絶対絶命ーー!
夜の極秘潜入を終え、ツバキと別れた拓海とシロは、一度精霊の国へと戻って夜を明かした。
そして翌朝、拓海はシロを連れ、昨日ツバキと出会った森の開けた場所へと向かっていた。
ご神体の修繕に必要な、あの白い石材を取りに行くためだ。
苔むした台座が残る場所へ辿り着くと、すでにツバキが待っていた。
「遅い。さっさと行くぞ」
ツバキの先導で森の奥へと進むと、すぐに目的の洞窟が現れた。
洞窟に入って目と鼻の先の場所に、ご神体と同じ艶やかな白っぽい石の鉱脈が広がっている。
「よし、これで掘り出すか」
拓海が取り出したのは、ドワーフのゴロンとププク夫妻から貰った特製の鋼鉄製ツルハシだ。
【ゴロン&ププク特製・鋼鉄のツルハシ】
品質: 逸品
効果: 採掘効率大幅上昇/耐久度極大/軽量化
詳細: どれほど硬い鉱石であっても、羽毛のように軽い力で容易く砕くことができる。
(うおっ、相変わらず凄い性能だな……)
拓海が試しに壁面へ向かって2、3度軽くツルハシを振り下ろすと、ガチン! と気持ちのいい音とともに、いとも容易く高品質な白い石材がゴロゴロと崩れ落ちてきた。
「なぁ、ツバキ。この石って少し余分にもらっていってもいいか?」
せっかく出会った新しいクラフト素材だ。何か別の道具や加工に使えるかもしれない。
「ん? あぁ、洞窟ごと取り尽くさなければ構わない。好きなだけ持っていけ。」
「助かる!」
拓海は感謝しつつ、十分な量の石材をマジックバッグへと収納した。
◇
「……なぁ」
採掘を終え、精霊の森へと戻る帰り道。
先頭を黙々と歩いていたツバキが、意を決したようにポツリと口を開いた。
「あのご神体……本当に直せるのか?」
振り向いたツバキの瞳には、壊れたご神体そのものよりも、親友であるフィアへの深い心配の色が濃く表れていた。
「あいつと出会ったのは、まだお互いに小さかった頃でさ……。あたしが織りの練習中に、うっかり風に飛ばしちゃった大切な布が高い木に引っかかっちゃって、困って泣いてたんだ。それを……フィアが木の上に登って取ってくれたのがきっかけだった」
ツバキは遠い目をして、懐かしそうに微笑んだ。
「フィアはあたしの一番大切な友達なんだ。……もうすぐアイツ、トロールの国にお嫁に行っちゃうから……だから、世界で一番キレイなヴェールで送り出してやりたいんだよ……」
アラクネ族は織物の名手だが、どれほど腕が良くても、精霊の身体よりもさらに薄く透き通るような幻想的なヴェールは、一人では織り上げることができないのだという。
かつては精霊たちとアラクネたちが手を携え、歌いながら最高のヴェールを織るのが婚礼の伝統だったのだ。
「なのに……みんな意地を張って……」
目に溜まった涙を、ツバキは小さな拳で乱暴にぐしゃりとぬぐった。
その健気で熱い友情を目にして、拓海はしっかりと腹を括った。
「任せとけ。絶対になんとかしてみせる」
◇
だが、石材を入手して戻ってきたものの、依然として大きな障害が立ちはだかっていた。
壊れたあの石像を修繕するには、アラクネの里の倉庫から安全に持ち出さなければならない。
まさか真昼間に忍び込んで強奪するわけにもいかず、拓海はツバキに大人たちの説得を委ねた。
里の入り口でシロと待つこと小一時間。緊張した面持ちのツバキが戻ってきた。
「里長がお前に会いたいって言ってる」
案内された里長の家は、白木造りのまるで日本の神社のような神聖で荘厳な建物だった。
奥の間に座していたのは、ツバキと同じ黒髪を持つ、ツバキよりもずっと険しい表情をした威厳ある女性だった。
「……ご神体を修繕しようというのは、ぬしか?」
「はい! 精霊族とアラクネ族の友好のためにも、ぜひ俺に修繕させてください!」
拓海は頭を下げ、必死に頼み込んだ。
里長は拓海を鋭い眼光で見つめ、やがて重々しく口を開いた。
「……精霊との仲違いなど、こちらとて本意ではない。ぬしに本当に直せるというのなら任せよう。……しかし、あれは我が一族の最も大切なご神体。修繕の作業は、我々がしかと見届けさせてもらうぞ」
(ひ、大勢のアラクネたちに見られている前で、あのマッスルポーズと呪文をー!?)
拓海は心中で絶叫した。
大勢ギャラリーがいる前で「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!」などと叫びながらポーズを決めたら、拓海の精神的な死が確定する!
「あ、あの! 神聖な修繕作業ですので、集中して精神を統一して作業にあたりたく……! できれば一人で……!」
しどろもどろになって訴える拓海に、里長はしばし思案したあと、「む……それもそうか」と頷いた。
「では、刻限は1時間だ。それまでに修復できなければ、諦めて立ち去ってもらう」
アラクネたちの手よって、あの台座がある森の開けた場所へと壊れた御神体が運び出された。
アラクネたちが一度去り、残されたのは拓海とシロ、そしてツバキだけとなった。
「よし……やるぞ……!」
タイムリミットは1時間。
拓海はツバキの視線を浴びながら、羞恥心を必死に押し殺してクラフトスキルを発動した。
「ムキムキ⭐︎マジカルクラフト!」
「ムキーンッ!⭐︎」
しかし――
(ああっ、ダメだ! ナルキッソスの顔を意識すればするほど、あの暑苦しい笑顔とはち切れんばかりの肉体が勝手に再現されるーーー!?)
『やあ! 私の美しく力強い肉体を再現したくなったのかい!?』という幻聴すら聞こえてきそうだ。
こんな超絶マッスルマッチョなご神体を納品したら、「御神体を冒涜したのか!」と里長たちの怒りに火を注ぐのは火を見るより明らかである。
「くそっ、ちがう! もっと元通りの優美なやつだ!」
汗が滝のように拓海の額を濡らす。
失敗作を壊しては作り直し、壊しては作り直し……あっという間に時間が過ぎていく。
遠くから、アラクネたちの足音が近づいてくるのが聞こえた。
もう後がない。これが最後のチャンスだ!
「今度こそ……頼むから空気を読んでくれええええ!!」
気合いを込め、全力でスキルを発動する拓海!
眩い光が弾け、やがて収まった場所に現れたのは――
慈愛に満ちた、息を呑むほど優美な美貌。
しかし、その顔の下についている胴体は――実物よりはコンパクトにまとまっているものの、明らかに元の繊細な像とは異なる、バキバキに割れた腹筋と盛り上がった大胸筋の彫像だった!!
「な……なんじゃこりゃあああ!?」
ツバキが目を見開いて叫ぶ。拓海も青ざめた。
(顔は完璧なのに胴体が完全にマッスル仕様になってるーーー!?)
「まずい、やり直す――!」
拓海が再び手をかざそうとしたその時、樹木の隙間から里長をはじめとするアラクネ族の大群が姿を現した!
(もうタイムリミットか!? まずい、見られたら一発でアウトだーーー!!)
修繕(?)された新・ご神体を前に、拓海の絶望の悲鳴が森に響き渡るのだった!




