ミミリンとシェリル
「いらないわよ、コップなんて! べつに、あんなもの無くたって平気なんだから!」
拓海の拠点である石造りの家に、高飛車で澄んだ声が響き渡った。
ミミリンが連れてきたお友達――ツンとすました顔をした可憐なフェアリー、シェリルだ。彼女は小柄な身体で小さな腕を組み、プイと露骨に横を向いていた。
だが、強気な言動とは裏腹に、アクアマリンのような瞳のフチはうっすらと赤く、今にも涙が零れ落ちそうに潤んでいる。
(……本人は隠せてるつもりだろうけど、丸わかりだな)
拓海は苦笑交じりに彼女の様子を伺った。
話を聞けば、彼女は毎朝大好きな花の蜜を飲むために大切にしていた、宝物のコップをうっかり割ってしまい、本当に落ち込んでいたのだという。
「もう、シェリルったら強がり言わないの! 拓海なら絶対に素敵なコップを作ってくれるから!」
ミミリンはそう言うと、首から下げた小さなポシェットから、大事そうにひとつの素材を取り出した。
【レインボーシェル(虹色貝)】
品質: 極上(Sランク)
属性: 水・光・愛
説明:
妖精湖の清らかな底でしか見つからない幻の貝殻。光の当たり方によって七色に変化する美しい輝きを持つ。
「これを使って、シェリルに新しいコップを作ってあげて!」
その言葉にシェリルがバッと目を見開いた。
「な……何考えてるのよミミリン! それはあなたが大切にしているものじゃない!そんな大切な宝物、私のために使わないで! だから最初からコップなんて要らないって言ってるでしょ!!」
「シェリル!?」
叫ぶなり、シェリルは胸を詰まらせた様子でバッと四枚の虹色の羽をはためかせ、石造りの窓から勢いよく外へ飛び出してしまった。
「あっ、待ってシェリル!」
ミミリンが慌てて追いかけようと窓へ向かう。拓海も急いで外へ出たが、空はいつの間にか分厚い雲に覆われ、薄暗い夕暮れが迫っていた。しかも悪いことに、冷たい雨がポツポツと降り始めていた。
「大変……! 雨で羽が濡れて冷えて、飛べなくなっちゃう!」
顔を青くして焦るミミリンの言葉に、拓海は顔を引き締めた。
「急いで追いかけよう! ミミリン!」
「う、うん! こっちの森の方に向かったと思う!」
二人は雨足が強まる森の中へと飛び出した。
木々の葉が雨を弾く音が響く中、視界が悪くなる森を必死で駆け抜ける。
「シェリルー! シェリルーどこだー!?」
「シェリルー! 返事してー!」
声を張り上げて探し回ること数十分。
雨風を凌ぐようにそびえ立つ大きな大樹の根元に、小さな影が丸まっているのを拓海は見つけた。
「いた! あそこにいる!」
「シェリル!」
安堵からホッと胸を撫でおろし、駆け寄ろうとした二人だったが――次の瞬間、拓海の全身に冷たい緊張が走った。
シェリルのすぐ背後に、白い犬が佇んでいたのだ。
雨に濡れた白い毛並み。まるで動けなくなったシェリルを今にも食べようと狙っているように口を開くのが見えた。
(しまっ――喰われる!!)
「離れろぉぉぉっ!!」
拓海は頭が真っ白になり、身を挺してシェリルを守るため、大樹の根元に向かって全力で飛びかかろうとした。
「ちがうの!!」
悲鳴のような叫び声が響いた。
丸まっていたシェリルが必死の顔で飛び出し、拓海の前に小さく両手を広げて立ち塞がったのだ。
「違うの! この子、私を食べようとしたんじゃないの! 怪我してるのよ!!」
「え……?」
勢い余って踏みとどまった拓海の視線の先で、白い犬が「くぅん……」と弱々しい声を漏らし、ぐったりと力なく横たわった。よく見れば、その右後ろ脚から鮮血が流れていた。
シェリルが途切れ途切れに語るには、雨と寒さで羽が濡れて動けなくなり、震えていたところへこの怪我をした犬が現れたのだという。犬は動けないシェリルを優しく口に咥えると、雨の当たらないこの大樹の根元までそっと運んで守ってくれていたのだった。
◇
「よし、もう大丈夫だぞ。じっとしてろよ」
急いで二人と犬を石造りのマイホームへ連れ帰り、拓海は手持ちの薬草をすり潰して軟膏を作り、白い犬の脚に丁寧に塗り込んで包帯を巻いた。
温かい暖炉の火のそばで手当てを受けた白い犬は、すっかり安心したように拓海の手に鼻先を擦り付けると、丸くなって心地よさそうに眠りについた。
「無事でよかった……! 本当によかったぁ……シェリルぅぅ!」
「ちょっと、大げさよミミリン……私は平気だって……」
ミミリンはお友達に抱きつき、ぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
最初は照れくさそうに強がっていたシェリルだったが、ミミリンのぬくもりと安堵感に包まれると、ついに耐えきれなくなったようにポロポロと涙を溢れさせた。
「……ごめんなさい、意地はってごめんなさいぃ……っ」
二人はお互いを抱きしめ合いながら泣いた。
そんな温かい二人の絆を優しく見守りながら、拓海はミミリンから託された『レインボーシェル』をそっとテーブルの上に置いた。
ミミリンなら以前の反応からして、自分の奇妙なクラフト方法を見られても引かれないことは分かっている。シェリルの手前、少しばかり恥ずかしかったが、拓海は腹をくくって二人の前でポーズをとった。
両腕を曲げて胸を張り、決死のダブルバイセップス。
「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」
『ムキーンッ!⭐︎』
まばゆい光が弾け、手元に完成したのは――『レインボーシェルのペアコップ』。
七色に輝く貝殻の美しさをそのまま活かし、持ち手には愛らしい小さな羽の意匠が施された、世界に二つとない極上のコップだ。
「わあぁ……! すごい、お揃い!!」
「これ……私の……? ミミリンのコップとお揃いなの……?」
泣き止んだ二人は目を輝かせ、出来立ての温かいコップを大切そうに抱きしめた。
そしてそのまま安堵の疲労からか、暖炉のそばですやすやと眠る白い犬のふかふかな毛並みに寄り添うようにして、すっかり眠りについてしまったのだった。
◇
翌朝。
昨夜の雨が嘘のようにすっかり上がり、窓から心地よい晴れやかな朝陽が差し込んでいた。
足の怪我の手当てを受けた白い犬も元気に回復し、すっかり拓海に懐いて尻尾を振っている。
改めて拓海にお礼を言ったミミリンとシェリルは、帰路につこうと窓枠に降り立ち、虹色の羽をパタパタと動かした。
「本当にありがとう、拓海! コップ、大切にするね!」
「……ふ、ふん。まあ、綺麗だから使ってあげるわ!」
相変わらずのツンデレぶりを発揮するシェリル。だが、その手には昨夜のペアコップが大事そうに握られていた。
と、シェリルがふと思い出したように振り返り、不思議そうに首を傾げた。
「そういえば……拓海。クラフトする時のあの呪文、叫ばないとだめなの?」
容赦のない直球の疑問。
拓海の脳裏に、あの忌々しくも絶対的なステータスパネルの注記が浮かび上がった。
『※発動条件:マッスルポーズをとりつつ「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト」と「発声」すること』
「………………」
拓海は一言も発せず、ただ静かにその場で表情を消して固まった。
「……ふーん」
シェリルはどこか呆れたような、それでいて哀れむような冷ややかな視線を拓海に向けると、「じゃあね!」とミミリンの後を追って空へと飛び立った。
「バイバーイ、拓海ー!」
元気に手を振るミミリンと、その隣を並んで飛ぶシェリル。
だが、空高く飛び立ったシェリルの小さな耳は、林檎のように真っ赤に染まっていた。
(……なによ、あの変なポーズ。あんな恥ずかしいことして道具作ってるなんて、変な人……)
シェリルは空中で小さく首を振った。
だが、昨夜――自分を食べようとしていると勘違いして、命がけで自分より遥かに巨大な犬に飛びかかろうとしてくれた拓海の、あの格好悪いけれど格好良かった姿。
それを思い出すたびに、彼女の胸は甘くキュンと疼いてしまうのだった。




