第9話・ギルベルト・ガンドール
「オウンドーラ王! 今、ギルベルト・ガンドール様が!」
「な、なんだと! どうしてこんな早くに、ギルベルトがこちらに来るのだ!」
タイラーとマディという男女が僕の家を訪れたのは、今日のお昼くらいの事だった。
それから彼らは報告に戻ると言っていたけど、王都オフレンドと東の森の第一砦というのは、そんなにも近いものなのだろうか?
多分、まだ数時間しか経っていないはずだというのに。
「ギルベルト!」
だが、考える暇もなく、ギルベルト・ガンドールは僕らの居る謁見の間まで来てしまった。
ギルベルト・ガンドールの後ろには、タイラーとマディの他、数人の傭兵の姿があった。
「ギルベルト・ガンドール……」
僕がギルベルト・ガンドールに会ったのは、これで二度目だった。
最初に会ったのは、ベル・ガンドールとの結婚式の日だ。
あの日も、僕は彼の大きさにとても驚いた。
何故なら彼は、二メートルを軽く超える背丈をしていて、まるで熊かと思うくらいの体躯をしていたからだ。
そして今、僕の目には、彼こそが恐ろしい魔物のように見えた。
ギルベルト・ガンドールは周りを見回して僕を見つけると、その視線だけで人を殺せるのではないかと思うほどの目で、睨み付けてきた。
「ひ、ひいぃっ」
僕は彼に睨まれただけで、腰が抜けて尻もちをついてしまった。
そのまま震えながら後ずさると、ギルベルト・ガンドールは視線を僕からオウンドーラ王に移し、口を開いた。
「オウンドーラ王、本日、今をもって、ギルベルト・ガンドールと部下は、東の森の第一砦から撤退させていただく。理由は、わかってらっしゃいますな」
「わ、わかっておる! だが、だが、どうか考え直してくれ! お前が居なくなったら、我が国はどうなる? 我が国は、滅びてしまう事になるのだ!」
「そんなもの知るものか。ベルを守らなかったこの国を、どうして私が命をかけて守らねばならんのだ!」
「お、お前の姪は、必ず見つける! 必ず見つけるからっ!」
オウンドーラ王はそう言ったが、僕は心の中で、無理だと思った。
彼女はもう生きてはいないのだ。
だけど、考えようによっては、僕がそれを告げない限り、それはギルベルト・ガンドールにはバレない事なのかもしれない。
だって、僕は本物のベル・ガンドールの行方は、わからない、という事で通していたのだから。
「ベルを見つける? ベルがどこにいるのか、わかっているのか?」
「い、今はまだわかっていない! だが、必ず見つけるから! 必ず見つけて、お前の元に返すから! だから、どうかっ!」
「そうか! 必ず見つけてくださるのか! はははははっ」
必死なオウンドーラ王を前に、ギルベルト・ガンドールは盛大に笑いだした。
そして、
「おい、連れてこい!」
と怒鳴ると、後ろに控えるタイラーとマディを振り返った。
タイラーとマディは頷くと、さらに後ろに控えていた傭兵に合図をした。
そうして傭兵たちが連れてきたのは、僕が愛するベルと、彼女を連れて出て行った下働きの男だった。
「この二人は、王都オフレンドから逃げようとしていたので、タイラーとマディが捕まえた。そして私たちに、全てを教えてくれたよ。こんな女が、この国で私のベルとして暮らしていたとはな……本当に驚いたよ!」
ベルと下働きの男は、突き飛ばされて謁見の間に転がった。
ベルは僕を見ると、きつい眼差しで睨みつけ、叫ぶように言った。
「トマス! あんたのせいよ! あんたなんかに関わるんじゃなかったわ!」
「ベル! そんな事を言わないでくれ! 僕たちは、あんなに愛し合ったじゃないか!」
「何言ってるのよ! 私は、あんたなんか、愛してないわ!」
「ベル!」
「おい!」
言い合いをしていた僕とベルは、ギルベルト・ガンドールに怒鳴られ、震えあがった。
「おい、女……。先ほど私たちに言った真実を、ここでもう一度言え」
「言ったら、私と彼を開放してくれるの?」
「あぁ、いいだろう。お前たち二人がどうなろうが、どうでもいいからな。今ここで真実をぶちまけてくれれば、解放してやろう」
ギルベルト・ガンドールの言葉に、ベルは頷いた。
そして彼女は僕を指さすと、言ったのだ。
「こいつよ! この、トマス・コールドが、あの女を殺したのよ! 結婚式の後、王都オフレンドに向かうと見せかけて、こいつはあの女を西の森へと連れ込んだ! そしてそこであの女をナイフで襲って、それからっ」
「ベ、ベル!」
「それから、何度も切り付けて、殺そうとしたのよ! あの女は、わけがわからずに殺されかけて、森の奥に逃げてったわ! トマスはあの女を追いかけようとしたけど、魔物が現れたから止めて、街道に逃げたのよ! あの女を西の森に置き去りにしてね! あの女は、もうとっくの昔に魔物たちに殺されているわ! トマスがあの女を殺したのよ!」
この謁見の間に居た人間全ての視線が、僕に集まった。
「トマス……なんて事をっ……」
父さんは力なくそう言うと、その場に崩れ落ちた。
母さんは倒れそうになるのを、ウォルト兄さんに支えてもらっていた。
アラン兄さんは……僕の胸倉を掴むと、謁見の間の大理石の床に叩きつける。
「お前が、ベルを……ベルを殺したのかぁっ!」
アラン兄さんはそう叫ぶと、僕に飛びかかってきた。
首に両手が伸ばされる。
首を絞められるのだ、と本能的に思った。
僕は、実の兄に、殺されようとしている。
あぁ、僕はどこで間違ってしまったのだろう。
そんな事を思いながら意識を手放そうとすると、首の圧迫感がなくなった。
咳込みながら何があったのかと目を開けると、アラン兄さんは、ギルベルト・ガンドールに吹き飛ばされていた。
「ギルベルト様! どうして止めるのですか! あなたは、こいつが憎くないんですか!」
「もちろん、憎いとも。だからこそ、ここで殺すなど、生温いだろう」
「え?」
「自分がしでかした事のせいで、どんな事が起こるのかという事を、目に焼き付ければいい」
「え?」
命が助かったのは良かったけれど、ギルベルト・ガンドールの言葉は、どういう事なのだろう?




