クラフトの基本は木材
翌朝。
小鳥のさえずりと、隙間風の心地よさで目が覚めた。
「……ん……よく寝た……」
ふかふかの草マットレスとブランケットのおかげで、疲れは綺麗に吹き飛んでいた。
社畜時代には味わえなかった、泥のように深い最高の睡眠だ。
拓海は小屋を出ると、昨日見つけた沢へ向かった。
冷たい水で顔を洗い、喉を潤す。朝食は昨日と同じ甘酸っぱいベリーだ。
「ふぅ……さて、これからどうするか」
腹を満たした拓海は、腕を組んで考え込んだ。
生活基盤を整えるには、今にも崩れそうなボロ小屋の補修が最優先だ。
拓海の視線は、沢の近くに生い茂る大きな木に向けられた。
「クラフトの基本といえば木材だよな……」
だが、当然ながら某ゲームのように素手で木を殴り倒せるはずもない。
斧のような工具が必要だが、そんなものはどこにも――。
「……あ」
ふと思いついた拓海は、急いで小屋へと引き返した。
狙うは、部屋の隅に置かれたボロい木製のテーブルと椅子だ。
二度と使えなさそうなそれらを力任せに小屋の外へ持ち出すと、地面に思い切り叩きつけた。
バキガシャンッ!!
無惨な残骸となった木くずの山。拓海は一瞬だけ罪悪感を覚えたが、すぐに首を振って覚覚悟を決めた。
力こぶを作り、夕空ならぬ朝空に向かってポーズを構える。
「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」
『ムキーンッ!⭐︎』
恥ずかしさで顔を灼熱させながらもスキルを発動させると、木くずの山が光に包まれ、そこには武骨な『木の斧』と『木のツルハシ』が転がっていた。
「よしっ……! 完璧だ!」
手応えを得た拓海は、二つのツールを担いで再び沢の近くの木へと向かった。
木の幹に向かって、思い切り木の斧を振り下ろす。
カンッ! カンッ!
軽快な音が響き渡る。驚いたことに、手に嫌な衝撃はまったく来ない。
そして4、5回斧を打ちつけた瞬間――木がポンッと弾けるように消えた。
足元にはコロンと『木材×20』と『苗木×5』が転がっている。
「物理法則どうなってんだ……いや、助かるけど!」
ゲーム的なドロップの快適さに思わずツッコミを入れつつ、素材を回収して一度小屋へ戻る。
今度は沢に沿って上流へと登ってみることにした。
30分ほど歩くと周囲から草が消え、ゴツゴツとした岩肌が顔を覗かせ始めた。
「次は石材だな」
大きめの岩に向かって、今度は『木のツルハシ』を振り下ろす。
こちらも4、5回叩くと、カチーンという音とともに岩が砕け、『石材×15』が手に入った。
ホクホク顔で小屋に戻った拓海は、集めた素材を並べて深呼吸をする。
もう、あのポーズを取ることに躊躇している余裕はない。背に腹は代えられないのだ。
「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」
「ムキーンッ!⭐︎」
光が収まったあと、そこには耐久性の増した『石のツルハシ』『石の斧』『石のナイフ』、そして念願だった『木のカップ』が完成していた。
さっそく完成したばかりの木製カップを携え、拓海は再び沢へと向かった。
しゃがみ込み、澄み切った沢の水をカップになみなみと汲み上げる。
手のひらで直接すくって飲んでいた昨日とは違い、自分の手で作った道具を使っているというだけで、なんだか妙な達成感があった。
一口、喉を潤す。
「……うまっ!?」
思わず声が出た。
ひんやりと冷たく、ほのかな甘みすら感じる喉越し。文明の利器で飲む水は、昨日よりもはるかに美味しく感じられた。
「道具一つでこんなに気分が変わるもんか……!」
溢れ出すテンションのまま小屋へと戻った拓海は、先ほど木を切り倒した時に入手した『苗木×5』を取り出した。
「せっかくなら、拠点の周りに緑を増やしてみるか」
よく観察してみると、5本の苗木はどれも幹の色や葉の形、枝の伸び方が微妙に違っていた。
一つは少し赤みがかった葉、もう一つは丸っこい可愛い葉……どうやら5本ともまったく違う種類の樹木のようだ。どんな木に育つのか、小さな楽しみが芽生える。
小屋の風上に並べるようにして、手に入れた石のナイフで土を掘り、一株ずつ丁寧に植えていく。
「元気に育ってくれよ」
植え終わると、すっかり作業に弾みがついた拓海は、出来上がったばかりの重厚な『石のツルハシ』を担ぎ上げた。
「次は採掘作業だ!」
先ほど石材を採取した沢の上流――あの岩場へと意気揚々と引き返す。
新調した石のツルハシの威力は絶大だった。
岩肌に振り下ろすと、木製ツールとは比べものにならない手応えとともに、爽快な砕石音が響き渡る。
ガン! ガン! カチーン!
夢中になって振り下ろすこと数十分。
『石材×100』『粘土×30』という大漁の素材を抱え、拓海はホクホク顔で小屋へと帰還した。
「よし、これでずっと作りたかったあれが作れるぞ」
集めた石材と粘土を地面にまとめ、本日何度目になるかわからない覚悟を決める。
両腕を限界まで曲げ、渾身のダブルバイセップス。
「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!!」
『ムキーンッ!⭐︎』
まばゆい光とともに現れたのは、重厚で立派な構造をした『石窯』だった。
「おおお……本格的じゃないか!」
テンションが上がった拓海は、さっそく設置した石窯の中に木材を投入。不完全燃焼させてじっくりと焼き上げ、念願の『木炭』を作り出した。
さらにその木炭と短く削った木材を組み合わせ、ふたたびマッスルポーズで『松明』を数本クラフトする。
ゆらゆらと温かな橙色の炎が揺らめく松明。
これさえあれば、ボロ小屋の夜も明るく照らせるはずだ。
「完璧だ……最高の拠点になってきたぞ!」
満足感に包まれながら、完成した松明を手にしてウキウキで小屋の扉を開けた拓海。
しかし、その足がピタリと止まった。
「……え?」
暗がりを照らした松明の光の先。
拓海が昨日作ったばかりの、あの『ふかふか草のマットレス』の上で――。
「……すぅ……すぅ……」
体長20センチほどの小さな身体に、透き通った昆虫のような羽を生やした愛らしい妖精が、ブランケットにくるまって気持ちよさそうに寝息をたてていたのだ。
いつの間にか忍び込まれていたマイホーム。
拓海は手に持った松明を掲げたまま、しばらく開いた口が塞がらなかった。




