も、もぐら?
あの大胸筋にこの場所に送り込まれてから、何日くらい経っただろうか。
「ふぅ……サッパリした」
拓海は湯船から上がり、手拭いで身体を拭った。
拓海が浸かっていたのは、沢のすぐ近くに穴を掘り、石と粘土を組み合わせて作った『特製露天風呂』だ。
沸かしたての湯に浸かり、澄み渡る空を眺めながら一日の疲れを癒やす――これ以上の贅沢はない。
お風呂から上がり、さっぱりとした心地で自分の拠点へと歩みを進める。
そこにはもはや、あの今にも崩れそうだったボロい木こり小屋の姿はどこにもなかった。
目の前にそびえ立つのは、拓海が丹精込めて作り上げた『石造りのこぢんまりとした二階建ての家』だ。
室内に入ると、香ばしい木の匂いが鼻をくすぐる。
リビングにはがっしりと頑丈に作られた木製のテーブルと椅子。ベッドに敷かれた草のブランケットには、あのフェアリーコットンの中綿をたっぷりと仕込み、極上のふかふか仕様にバージョンアップさせてある。
二階は広々とした倉庫になっており、これまでに採取した大量の木材や石材、フェアリーコットンが整然と収納されていた。
「さて、今日の収穫はどうかな」
家の隣に作られた畑へと目を向ける。
ミミリンからもらった『フェアリークリスタル』をかざし、草原から見つけ出した野草を片っ端から鑑定して育て始めた畑だ。
現在育てているのは、小麦に似た『ココムギ』、色鮮やかな『キャルット』、ゴツゴツとした『ポッテト』の三種類。どれも順調に育ち、食生活を豊かにしてくれている。
そして、初日に植えた五本の苗木たちも大きな変化を遂げていた。
二本はたった数日で二メートルほどの高さまでどっしりと成長した。
ひとつは『くろかば』、もうひとつは『しろかし』。どちらも建築やツール作りに適した優秀な木材だ。切り倒しては苗木を植え直すのを繰り返した結果、今ではちょっとした林くらいの面積にまで広がっている。
もう一本は、フェアリーコットンに似たこんもりとした低木『ロローズ』。
ピンク色の可愛らしい花を咲かせるだけでなく、花も葉も枝も、全部からうっとりするような甘い良い香りが漂っている。お風呂に葉を浮かべれば、極上のアロマ風呂としても楽しめた。
しかし――最後の五本目の苗木だけは、いまだに植えた時の小さな姿のままだ。
フェアリークリスタルで鑑定しても表示されるのは『???』という謎の文字列だけ。
「まあ、考えても分からないしな。気長に育つのを楽しみにするか」
拓海は笑って首を振ると、次に作るべきクラフトに思いを馳せる。
(……次はやっぱり『金属』だよなぁ)
石製のツールも悪くないが、やはり限界はある。
美味しい料理を作るための鍋やフライパンといった調理器具も欲しいし、なにより――。
拓海はポケットから、拳ほどの大きさの透明な『フェアリークリスタル』を取り出した。
(これを使うとき、どうしても片手が塞がっちゃうんだよな……)
素材を調べながら作業をする際、片手に大きな水晶を持っているのは地味に不便だった。
もし金属が手に入れば、このクリスタルを加工してレンズにし、フレームと組み合わせれば『鑑定メガネ』が作れるのではないか。両手が自由になれば、クラフトの効率は劇的に跳ね上がるはずだ。
「よし……! 明日は鉱石の採掘に行こう!」
新たな目標を定め、拓海はふかふかのベッドへと潜り込む。
明日へのワクワク感を胸に抱きながら、彼は心地よい眠りにつくのだった。
◇
翌朝、拓海はさっそく『石のツルハシ』を担ぎ、いつもの岩場へとやってきていた。
カン! カン! カン!
軽快な音を響かせながら、夢中で岩を砕いていく。
しかし、作業を始めてしばらく経った頃、拓海はふと耳を澄ませて手を止めた。
(……あれ?)
なんだか違和感がある。
ツルハシが岩を叩く音が、先ほどから微妙にズレて聞こえるのだ。
いや、ズレているのではない。
自分の作業音とは別に、少し離れた場所から『もう一つのツルハシの音』が響いてきている。
「……誰かいるのか?」
拓海は足音を殺し、恐る恐る音の聞こえる方へと向かった。
ゴツゴツとした岩陰に身を隠し、そっと覗き込む。
そして、目を丸くした。
そこにいたのは――拓海の身長の半分ほどの大きさの、毛むくじゃらな『モグラ』だった。
しかもそのモグラ、当たり前のように二本足で立ち上がり、体躯に似合わない立派なツルハシを豪快に振り下ろしているのだ。
(も、モグラがツルハシ使ってる……!?)
驚きのあまり、拓海が思わず息を呑んだその時だった。
ガサリ、と足元の小石が音を立てる。
鋭い耳がピクリと動き、モグラがゆっくりとこちらを振り返った。
「ッ……!」
見つかった、と身を硬くする拓海。
しかし、モグラは怒る風でも警戒する風でもなく、「よう!」と短く手を挙げながら、てくてくと気さくに近づいてきた。
「よう! にいちゃん! 調子はどうだい?」
野太いが、どこか愛敬のある声だ。どうやら見た目通り(?)かなり気さくな性格らしい。
拓海は慌てて姿勢を正すと、緊張混じりに挨拶を返した。
「は、はじめまして。俺は拓海です。……あなたは、モグラの妖精さん……ですか?」
その瞬間、モグラの顔色がガラリと変わった。
「んだとぉ!?」
小さな身体をいっぱいに使い、バタバタと猛烈な勢いで地団駄を踏み始めるモグラ。
「モグラみたいなトロイ奴らと一緒にすんじゃねえ! こちとら誇り高い『ワーフ』だ!!」
「ワ、ワーフ……!?」
ドワーフ、と言いたいのだろうか。いや、本人が「ワーフ」と言い張るのだからワーフなのだろう。
何にせよ、相当失礼な発言をしてしまったらしい。
「あ、すみません! 悪気はなかったんです……!」
深々と頭を下げて謝罪すると、ワーフは「おう! わかりゃいいんだい!」とカッと口を開けてニカッと笑った。
怒りっぽいが、根に持たない大らかな性格のようだ。拓海は胸を撫で下ろした。
「しかしにいちゃん、見ねぇ顔だな。こんなところで一人で何してんだ?」
「道具を作るために、鉱石を探しにきたんです。……ワーフさんは、ここで何を?」
「何って、採掘に決まってんだろ!ワーフが岩場で採掘以外になにするってんだ!」
そう言って大きな口を開けて笑った。




