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精霊のフィア

ユグドラシルの苗木を成長させるには、ただの水では足りない。

妖精女王の教えによれば、世界樹を芽吹かせるには【三つの聖なるアイテム】が必要なのだという。


そのひとつ目は、精霊族が作る『月光水晶』。


拓海と幼いフェンリルは、まずはじめの目的地である深い緑に包まれた『精霊の森』へと足を踏み入れていた。

樹齢数千年はあろうかという巨木が立ち並ぶ森の小道を、二人で歩く。


「なぁ……そういえば、お前の名前を聞いてなかったな。なんて名前なんだ?」


拓海が隣を歩くモフモフの頭を見下ろして尋ねると、足元のフェンリルは『僕たちフェンリルには、人間たちが使うようなような名前はないんだよ』と頭の中に念話を響かせた。


「そうなのか。じゃあ……ずっと名前がないのも不便だし、俺がつけていいか?」


拓海は一瞬考え、その真っ白で綺麗な毛並みを見つめた。


「よし、『シロ』だ! わかりやすくて一番いいだろ?」


そう言って親指を立てる拓海に対し、フェンリル――シロは、ジト目になって拓海を無言で見つめ返してきた。

『……もうちょっと格好いい名前はなかったの?』と言いたげな視線だ。


「ははは! いい名前だろ、シロ!」 


拓海は頭をかきながら笑って誤魔化した。シロは呆れたように「くぅん」と溜め息をついたが、嫌がる風でもなく、その尻尾はかすかに揺れていた。


◇


やがてたどり着いた精霊の国は、常識を遥かに超えたスケールの風景だった。

空を覆い尽くすほど巨大な木々が何本もそびえ立ち、その幹に開いたウロや、巻きついた極太の蔓の葉の上に、無数の精霊たちが暮らしている。

しかし、精霊たちは非常に警戒心が強い種族のようだ。拓海たちが足を踏み入れると、木々や大きな葉の陰から、遠巻きにチラチラと窺ってくるだけで誰も近づいてはこない。

拓海は広場の中央にある一番大きな大樹の前に立つと、妖精女王から託された紹介状の手紙を高く掲げた。


「妖精女王様からの紹介で来ました! 話を聞いてもらえませんか――!?」


大樹に向かって叫んだ、次の瞬間。



ゴバァァァッ!!



拓海のすぐ目の前の地面が音を立てて豪快に盛り上がり、太い蔦と巨大な一枚の葉が顔を出した。その蔦はするすると生き物のように拓海の方へ伸ばされると、大きな葉をくいくいと上下に動かした。


「の、乗れってことか……?」


拓海が腰が引けながら尋ねると、葉はコクコクと器用に頷いた。


「わんっ!」


シロが迷いなくぴょんっと軽やかに葉の上に飛び乗るのを見て、拓海も恐る恐るその上に足を載せた。

――次の瞬間!



シュパァァァァンッ!!



「うぉぉぉぉぉっ!?」


ものすごい勢いと推進力で、蔦が上空に向かって一気に急速伸長した!

ジェットコースターどころではない垂直上昇に、拓海は腰を抜かしそうになりながら必死で葉にしがみつく。風を切る音が耳元で激しく吹き荒れる。

やがて目当ての高さに達したのか、葉は器用に傾くと、拓海を『ペイッ』と大樹の巨大なウロの中へ放り投げ、そのまま引き潮のように下へと去っていった。


「うぐぐ……死ぬかと思った……」


無様に尻餅をつき、這々の体で立ち上がる拓海。なお、シロは飛び乗った時と同じように軽やかに着地し、何事もなかったかのようにちょこんと座っていた。

ウロの奥から、消え入りそうなほどか細い声が聞こえた。


「……だいじょうぶ……?」


拓海が顔を上げると、そこには緑色の髪と瞳をした幼い女の子が、困ったような顔でこちらを見つめていた。

大きさはミミリンやシェリルと同じくらい。だが、決定的に違うのは、彼女の背中の羽が美しく優雅な『アゲハ蝶の羽』であること、そして全身が薄く半透明に透き通っていることだった。

初対面でいきなり無様な姿を晒してしまったことにガックリと項垂れながら、拓海は名乗りを上げ、妖精女王の手紙を差し出した。


◇


「……あのね、フィアっていうの……」


消えそうな木の葉のような声で名乗ったフィアは、手紙を読み終えると顔を上げ、痛ましそうな表情でそっとシロの背中を撫でた。


「……おかあさん、びょうきなの? こんなに小さいのに……つらかったね……」


(君の方が遥かに小さくて華奢だけどね……)


心の中で突っ込む拓海に気づく様子もなく、フィアはぽつぽつと続けた。


「……うん。フェンリルさんのおかあさん助けるためなら……フィア、なんでもする。……でもね、『月光水晶』は満月の夜にしか作れないの……」


「三日後か……」


「うん……さんちにちご……。あのね……それまでのあいだ……フィアのおねがい、きいてくれたり……する……?」


フィアはおずおずと両手を胸の前で合わせ、上目遣いに拓海を見つめた。

聞けば、フィアは一週間後に『トロール族の王子』との結婚式を控えているらしい。

結婚式には、織物の名手であるアラクネが作った美しいヴェールが必要不可欠で、完成を楽しみに待っていたのだという。


「……あのね、ちいさい精霊の子が……アラクネさんの……だいじな【ごしんたい】、壊しちゃったの……」


フィアは悲しそうに眉をひそめた。


「……アラクネさんたち、すごく怒ってて……ヴェール、つくってくれなくなっちゃった……。あやまりに行きたいけど……壊れたごしんたい、かたい『いし』でできてて……。フィアたち、くさと木の加工しか……できないの……」


壊れた石の御神体、そして立ちはだかるアラクネ族との絶縁の危機。


「……なるほどな。石の修繕なら、俺のクラフトの出番だ」


拓海は頼もしく胸を叩いた。

三日後の満月まで指をくわえて待つより、フィアのトラブルを解決して晴れやかに『月光水晶』を受け取る方がずっといい。


「任せとけ、フィア! その御神体、俺が元通り以上に直してみせる!」


「ほんとう……? ……ふふ、ありがと……拓海さん……!」


フィアの小さな顔に、パッと嬉しそうな笑みが咲いた。

こうして拓海とシロの三日間のクエスト――アラクネ族の御神体修繕ミッションが幕を開けたのだった。

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