シロと母フェンリル
「ダメだ、ここで考えていてもらちがあかない。そうだ! 妖精女王様に相談すれば何か分かるかもしれない!」
拓海はすぐさま妖精国へ繋がる鏡に向かおうとしたが――。
「……あ」
そうだった。その鏡は、拓海が建てた愛着のある家ごと、巨大化した世界樹の中に丸ごと呑み込まれてしまっていたのだ。
「うわああああん! 連絡手段まで埋まってるーーーーっ!!」
頭を抱えてのたうち回る拓海。その時だった。
「「拓海ーーーっ!」」
頭上から、2つの鈴を転がすような澄んだ声が響き渡った。
見上げれば、パタパタと翼を羽ばたかせて駆け寄ってくるのは、妖精族の幼馴染コンビ――ミミリンとシェリルだった!
「鏡と繋いだ入口からとんでもない音が聞こえたと思ったら、突然繋がらなくなっちゃったから見に来たのよ!」
「心配したわ! 拓海、大丈夫!?」
涙目になりながら拓海の身体をペタペタと触って無事を確認するミミリン。だがシェリルは拓海と目が合うと、顔を真っ赤にしてフンッと横を向いた。
「ふ、ふん! 私はただ、驚いただけで別に心配なんかしてないわよ!」
「シェリルちゃん、顔が真っ赤だよ〜」
「ミミリンは黙ってて!」
相変わらずのツンデレぶりに少し癒されつつも、拓海は二人に事情を説明した。巨大化した世界樹に家とシロが呑み込まれてしまったこと、そして妖精女王のもとへ連れて行ってほしいと切実に頼み込んだ。
◇
出発前、拓海はごつごつとした世界樹の巨大な幹にそっと手を当てた。
「シロ! なんとかする方法がないか、妖精女王様に相談に行ってくる! なるべく早く戻ってくるから待っててくれよ!」
すると、木の中からポワポワとした念話が返ってきた。
『はーい! ぼくお昼寝してるから、ゆっくりでいいよ〜』
(おいおい……人の気も知らないで呑気だな…!)
呆れつつも、拓海はミミリンたちの案内で妖精国へと急いだ。
◇
「……まぁ、世界樹にシロちゃんが……」
事の顛末を聞いた妖精女王は、美しい口元に手を当てて驚きを露わにした。
「そうなんです! なんとか世界樹を傷つけずに、シロを助け出す方法はないでしょうか!?」
頭を下げる拓海に、女王は優しく首を振った。
「そもそも、世界樹を傷つけることなど不可能ですわ。たとえドラゴンの全魔力を込めたブレスであっても、葉っぱ一枚焦がすことすらできないでしょう。それに……本来、完全体となった世界樹は豊かな意思を持ち、その形も自由自在に変えられるはずなのです」
「意思疎通が……? 形を変えられる……?」
そんな気配は微塵も感じられなかったと首を傾げる拓海に、女王はポンと手を打った。
「もしかしたら……まだ世界樹は眠りから覚めていないのかもしれません。身体は蘇っても、意識が深い眠りについたままなのですわ。なんらかの方法で目覚めさせることができれば、シロちゃんを助け出せるはずです」
◇
妖精女王を伴い、かつて我が家があった場所へと戻ってきた拓海。
女王は世界樹の幹に白いすべらかな手を当て、そっと目を閉じて様子を伺った。
「やはり……深く眠っているようですわ。なんとかして目覚めさせなければ……」
「でも、どうやって……」
拓海が腕を組んで思案に暮れた――まさにその時だった!
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
「っっっ!? な、なんだ!?」
突然、大地を激しく揺らす凄まじい地響きが鳴り響いた!
ドラゴン山脈での恐怖を思い出して拓海が腰を抜かしそうになっていると、森の奥から、山のような巨体を持った神々しくも恐ろしい銀色の巨大な狼が猛然とこちらへ疾走してくるのが見えた。
「まぁ! フェンリル様……!」
妖精女王が目を見開く。
(あ、あれがフェンリル!? シロのお母さんか……!?)
伝説の魔獣フェンリルは、驚く拓海たちの前に凄まじい風圧とともに着地すると、天を突く世界樹を見上げた。そして、その幹の中に愛しい我が子が囚われていることに気づいた瞬間――その瞳が血走った恐ろしい形相へと変わった。
「『ゴー―――――――ッッッ!!!!』」
バリバリバリバリッ!!
空が割れんばかりの、地獄の底から響くような凄まじい咆哮!!
衝撃波で周囲の木々が吹き飛び、拓海はその場にドスンと腰を抜かした。
(も、漏らすかと思った……っっ!!)
あまりの恐怖に白目を剥きかける拓海だったが――その超ド級の咆哮は、眠っていた世界樹にとっても「最悪の目覚まし時計」となったようだ。
ピクンッ……!!
巨大な幹がびくぅっと大袈裟に震えたかと思うと。
『ペッ!!』
世界樹は不快そうに音を立てて、幹の隙間から「何か」を勢いよく吐き出した!
「シロだーーーっ!!」
放り出されたシロを見て拓海は安堵の叫びを上げたが、当のシロは地面をゴロゴロと転がりながら「むにゃむにゃ……」と気持ちよさそうに寝息を立てている。
そこへ、母フェンリルが大きな鼻先でツンツンとシロの体を突いた。
『ん……? あ、お母さんだー!』
パチッと目を覚ましたシロは、尻尾をちぎれんばかりに振りながら、愛おしそうに母のぶっとい前足に額をすりすりと擦り付けた。
「よかったなぁ、シロ……」
その微笑ましすぎる親子の再会に、拓海と妖精女王はほっこりと胸を温めていた。
……だが。
拓海はふと、シロと一緒に吐き出された「もう一つの物体」に目を留めた。
土の上にぽつんと落ちていたのは、シェリルがくれた、妖精国へ移動するための鏡だった。
妖精女王が不思議そうに首を傾げる。
「……まぁ? 宝物庫に厳重にしまってあるはずの我が国の『国宝』が、なぜこんなところに落ちているのかしら……?」
「………………国宝?!!」
思わぬ事実に拓海の顔からスーッと血の気が引き、全身がピキッと固まった。
拓海が冷や汗を滝のように流していると、空から金とも銀ともつかない、どこか温かく柔らかい光が降り注いできた。
全員で見上げると、世界樹のはるか高い枝に実っていた青い実が、黄金色に輝く熟した実へと変化していた。
世界樹は周囲の大きな葉を優しく動かし、まるで籠のように実を包み込むと、拓海の手元へとそっと届けてくれたのだった。
「わあ……世界樹の実だ……」
拓海はその輝く実を受け取り、シロへと手渡した。
「さぁ、シロ! これをお母さんに!」
「うん! ありがとう拓海! お母さん、早くこれを食べて病気を治して!」
シロは大事そうに実を咥え、母フェンリルへと差し出した。
だが、母フェンリルは困惑したように世界樹の実と、拓海たちの顔を見比べるばかり。
(……? 遠慮してるのかな……?)
拓海が食べるよう促そうとした、その時だった。
『……はぁぁぁぁぁ。ただの風邪だと言っただろう』
母フェンリルの口から、呆れたような大きなため息が漏れ出た。
『もうとっくに治っておるわ。まったく……薬を採りにいくと言って出かけたきり、いつまで経っても帰ってこんから心配して見に来てみれば……このような大騒ぎを起こしておるとはな』
「「「………………えっ?????」」」
拓海は開いた口が塞がらなかった。
(ただの風邪ぇぇぇぇぇぇっ!? 今までの命がけの旅と苦労は一体なんだったんだーーーーーっ!?)
絶叫しそうになる拓海だったが――。
『えへへ〜、お母さん病気治ったんだー! よかった〜!』
と、嬉しそうに母親の足元でピョンピョンと跳ね回るシロの弾ける笑顔を見て。
「……まぁ……いいか!」
拓海は力を抜いて、ヘナヘナと笑うのだった。




