蜘蛛とアゲハと月光水晶
「まずい! 見られたら一発でアウトだーーー!!」
迫り来るアラクネたちの足音。目の前には、お顔こそ超絶美形なものの、首から下がバキバキのマッスルボディと化した新・ご神体。
拓海が青ざめて頭を抱えた、その時だった。
「アタシに任せろ!」
ツバキの凛とした声が響いた。
彼女は両手を広げると、十本の指先すべてから目にも留まらぬ速さで細く美しい糸を繰り出した。
ツバキの両手が交差し、八本の蜘蛛脚が地を蹴る。
まるで舞うようにご神体の周囲を素早く旋回したかと思うと――次の瞬間、空気中で織り上げられた艶やかな布が、ふわりと御神体の肩へと滑り落ちた。
「な……!?」
拓海が目を見開く。
御神体には、ゆったりとした優美なドレープを描く上質なローブが着せられていた。
それにより、あの存在をうっとおしく主張していた大胸筋もバキバキの腹筋も完璧に覆い隠され、そこに残されたのは、どこまでも繊細で気品溢れる、完璧なお姿のご神体であった!
「おぉ……! これはいったい……!」
ちょうど森の木々を割って現れた里長たちが、目の前の光景に息を呑んだ。
風化し壊れていたはずのご神体が、かつてないほど美しい輝きを放ち、アラクネ至高の織物を纏って鎮座している。
「素晴らしい……! まさに我が一族の誇るご神体が、格調高く蘇った……!」
「見事な腕前だ、クラフターよ!」
口々に拓海を絶賛するアラクネたち。拓海は背中に冷や汗を流しながら「ハハハ……どういたしまして」と引きつった笑みを浮かべるのが精一杯だった。(ツバキ、本当にありがとう……!)と心の中で土下座したのは言うまでもない。
約束通り、里長はフィアの婚礼ヴェール制作の再開と、精霊族との交流復活を快く宣言したのだった。
◇
翌日、修繕されたご神体の周りでは、アラクネ族と精霊族が一緒になって盛大な仲直りの宴が開かれた。
歌い踊る精霊たちと、美味しい酒と料理を振る舞うアラクネたち。先日までの様子が嘘のように打ち解け合う双方の姿に、拓海もシロと肉を突きつつ胸を撫で下ろした。
宴の最中、里長が拓海の元を訪れ、深く感謝を述べながらズシリと重い木箱を贈ってくれた。
「これは我がアラクネの里に伝わる秘伝の糸じゃ。ぬしのクラフトに役立てておくれ」
【アラクネの秘伝糸】
品質: 伝説級(SSランク)
属性: 糸・絆・伸縮・魔導
説明:
アラクネ族の里長および長老級の織り手のみが紡ぐことを許される最高級の魔導糸。
羽毛よりも軽く、鋼鉄よりも強固。さらに持つ者の魔力や強い想いに反応し、変幻自在にその性質(色彩・伸縮性・耐久性)を変える。
固有効果:
『魔導付与』:刺繍や縫製に使用した際、付与したクラフト効果や魔法効果を半永久的に定着させる。
『不可視加工』:使い手の意思によって、糸の存在感を透明近くまで薄くすることができる。
「ありがとうございます、大切に使わせてもらいます!」
そうして楽しい宴は夜まで続き、拓海たちは精霊の森で温かい一夜を明かしたのだ。
◇
そして、運命の満月の夜が明けた翌朝。
拓海とシロは、満月の光をたっぷりと浴びて神秘的に輝く石――【月光水晶】を無事に手に入れることができた。
拓海がすかさず『鑑定メガネ(レンズ:フェアリークリスタル)』を装着して覗き込むと、その透明な水晶の表面に光の文字が浮かび上がった。
【月光水晶】
品質: 神話級(SSSランク)
属性: 光・月・浄化
説明:
満月の夜、精霊の森の聖なる泉にて、精霊族の祈りと満月の光が満ちた時にのみ精錬される幻の結晶。極めて高い浄化作用と生気活性化の力を秘めている。
固有効果:
『月華の浄化』:あらゆる呪いや病毒を根底から浄化する。
『神樹の覚醒(1/3)』:【世界樹の苗木】の成長に必要な第一の触媒。清水に浸して注ぐことで、苗木に芽吹きの力を与える。
「よし……! 間違いない、本物だ!」
レンズ越しに見える圧倒的なステータスに、拓海は思わず拳を握りしめた。
「やったな、シロ! これでひとつ目のアイテムゲットだ!」
『わんっ!』
シロが嬉しそうに尾を振って吠えたその時、「拓海ー! フィアー!」と息を切らせたツバキが走ってきた。その手には、眩いばかりの光を放つ、世にも美しいヴェールが抱えられていた。
「もう出来たの……!? すごい……!」
目を丸くして驚くフィアに、ツバキは誇らしげに鼻を鳴らした。
「ふふん、あたしたちアラクネが全員で気合いを入れて超特急で織り上げたんだから! どうだ、フィア!」
半透明の精霊の肌よりもさらに薄く、まるで朝露を糸にして織り上げたかのような幻想的なヴェール。
拓海はそのあまりの美しさに感嘆しつつ、ふと思いついて尋ねた。
「……なぁツバキ、フィア。このヴェールに、少しだけ俺の手を加えてもいいか?」
「え? 拓海さんが……?」
「いいけど……何するんだ?」
二人の同意を得ると、拓海は昨日里長から貰った『アラクネの秘伝の糸』を取り出し、マジックバッグから出した針とともにクラフトスキルを発動した。
「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!」
「ムキーンッ!⭐︎」
柔らかな光がヴェールを包み込み、ゆっくりと収まっていく。
完成したヴェールの裾には、色鮮やかな秘伝の糸によって、繊細で愛らしい刺繍が施されていた。
それは――互いに手を取り合って仲良く踊る、小さな蜘蛛とアゲハ蝶の姿だった。
「わあぁ……! すごい、ツバキとわたしみたい……!」
フィアが感極まった声を上げる。ツバキもその刺繍をじっと見つめ、やがて堪えかねたように大粒の涙をポロポロと目からこぼし始めた。
「うっ……ううっ……! トロールの国に行っても……あたしのこと、忘れるなよ……っ! たまには手紙くらい寄越せよな……っ!」
泣きじゃくりながらフィアを抱きしめるツバキ。
幼い頃からの親友との別れを想う熱い友情に、拓海も思わず目頭が熱くなり、もらい泣きしそうになった。
足元ではシロも「くぅん……」と切なげに鳴き、ツバキの膝に前足をかけて、慰めるようにその頬をペロペロと舐めている。
感動的な別れの空気が森を包み込む――はずだった。
「……えっと……?」
フィアは困ったように首をカクンと傾げると、不思議そうに呟いた。
「わたし……トロールの国には行かないよ……? お婿さんに来てもらうんだもん……」
「………………え?」
拓海とシロの動きがピタリと止まり、目が点になった。
ツバキの涙もピタッと止まり、森の中にひゅうっと冷たい風が吹き抜ける。
一拍の静寂の後。
「…………ええええええええっ!? 来てもらうのーーーーー!?!?」
ツバキの顔が頭の先まで一瞬で真っ赤に染まり、森中に大絶叫が響き渡るのだった。




