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ドーワとワーフ

鉱山に差し込む陽光を受け、平らで大きな岩に二人の影が並んでいた。

どっしりと腰掛けたワーフ族・ゴロンと、その隣に座る拓海。ゴロンの裏表のない豪快で大らかな人柄に触れ、拓海のガチガチだった緊張もすっかりほぐれ、口調はすっかりくだけたものになっていた。


「へぇ……ワーフ族は男だけで採掘専門、女だけのドーワ族が鍛冶専門で、夫婦になって一人前なのか」


「おうよ! ワーフが掘ってドーワが叩く!……これこそが俺たちドワーフの一番素敵な生き方なんだい!」


そう言って、腕を組んで誇らしげに胸を張るゴロン。

会話を楽しんだ後、ゴロンの案内で鉱山の奥へと移動した拓海は、岩肌から覗く鈍い銀色の塊を目にしていた。


「ここが良質な鉄が採れるポイントだ。さあ、遠慮なく掘っていきな!」


「ありがとう!」

拓海はツルハシを力いっぱい振り下ろした。

カンッ! カンッ! と軽快な音が洞窟内に響き渡る。


「よしっ、念願の鉄鉱石だ……!」


目標の『鉄鉱石×20』を難なく手に入れた拓海は、喜びで口元を緩ませた。これさえあれば、ずっと作りたかったあのアイテムが作れる。

だが、問題は『どうやって作るか』だ。

ゴロンの前で堂々とあの奇抜なポーズを決めて「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」と叫ぶわけにはいかない。


「ゴロン、ちょっと向こうの岩陰で資材の整理をしてくる!」

「ん? おう、足元に気をつけろよー!」


拓海はサッとゴロンの視線から外れるように大きな岩の裏側へ回った。完全に死角になったことを確認すると、周囲の気配を探り、ゴロンが追ってこないことを確かめる。


(よし……誰も見てないな)


拓海は深く息を吐き出し、意を決してキリッと両手を突き出した。


「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」


『ムキーンッ!⭐︎』


恥ずかしさを押し殺して叫ぶと、光の粒子が手元に集まり、瞬く間に一つのアイテムが形作られた。

出来上がったのは、フェアリークリスタルを薄く精巧なレンズ状に加工し、細いフレームにセットした念願の『鑑定メガネ』だ。

拓海はさっそくそれを鼻に乗せてみた。

すると、視界の一角にうっすらと透過した文字情報が浮かび上がった。


【岩石(鉱山産):一般的な花崗岩。耐久度高】


(すごい……! 見るだけで素材の情報が頭に飛び込んでくる!)


片手が塞がらない快適さと視界の広がりに、拓海は小さくガッツポーズを決めた。 


「ふぅ……よし」


何食わぬ顔で岩陰から戻ってきた拓海だったが、顔に新しいメガネをかけた姿を見たゴロンは、驚きで目玉を丸く飛び出させた。 


「おいおいおい! にいちゃん、ちょっと待てい! さっきまでそんな上等な眼鏡持ってなかったろ!? ほんの数秒でそんな精密なものを作っちまったのか!? えげつねぇ凄腕のクラフターだな!」


「あ、いやぁ、そんなたいしたものじゃないよ……ハハハ」


拓海は苦笑いで誤魔化したが、ゴロンは心底感心したように「すげぇなぁ……」と唸っていた。

しかし、ふと我に返ると、ゴロンの表情が急転直下、暗く沈み込んだ。太い眉をハの字に下げ、地鳴りのような重い溜め息をつく。


「……はぁぁぁぁぁぁっ」


「ゴ、ゴロン? どうしたんだ、突然?」


「……実はなぁ、拓海。クラフトの才能があるお前に、ひとつ相談があるんだい」


「相談?」


大きな体を小さく丸め、ゴロンは周囲をチラチラと気にしながらひそひそ声で打ち明けた。


「もうすぐ、妻の『ププク』との結婚記念日なんだが……何を贈ればいいか、さっぱり思いつかねぇんだよ……」


「ププクさん……奥さんへのプレゼント、ドワーフの鍛冶屋なら、素敵な金属製のアクセサリーとかはどうだ?」


「バカ言っちゃいけねぇ! 最初にそれを提案したらなぁ……『あたしは仕事で毎日飽きるほど金属を叩いてるのよ! 仕事以外で金属のプレゼントなんて寄越したら、この槌でアンタの頭をブッ飛ばすわよ!』って、目を血走らせて釘を刺されたんだい……!」


そういってぶるぶると全身を震わせる。

さっきまで「ワーフが掘ってドーワが叩く!」と威風堂々語っていた剛腕の男が、いまや妻の影に怯える恐妻家になっている。あまりのギャップに、拓海は引き攣った笑いを浮かべた。


「な、なるほど……金属以外か。ププクさんって、普段はどんなものが好きなんだ?」


「うーむ……見た目はいつも怒ってて背も小さいんだが……実はなぁ、可愛くて、甘くていい匂いがするものが大好きなんだい。でも、この岩山には無骨な石ころと鉄くずくらいしかねぇだろ? 俺にはどうすればいいかさっぱりで……」


可愛いものと甘い香り。

その言葉を聞いた瞬間、拓海の頭に手持ちのある素材が思い浮かんだ。


「……ゴロン、任せてくれ。最高のプレゼントを用意する!」


「本当か!? た、頼む、拓海! 俺の命を救うと思ってやってくれぇ!」


◇


一度自分の拠点へ戻った拓海は、採取してあった素材を取り出した。

柔らかく上質な『フェアリーコットン』の布地と甘く華やかな香りを放つ『ロローズ』の乾燥させた花びらだ。


「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」


『ムキーンッ!⭐︎』


手のひらサイズの愛らしい『ロローズのポプリ』が完成した。

さらに拓海は、川辺で採取した上質な粘土を取り出す。


「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」


『ムキーンッ!⭐︎』


コロンと丸みを帯びた、どこか愛嬌のある素朴で可愛い植木鉢を現れる。そこに土を詰め、ロローズの新鮮な枝を丁寧に挿し木にした。


「よし、これで完成だ!」


再び鉱山へ戻り、仕上がった二つの贈り物を差し出すと、ゴロンは感極まった様子で瞳をうるうると濡らした。


「う、美しくて……なんて甘くていい匂いなんだ……! ポプリもこの鉢植えも、コロコロしててすっげぇ可愛い……! こんなもの、ププクが喜ばねぇわけがねぇ! ありがとうなぁ、拓海! お礼と言っちゃなんだが、今夜は俺の家に遊びにきてくれ! 妻に紹介したいんだい!」


ゴロンは大喜びで拓海の腕を掴み、半ば引きずるようにして自分の家へと招き入れた。


◇


ゴロンの自宅は、頑丈な石造りの温かみのある家だった。

玄関で出迎えてくれたのは、ゴロンと瓜二つのエプロンをつけたもぐらーードーワのププクだった。


「ただいま、ププク! 見ろ、拓海が作ってくれた、お前への結婚記念日の贈り物だ!」


ゴロンが恐る恐るポプリと植木鉢を差し出すと、ププクの大きな瞳がパッと輝いた。


「まあ……! なんて素敵で、可愛らしい香りなの……! ゴロン、あなた……本当に私のためにこれを選んでくれたの!?」


「ガ、ガハハ! 当たり前だろぉ! 俺はお前の喜ぶ顔が見たかったんだい!」


さっきまで槌でぶっ飛ばされると怯えていたくせに、鼻高々に胸を張るゴロン。

ププクは心底嬉しそうにポプリを頬に寄せると、上機嫌で拓海の顔を見上げた。そして、拓海の鼻にかかっている『鑑定メガネ』にふと目を留めた。


「あら……拓海さん、素敵な眼鏡ね。……でも、ここ。右のテンプルとノーズパッドの繋ぎ目が、ほんのわずかに歪んでいるわ」


「えっ? 歪みですか?」


自分では完璧にクラフトできたと思っていた拓海は驚いた。ププクは「ちょっと貸しなさい」と言うと、眼鏡を受け取り、腰に下げていた小さな金槌を取り出した。

トントン、コン、コン……。

繊細で軽やかな金属音が数回響く。ププクは素早く眼鏡の角度を確かめると、「はいどうぞ」と拓海に返した。

半信半疑で再びメガネを装着した瞬間――拓海は息を呑んだ。


「っ……!? なんだこれ……!」


先ほどまで微かに感じていた皮膚への当たりや、鼻頭にかかっていたわずかな重みが完全に消え去っていた。まるで空気のように顔に馴染み、かかっていることすら忘れてしまうほどの完璧なフィット感。


(これが……本物の鍛冶職人の技……! 魔法のクラフトで作った既製品を、使う人の体に完璧に馴染ませるプロの仕事だ……!)


「ふふ、お礼よ。さあ拓海さん、立ち話も何だから、一緒に夕食を食べていって!」 


「ありがとうございます! いただきます!」


本物の職人の技術に深く感動し、拓海は胸を熱くしながら食卓についた。


――しかし、その感動は、直後に始まった夕食会によって一瞬で木っ端微塵に打ち砕かれることとなる。


「ププクぅ〜! 今日のスープも世界一美味いぞぉ〜」


デレデレ


「もう、ゴロンったら。口元にスープがついてるわよ? ほら、じっとしてなさい、拭いてあげるから」


イチャイチャ


「えへへぇ〜、ププクは優しいなぁ〜。俺、ププクと結婚できて世界一幸せだぁ〜」


「やだわ、ゴロンったら。拓海さんの前で恥ずかしいじゃない……ふふっ」


さっきまでの恐妻家の風情も、凄腕の職人の顔もそこにはなかった。

目の前に広がるのは、体をすり寄せ合い、だらしなく目尻を下げてデレデレと笑い合う、熟年夫婦の圧倒的なラブラブ空間。


(……なんだこの空間は……)


拓海の手が、スプーンを持ったままピキリと止まる。


(俺は……何を観賞させられているんだ……? 鉄鉱石を手に入れて、職人の凄さに感動して、その果てに待っていたのがこの激甘なイチャイチャ空間か……?)


彼女いない歴=年齢の拓海にとって、その光景は精神に直接届く不可避の猛毒だった。


「拓海さんも、遠慮なくもっと食べてね!」


「あ……はい……すごく美味しいです……」


顔をひくつかせ、引き攣った笑顔を顔面に張り付けたまま、拓海は静かにスープを口に運ぶことしかできないのだった。

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