魔王と勇者
「ひえっ……!? む、無理無理無理ーーーーーっ!?」
マナを吸い取られてブチギレた炎龍は、馬ほどの大きさに縮んだ身体で巣穴から猛スピードで爆走を始めた。
極寒の山脈に置き去りにされれば遭難確定である。パニックになった拓海は、反射的に飛び出していく炎龍の尻尾にしがみつき、あまりの速度と恐怖に悲鳴すら上げられず必死でしがみついていた。
『拓海、落ちないでーっ!』
拓海の背中にしがみついたシロも風圧で耳をパタパタとなびかせている。
山脈の険しい谷間を抜け、やがて視界が開けた。
そこは、草木一本生えていない不気味な荒野であった。その中心で、二つの恐ろしい影が激しくぶつかり合っていた。
――ドゴォォォォォンッ!!
凄まじい衝撃波が走り、大地が大きく揺れる。
「喰らいやがれ、このモヤシ野郎がぁぁぁっ!!」
一目で『聖剣』と分かる眩い光を放つ大剣を振りかざすのは、金髪の耳と尻尾を生やしたワーウルフの青年――勇者だ。
野性味あふれる俊敏な動きで地を蹴り、聖剣から黄金の雷撃を解き放つ。
「ネチネチネチネチうるさいんだよ……ボクの前に立ち塞がるな……!」
対するは、黒いフードを深くかぶり、白い口元しか見えない謎の影――魔王だ。
その手には、先端に不気味な骸骨が据えられたおどろおどろしい『魔杖』が握られている。魔杖から放たれる漆黒の魔力塊が、勇者の雷撃と正面衝突して炸裂した。
ズババババババババッ!!
二人の放つ圧倒的なエネルギーにより、あたりには巨大なクレーターがいくつも穿たれ、その衝撃の熱で地面の土はガラス質にドロドロと溶け固まっていた。
世界を滅ぼしかねない、まさに伝説の死闘――。
その真上へ、激怒した炎龍が飛来した!
「よくもボクのマナを吸い尽くしてくれたなーっ!!」
炎龍は二人の頭上で急停止すると、胸を大きく膨らませ、龍の誇りをかけた破壊のブレスを吐き出そうとした!
「死ねーっ! ……『ふがっ』」
ぽすん。
「……きゅ?」
不発だった。
吐き出されたのは、炎のブレスなどではなく、ゲップのような小規模な黒煙と、パチパチとはじけるショボい火花だけだった。
「「……あん?」」「……え?」
下で殺気立っていた勇者と魔王が、呆気にとられて空を見上げる。
マナが極度に枯渇している炎龍には、ブレスの一本すら吐く余力が残っていなかったのだ。
「きゅーううううっ!(バカにされたーーーーっ!!)」
ショボいゲップを晒してしまった恥ずかしさと怒りで、炎龍の頭にはいよいよ血が登った。
炎龍は空中でくるりと身を翻すと、長くて太い尻尾をムチのようにしならせ、地上にいる二人へ向かって思い切り振り下ろした!
ビュゴォォォォッ!!
「ちっ……!?」
「ヒッ……!?」
間一髪、異変を察知した勇者と魔王が左右へ飛び退いて回避する。
炎龍のしなり叩きつけられた尻尾が、地面のガラス質を粉砕した。
しかし――。
「ひ……ひえぇぇぇぇぇ……っ!?」
ただ一人、その尻尾の先端に必死で捕まっていた拓海だけは、凄まじい遠心力に耐えきれなかった。
スポーーンッ!!
「うわあああぁぁぁぁぁーーーーーっ!!??」
手を滑らせた拓海は、弾丸のような勢いで地上へと一直線に射出された。
ドガァァァァァァァンッ!!
爆発音とともに土煙が巻き上がり、ガラス質の硬い地面に直径数メートルもの深々とした大穴があいた。
「「「………………」」」
静寂が訪れる。
勇者、魔王、そして炎龍が、息を呑んでその穴を見つめた。人間なら間違いなく即死、骨も残らないレベルの激突である。
だが――。
「ゲホッ……ゲホッ……! な、何するんだよ炎龍様ーーーっ!!」
穴の底から、土煙を払うようにして拓海が元気に飛び出してきた。
「痛くはないけどびっくりしただろ! 降りるねって言ってからにしてよ! 服が土まみれになっちゃったじゃないか!」
服の埃をポンポンと払い、傷一つない綺麗な顔でぷんぷんと怒る拓海。
「「「…………えぇええええええええ!!??????」」」
勇者と魔王、そして炎龍の叫びがハモった。
数十メートル上空から地面にめり込んだのに、かすり傷一つなく元気に文句を言っている謎の男。あまりの理不尽すぎる光景に、戦場の緊張感は完全に崩壊し、全員が一瞬で正気へと引き戻されたのだった。
◇
「……で、お前何者なんだよ? ワーウルフの俺でも即死するような衝撃でなんでピンピンしてんだ?」
勇者が呆れたように大剣を地面に突き立て、頭をガシガシと掻く。
魔王も深くかぶったフードの奥で、引きつった白い口元を丸出しにしていた。
「ぼ、ボクの極大魔法でも傷一つつけられないんじゃないかな、この人……」
『拓海はとっても頑丈なんだよ!』
胸を張るシロを横目に、拓海は息を吐いて二人と小さくなった炎龍を見渡した。
「俺はただのクラフターの拓海です。それより二人とも! マナを大量に使うのをやめてくれませんか! 二人がマナを吸い上げてるせいで、この炎龍様がこんなに小さくなって困ってるんです!」
拓海が指差した先には、馬サイズでシュンと肩を落とす炎龍の姿。
勇者は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「はあ? 俺は悪くねえぞ。この陰キャ魔王が先に俺たちの里に陰湿な嫌がらせをしてきたから、聖剣に魔力を込めて撃退しようとしてただけだ!」
「嫌がらせしてきたのは君たちの方じゃないかーーーっ!!」
魔王がフードの隙間から涙目で叫び返した。
「ボクは魔王城から一歩も出ずに新しい魔法の研究をしていただけだ! 君たちワーウルフにも世界にも、何一つ迷惑なんてかけていないのに……『何度も何度も』ボクを討伐しに来て!!」
「ん?……『何度も』?」
思わず引っかかった拓海が首を傾げると、魔王は怒りに震えながら説明した。
魔王という存在は、討伐されても死ぬわけではなく、数十年ほど深い眠りにつくだけなのだという。魔王自身も「新しい魔法の実験台になるし、勇者の戦い方から着想も得られるから退屈しのぎに丁度いいか」と、これまでは別に気にしていなかったらしい。
一方、ワーウルフの里では代々聖剣が受け継がれており、数代に一度、聖剣を引き抜ける勇者が生まれるそうだ。
生まれた勇者は聖剣を扱えるまで成長したら魔王討伐の旅にでるらしい。
「あの……そもそも何でワーウルフは、勇者が生まれたら魔王を討伐しに行くんだ……?」
拓海が疑問を投げかけると、金髪ヤンキーの勇者は気まずそうに耳をピクピクとさせ、そっぽを向いた。そして口元をへにゃりと歪めて一言。
「う、腕試し……かな? てへっ!」
「「………………」」
静寂が走る。
一拍おいて魔王の咆哮が荒野に響き渡った。
「なんだそれはーーーーーっ!?」
拓海は(……そりゃ怒るわ……)と、心から魔王に同情してしまった。
「ボクをなんだと思ってるんだ! てへっ、じゃないぞ! 先代の勇者にタイミング悪く眠らされたせいで……ボクは100年に一度しか実らない大好物の『黄金の葡萄』を食べ損ねたんだぞ!!」
「は?」
拓海が目を点にしていることにも気づかず、魔王はバタバタと地団駄を踏みながら恨み節を撒き散らす。
「ボクは何十年も前からずっと楽しみに待っていたんだ! なのに目覚めたら葡萄の時期は終わってるし! しかも君たちは、あの葡萄をお酒造りなんかに使ったそうじゃないか!! あれはそのまま食べるのが一番美味しいのに!!」
「あぁん!? 何言ってたんだこのモヤシ!! あんな極上の葡萄、ギッチギチに蒸留してグラッパにしてガバガバ飲むのが一番美味ぇに決まってんだろーが!! そのまま食うとかガキかよ!!」
「そのまま食べるのが最高なんだ! 君たちの味覚は狂ってる!」
「酒にするのが一番なんだよ! お前こそ酒の味が分からんモヤシ野郎が!」
再びバチバチと火花を散らし始める二人。
拓海は頭を抱えた。
(なんて不毛な争いだ……!)
くだらなさすぎる喧嘩の真相に、拓海の頭痛は深まるばかりであった。




