


「トリスタン! 君は……!」

「――隊長。あなたは、リーア=L=クラウンフォルトの約束を信じた。ならば、私はバーン=ローエヴァーの誓いを信じたいと思います」

「わ、私も信じます!」


 エンテの言葉に勇気づけられるように、マークスが席を離れる。


「彼は世界一――いや、宇宙一の天才です。彼が為し得ると言ったことは、必ず為し得ることです」


 ソマルは、一瞬カイに視線を寄越すが、答えなど聞くまでもないと思ったのだろう。深く息を吐き、厳しい目でバーンを見返した。


「――分かった。君の才能に賭けてみよう、ローエヴァー博士。私も、宇宙の神秘に挑む同志を、見捨てることを望んではいない」


 その時、彼が異能人(ピユラスタ)の青年を『同志』と呼んだことに、カイは一つの壁が崩されたことを感じた。

 一つの夢を追う。一つの目標を成す。その過程に存在する数ある困難が、人種も、出生も超えた連帯感を生み出すことに、胸が熱くなる。


「すいません、博士」


 カイは深く頭を下げた。


「あなたはやっぱり、俺の尊敬する博士です」


 彼が、過去にどのような過ちを犯したとしても、現在進行形で消えることのない十字架を背負っていたとしても、カイにとってバーン=ローエヴァーは、やはり宇宙一の男なのだ。


「リーアさんをよろしくお願いします」

「たりめぇだ。俺はあいつを見捨てない」


 言い切った青年に、カイはあることを確認したくなった。


「博士、それは罪の意識からですか?」

「いや――俺が大切だからだ」


 こともなげにそう言ったバーンの答えは、カイの望んだものだった。

 彼らの複雑な関係を、友情という言葉に押し込めてしまうのは、いささか乱暴なことなのかもしれない。

 それは大きな意味での愛には違いないが、友愛でも、恋愛でも、家族愛でもない彼らの絆の在り方を、適切に表現する言葉を、カイは持ち合わせていなかった。

 人が名前をつけて認識出来るものなど、本当は、ほんの一握りでしかないのだろう。

 ――だが、カイは思う。

 それが宇宙と同じレベルで無限に広がる人間の内面の、まだ誰も見つけていない感情の一つだとして、それに名前を付ける行為に、どれほどの意味があるだろう、と。


「……行って下さい。必ずリーアさんを助けて、二人で帰ってきて下さい」


 思わず場違いな笑みが零れ、危険な旅出だというのに、晴れやかな顔で送り出してしまう。


「リーアさんと博士は、俺にとっても大切な人なんです」


 笑い返したバーンの顔はとても誇らしげで、こんな笑い方も出来るのだと少し驚いた。







「アレスクロディエが死んだか」


 部下の訃報を聞いた王の声に、落胆はなかった。

 人払いをしたロスフランベルカの私室は、騒々しい城下とは別世界のような、美しい静寂が保たれている。

 気怠げにベッドに寝そべり、その最後の静寂を楽しんでいた王は、思いついたように身を起こし、窓辺に寄った。

 窓を開け、下界を見下ろす。

 ここから見る世界は、いつも美しかった。

 湖面に浮かぶ街並み。神秘の香り漂う神殿の入り口。


 ――しかし、3000年の時を変わらぬ感覚で刻んできたはずのこの国に、今、大きな変化が訪れていた。

 黒と白。地上を覆うのは、その2色だ。


「潮時だな」


 第一守人派(ツァーリ・ヤフェト)第二守人派(ツァーリ・ノア)の全面抗争。リアロクロエの出現により、第二守人派(ツァーリ・ノア)の動きが活性化し、潜伏していた彼の勢力により城が囲まれたのだ。

 皆一様に、第一守人(ヤフェト)により城内に捕らわれているという、第二守人(ノア)の解放を訴えている。

 他人事のようにその騒動を一瞥し、ロスフランベルカは奥の壁に向かい進んだ。

 棚の隣の壁に手をつき、ある一点を押すと、ゆっくりと壁がスライドした。その奥に、無限に続くかのような闇色の空洞が現れる。

 王の私室から、神殿へと続く抜け道だ。

 この国に王に歯向かう者などいないはずなのに、こんなものが残されている事をずっと疑問に感じていたが――おそらく、昔は「そう」だったのだろう。

 過去には、人が自分の意思で王を選び、王が己の足で歩いた時代もあったということだ。

 この国の歴史は、決して、ある日突然、聖なる石の導きにより生まれたものではない。


「……だが、終焉(おわり)は突然だ――どんな時も」



 電撃銃により錠を破られた王の私室が、野蛮な黒衣により蹂躙されたのは、艶やかな紅い後姿が、その闇に隠れた後の話だ。

 






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