炎龍の逆鱗
不毛すぎる争いに深いため息をついた拓海は、ふと足元に目を落とした。
二人の激しい戦いによって、周囲の地面は凄まじい熱と衝撃で砕かれ、土壌に含まれる珪砂が溶けて「ガラス質にドロドロと溶け固まった地表」があたり一面に広がっていた。
それを見た瞬間、拓海の頭の中に閃くものがあった。
「ねぇ、魔王様。魔王城で魔法の研究をしてたってことは、大きな『魔石』を持っていたりしますか?」
「え? 魔石?」
不意に話を振られた魔王は、フードの奥から首をかしげた。
「魔石なら研究用にいくらでもあるよ。必要ならボクの魔法で合成して、いくらでも大きくできるけど……それが何か?」
(ふむふむ……)
拓海はアゴに手を当てて考え込んだ。材料は揃った。
「よし、ちょっと試してみましょう。シロ、みんな、少し下がってて!」
拓海は両手をポンと合わせると、ガラス質に溶け固まった足元の地面に向かってドカンとクラフトスキルを発動させる!
「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!」
「ムキーンッ!⭐︎」
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!
「な、なんだなにが起きてるんだ!?」
「地表のガラスが……形を変えていく!?」
勇者と魔王、そして馬サイズの炎龍が目を丸くして叫ぶ。
地面を覆っていた巨大なガラス質が、拓海のクラフト能力によって一瞬で綺麗に剥ぎ取られ、溶接され、谷間を覆い尽くすほどの『巨大な魔法温室』へと組み上げられていったのだ!
「す、すごい……一瞬でこんな立派なガラスの建物が……!」
感嘆する魔王をよそに、拓海は次に勇者へと振り返った。
「勇者さん、次はそっちです。その聖剣を使って、温室の中の地面に威力を調整した雷魔法を撃ち込んでください」
「はぁ!? そんなことして何の意味があるんだよ!」
「いいから良いから、やってみてください!」
勇者は不服そうに首を傾げながらも、温室の内部に入ると、ガラス質が抜けて剥き出しになった地面に聖剣を突き刺した。
「ちくしょう、こうか!? トゥーッ!!」
バリバリバリバリッ!!
絶妙な塩梅で調整された黄金の雷撃が地中を駆け巡る。すると、固く引き締まっていた土壌が内側からボコボコと膨れ上がり、空気をたっぷり含んだ「少し硬めのふかふかな耕地」へと一瞬で生まれ変わったのだ。
「うおっ!? 土が耕された!?」
「よし、バッチリです!」
拓海は温室の入り口へ向かうと、瞬間移動で魔王城から戻ってきたら魔王に尋ねた。
「魔王様、お願いしていた葡萄の苗と、魔石は持ってきてくれましたか?」
「は、はい! 苗と魔石だよ! でも一体どうするの……?」
魔王が手渡してきたのは、小さな葡萄の苗木と、巨大な魔石だった。拓海はそれらを受け取ると、ニヤリと笑った。
「炎龍様の逆鱗には、世界樹を急成長させるほどの凄まじい魔力があります。つまり炎龍様の魔力が「植物を成長させる属性」を持っている……その炎龍様の魔力を魔石に充填して、この特製温室に設置すれば……100年に一度と言わず、『年中無休でいつでも葡萄が食べ放題&酒にし放題』になるんじゃないですか?」
「「……!!??」」
ごくり、と荒野に二つの生唾を飲む音が響いた。
魔王と勇者が、目を限界まで見開いて拓海を見つめている。
「もっとも、試してみないと分かりませんけどね。そのためには、その聖剣と魔杖に吸い上げたマナを炎龍様に返してくれなきゃ試せ――」
拓海が言い終わるより早く、二人が猛烈な勢いで身を乗り出してきた!
「「葡萄のためなら(酒のためなら)、今すぐマナを解放する!!!!」」
「…………」
拓海が呆れ顔で見守る中、二人は即座に聖剣と魔杖を掲げ、溜め込んでいた世界中のマナを一気に解き放った!
シュワァァァァァァァッ……!!
聖なる光と漆黒の魔力が空へと立ち昇り、周囲の空間に満ちていく。
その膨大なマナを浴びた瞬間――馬サイズだった炎龍の身体が、凄まじい光とともに急速に巨大化し始めた!
「きゅ、きゅあぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」
ドカン! ドカン! と大地を揺らしながら急成長し、あっという間に家を越え、城を越え、本来の『山のように巨大な真っ赤な成体龍』へと復活を果たしたのだ!
その圧倒的な巨体と胸元に輝く、ギラギラとした一枚の大きな鱗――『炎龍の逆鱗』!
◇
元の姿に戻った炎龍が魔力を注いでもらい、魔石を温室に設置した途端、植えられた苗木があっという間に大樹へと成長し、房が弾け飛ばんばかりにパンパンに実った『黄金の葡萄』がぎっしりと実った!
「「う、うわああああああああっっっ!!??」」
完成した温室へ飛び込んだ二人は、夢でも見ているかのように手を叩き合って大喜びした。
「すごい! 熟し切った黄金の葡萄が果汁を溢れさせて実ってる! 食べ放題だーっ! そのまま食べ放題だーっ!」
「おいおいマジかよ!! これだけ実ってりゃあ、毎日樽ごとグラッパを蒸留しても使い切れねえぞ!! 酒飲み放題だーーーっ!!」
かつて殺し合いをしていたのが嘘のように、ガシッと手を取り合って歓喜の舞を踊る魔王と勇者。
そんな2人の歓声が響くなか、拓海は炎龍と向き合っていた。
「ふはははは! 力が満ち溢れてくるぞー! 拓海、よくぞボクを元に戻してくれた! 感謝の印に、この『逆鱗』を持っていくが良い!」
炎龍は胸元からバリッと『炎龍の逆鱗』を剥がすと、拓海へと手渡してくれた。
「ありがとうございます、炎龍様!」
拓海は温室から収穫した黄金の葡萄を数房もらい、無事に手に入れた『炎龍の逆鱗』とともに鞄へと大切に仕舞い込んだ。
「それじゃあ炎龍様、俺たちはこれで失礼しますね。」
「うむ! 気をつけてな拓海! ……さてと」
丁寧にお礼を告げる拓海に優しく頷いた炎龍だったが、ふと視線を温室の中で浮かれている二人へと向けた。その目が、すーっと肉食獣のそれへと冷たく光る。
「ボクはちょっと……『やり遺した仕事』があるから、ここで失礼するよ」
「え? やり遺した仕事……?」
拓海が首を傾げる間もなく、山のような巨体の炎龍は静かに温室の上空へと移動すると、胸を大きく膨らませた。今度はゲップなどではない、本物の、岩をも溶かす極大の超高熱ブレスの溜めである。
「……よくも今までボクを小さくしてくれたなあああーーーっ!!」
ズギャアアアアアアアンッ!!
「ぎゃあああああっ!? 火を吐くな熱い熱い熱いっ!? 葡萄が焦げるだろーーーっ!?」
「酒樽が燃える! やめろこのバカ龍ーーーーっ!!」
大迫力の爆音と、荒野に響き渡る魔王と勇者の悲絶な悲鳴。
それを背中で聞きながら、拓海は「うわぁ……」と苦笑いを浮かべ、シロの頭を撫でた。
「……よし、シロ。俺たちは帰ろうか」
『すたこらさっさー!』
後ろで巻き起こるドタバタの大爆発と大追跡劇には一切振り返らず、無事に全ての素材を揃えた拓海とシロは、晴れやかな顔ですたこらさっさと帰路につくのであった。




