妖精ミミリン
翌朝。
身体を揺さぶられて目が覚めた。
ゆさゆさとしたその感覚に、寝ぼけた脳裏にあの不吉な筋肉神がよぎるが、拓海は全力でそれを振り払うように目を開けた。
そこにいたのは、当然ながら大胸筋ではない。
宙にふわふわと浮いている、小さな少女だった。
ツインテールにした桜色のふわふわの髪と、アクアマリンのように澄んだ瞳。ボロ小屋の隙間から差し込む朝日に、虹色の小さな四枚羽が綺麗に煌めいている。
拓海が起きたのを確認すると、妖精は小さな両手を腰に当て、ぷっくりと頬を膨らませた。
「もう! やっと起きた!」
「うわっ……!」
驚いて跳ね起きたものの、まずは状況を整理しなければならない。詳しい話を聞こうと口を開掛けた――その瞬間。
『くぅぅ〜……』
愛らしい見た目に反して、盛大な音が妖精のお腹から鳴り響いた。
「……とりあえず、朝飯にしようか」
「う……うん」
顔を真っ赤にした妖精を連れ、拓海はいつもの沢へと向かった。
朝食は例によって摘みたての赤いベリーだ。
これがかなり気に入ったらしく、妖精はベリーを両手で大事そうに抱え、口いっぱいに頬張っている。
喉を潤しながら話を聞くと、彼女は「ミミリン」と名乗った。
「日が沈むと羽が冷えて、うまく飛べなくなっちゃうのよ。昨日も予想外に早く日が沈んで焦ってたら、あの小屋が見えたから飛び込んじゃったの」
「なるほどな。でも、入る前に声くらいかけてくれてもよかっただろ」
「かけたわよ! あなたがクラフトに夢中で、全然気が付かなかったんじゃない!」
「――ッ!?」
その言葉に、拓海の背筋にヒヤリと冷や汗が吹き出した。
(待て……『クラフトに夢中』ってことは……あのポーズと呪文を見られたのか……!?)
恐る恐るミミリンの方を見るが、彼女はただキョトンとしているだけだ。
間一髪、ダブルバイセップスのポーズは見られていなかったらしい……と胸を撫で下ろす拓海。
すると、さっきまでプンプン怒っていたミミリンが、唐突に眉を下げてしょんぼりとした表情になった。
「でも……わたしが勝手にベッドを使っちゃったせいで、あなたは固い床で寝なきゃいけなくなったのよね。ごめんなさい……」
小さな肩をすぼめて本気で落ち込む姿に、拓海は慌てて手を振った。
「構わないよ! 俺は壁にもたれて十分よく眠れたし、気にしないでくれ。……それより、あのベッド、よく眠れたか?」
そう尋ねると、ミミリンの表情が一変した。
「ええ! すっごくよく眠れたわ! 柔らかくって、暖かくって! あれもあなたが作ったのね! すごいわ!」
パッと咲くような満面の笑み。
社畜時代、誰からも感謝されることのなかった拓海の胸に、温かいものがじんわりと広がる。
「そうか。喜んでもらえたなら作った甲斐があったよ」
自分の作ったものが誰かを笑顔にする――その純粋な喜びに、拓海は小さく微笑むのだった。
◇
腹ごしらえを終えてミミリンと小屋に戻ると、小屋のそばに見慣れない茂みがこんもりと揺れていた。
ベリーの低木と同じくらいの大きさのそれは、昨日苗木を植えた場所で気持ちよさそうに葉を揺らしている。
(昨日植えた苗木が、もうこんなに……!?)
驚きつつ近づくと、柔らかな葉の間にふわふわとした白い塊が実っていた。指先で触れただけでポロリと取れたそれを、慌てて両手で包むように拾い上げる。
驚くほど軽くてふんわりとしていて、ほんのり温かい。
「フェアリーコットンじゃない!」
目を輝かせるミミリン。
「フェアリーコットン?」
「そうよ? あなたクラフターなのに『鑑定』も使えないの?」
ミミリンが不思議そうに首を傾げる。
(そうだ、クラフトものの定番といえば『鑑定』じゃないか!)
Web小説に詳しくないとはいえ、日本人としての一般教養としてそのくらいは知っている。
(あのポンコツ筋肉め……)
恨めしく思いかけたが、拓海はすぐに首を振った。
(いや、ちゃんと要求しなかった俺の落ち度だな……)
「鑑定は持ってないんだ。フェアリーコットンがどんなものか教えてくれないか?」
ミミリンが言うには、フェアリーコットンは紡ぐと真っ白な糸になり、軽くて暖かいため妖精族に大人気の素材らしい。特にこれでできたワンピースは、妖精の女の子の憧れの的なんだとか。
(軽くて暖かい……)
閃いた拓海は、もこもこと実るフェアリーコットンの収穫をミミリンに頼み、自分は石の斧を持って沢に向かった。
木材を多めに採取して小屋に戻ると、ベッドに積み上げたフェアリーコットンの上で、ミミリンが嬉しそうに転がっていた。
その様子を微笑ましく眺めながら、木材を並べる拓海。
しかし、ふとはたと気づいてミミリンを見た。
「今からクラフトしようと思うんだけど……危ないから少し外に出ていてくれないか?」
そう言うと、ミミリンは不思議そうに首を傾げる。
「どうして? 昨日はあなたが両腕を曲げて変なポーズで叫んだら、一瞬でできていたじゃない」
(……しっかり見られてたーーー!!)
顔から火が出そうになり、全身の血が一気に沸騰する感覚に襲われる拓海。
だが、ミミリンはバカにする様子もなく、純粋な尊敬の眼差しで拓海を見つめている。
どうやら妖精にとっては「人間が不思議な儀式で道具を生み出している」程度の認識らしく、羞恥の概念が異なっているようだ。
(それでも……それでも恥ずかしいんだよ……!)
心の中で血の涙を流しながら、拓海は背を向けて腹をくくった。
ダブルバイセップスのポーズを取り、叫ぶ。
「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」
『ムキーンッ!⭐︎』
光が消えると、そこには木の『糸紡ぎ車』と『機織り機』が完成していた。
まずは糸紡ぎを使ってフェアリーコットンを糸にし、それを機織り機で織り上げて布にする。出来上がった布は、まるでミミリンの羽のようにキラキラと上品に輝いていた。
その布をさらに素材にして、二度目のマッスルクラフトを行う。
「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」
『ムキーンッ!⭐︎』
光が収まると、草のマットレスの上に、キラキラと光る真っ白で小さなポンチョが現れた。
「わあ! すっごく可愛い!」
ミミリンの歓声が小屋に響き渡る。
目を輝かせる彼女を微笑ましく思いながら、拓海は出来上がった小さなポンチョをそっと手渡した。
「着てみて、ミミリン」
ミミリンは驚いたように目を丸くした。
「いいの……?」
「ああ、もちろんさ」
拓海が笑って頷くと、ミミリンは弾けるような笑顔を見せ、さっそくポンチョを身に纏った。
「わあ! あったかい! これなら日が落ちても飛べるわ!」
嬉しさのあまり、ポンチョをなびかせて部屋の中をくるくると飛び回る。
「ほんとうにありがとう、拓海! お礼にこれをあげる!」
ミミリンがそう言うと、拓海とミミリンの間に眩い光が生まれた。
光が収まったあと、そこには拓海の拳ほどの大きさの、透明で美しい水晶が転がっていた。
「フェアリークリスタルよ! これを使って物を見れば『鑑定』が使えるわ!」
ミミリンはもう一度「ありがとう!」と弾んだ声で叫ぶと、ボロ小屋の窓から外へ向かって、空高く飛んでいくのだった。




