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アラクネのツバキ

フィアに案内され、拓海はシロを伴って森の奥へと歩みを進めていた。

精霊の子供が誤って倒し、壊してしまったというアラクネ族の『御神体』があった場所を確認するためだ。

人に踏みならされていない手かずの森の地面は、根っこや突起が多く足場が悪かったが、拓海は足元に気をつけながらなんとか歩を進める。隣を歩くシロは、まるで散歩を楽しむかのように軽やかに跳ねていた。

やがて森の中の木々が途切れ、少し開けた場所に出た。


「ここなんだけど……」


フィアが指差した先には、青々とした苔むした古びた石の台座だけがひっそりと残されていた。

台座の上部を覗き込むと、何かが根元からぽっきりと折れた跡があり、そこだけが真新しい白っぽい石の断面を晒している。


「うーん、台座しか残してないのか……。この上にあったはずの御神体はどうしたんだ?」


「たぶん……アラクネさんたちが……もって帰ったんじゃないかなぁ……」


フィアは小さな手を指先でもじもじさせながら答えた。

長年集落で大切に祀られていた御神体だ。壊れたからといって、そのまま森の中に放置しておくわけにもいかなかったのだろう。しかし――


「どうするか。現物を見ないとクラフトのしようがないし……フィアは今、アラクネの里に入れないんだろ?」


「うん……」


精霊族とアラクネ族は今、冷戦状態にある。フィアは今にも泣き出しそうな顔になり、しゅんと華奢な肩を落とした。

拓海が「大丈夫だって、なんとかなるから」と慰めようと手を伸ばした、その時だった。


「おい、お前! そこで何してる!!」


凛とした鋭い声が響き渡った。

気配を感じて拓海が振り返ると、木々の影から一人の少女が猛スピードで駆け寄ってきた。 


(なっ……!?)


拓海は思わず目を疑った。

上半身は長い黒髪をなびかせた人間のように美しい少女。だが、その腰から下は――巨大な漆黒の蜘蛛そのものだった。

彼女こそが、織物の名手と呼ばれるアラクネ族の少女だった。

アラクネの少女は、今にも泣き出しそうに肩を震わせているフィアの姿を見るなり、その気の強そうな目をますます吊り上げた。


「お前っ……フィアを泣かせたのか!!」


「えっ!? いや、ちがっ――」


「問答無用ッ!」


違うと弁明する隙すら与えられず、アラクネの少女は身を乗り出すと、鋭い踏み込みとともに拓海の頬目掛けて渾身の右拳を繰り出した!


(うわあああ、殴られるーーーっ!?)


あまりの速度に避けることもできず、拓海はぎゅっと目をつぶって身構えた。



――バチィィィンッ!!



激しい打撃音が森の中に響き渡る。

しかし……いくら待っても、拓海の顔面には痛みどころか衝撃すら訪れなかった。

いや、正確には「何か柔らかいものがペチッと当たった」程度の感覚しか届いていなかった。 


(え……? なんで……?)


ぼうぜんとする拓海の脳裏に、かつてあの眩しい空間で出会った大胸筋の暑苦しい声が、爽やかなドヤ顔とともに鮮明に再生された。 


『ドラゴンに踏まれても平気な頑丈な身体と、自動翻訳もセットだ! さあ、新しい世界でマッスルに生きるのだよ――!』


(そうだったぁぁぁぁ!! 忘れてたけど、俺の身体、ドラゴン基準で頑丈なんだったーーー!!)


拓海が心の中で叫んでいる間、渾身の力でストレートを叩き込んだアラクネの少女は、自分の拳と、傷一つ負わずにケロリとしている拓海の顔を交互に見比べ、きょとんとして固まっていた。


「……な、なんだお前……顔面、鉄でできてるのか……?」


「ツ、ツバキ、ちがうよ! このひとはフィアをいじめてないの……! ごしんたいを直しにきてくれたの……!」


フィアが慌てて二人の間に割り込み、手差しで制止に入った。 


「御神体を……? こいつが?」


ツバキと呼ばれた少女は、未だに拳の痺れを気にしながら、じろりと胡散臭そうに拓海を足元から頭まで見つめ直した。


◇


「そうか、二人は友達だったのか」


近くの切り株に腰を下ろし、拓海は納得したように頷いた。

ツバキとフィアは幼い頃からの親友同士であり、精霊族の子どもが御神体を壊してアラクネたちが交流を絶った後も、ツバキは一人でフィアの様子を心配して森の境目まで見に来ていたらしい。


「フィア、ごめんな。あたし……みんなを説得できなくて」


ツバキは悔しそうにギュッと唇を噛みしめた。

「結婚式まであと1月だろ? それまでには絶対に意地でもヴェールを編み上げさせて、最高のお祝いにしてやるから!」


ツバキの友情は本物のようだ。ツバキの言葉にフィアも「ツバキ……」と瞳を潤ませている。

二人の強い絆を見た拓海は、ツバキに向かって真っ直ぐに頼み込んだ。


「ツバキ、村に回収された御神体の欠片を見せてくれないか? 俺はクラフターだ。現物を見れば、俺の能力で修繕できるかもしれない」


「修繕……? あんた、本当に石の加工ができるのか?」


ツバキはまだ半信半疑といった様子で眉をひそめたが、フィアが「拓海さん、ほんとうに助けてくれようとしてるの……!」と必死に訴えるのを見て、深く溜め息をついた。


「……はぁ、わかったよ。フィアのためなら、一肌脱いでやる。」


ツバキは腰を上げると、アラクネの下半身の脚を器用に動かした。


「壊れた御神体は、村の奥にある大きな倉庫にしまわれてる。でも、日のあるうちに人間なんて珍しい余所者が村をうろついたら目立って一発で捕まるから夜まで待とう。暗くなったら、あたしが倉庫まで案内してやる」


「助かる! 恩に切るよ、ツバキ」


「ふん!あたしはフィアのためにやるんだからな!」


ぷいっと横を向くツバキのツンデレな態度に、拓海とフィアは思わず顔を見合わせてクスリと微笑んだ。

足元ではシロが「ふぁぁ」とあくびをし、夜の極秘ミッションに向けて体力を温存するように、拓海の足元に丸くなるのだった。

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