第6話・トマスの最期
オウンドーラ王がトマスに貸してくれた馬は、気性が穏やかな馬で、乗馬経験が少ないトマスでも乗る事ができた。
「これなら僕でも大丈夫だ!」
そう確信したトマスは、王宮を出て、一気に王都オフレンドを駆け抜けようとする。
王都内の被害は、先程よりも広がっていた。
建物内から外に引きずり出された国民たちは、魔物たちに襲われ、何人も殺されており、いくつもの亡骸が転がっていた。
あぁ、こんなにも人が死んでしまっている……これが全部、僕のせいなんだ……。
トマスは現実を目の当たりにしてショックを受けたが、立ち止まるわけにはいかなかった。
自分はこれから王都を出て、森を抜け、ギルベルト・ガンドールに謝罪をしに行かなければならないのだ。
自らの罪を全て認め、地に頭を擦りつけて、彼らに心からの謝罪を。
それができれば、彼らはきっとこの王都を救いに来てくれると……トマスはそう信じていた。
だけど、それは彼の叶わぬ夢だった。
「うわぁっ!」
突然目の前に人が飛び出してきて、トマスは慌てて馬を止めた。
もう少しで踏み潰してしまうところだったが、そうならずに済み、トマスはほっと息をつく。
「あ、危ないだろうっ! 気を付けてくれ!」
目の前に飛び出してきたのは、二十代後半くらいの若い男で、彼のすぐそばには、妻であろう女性が幼い子供を抱えていた。
男は馬上のトマスを見上げると、
「こんな時に、気を付けてなんかいられるはずないだろう!」
と叫ぶ。
確かにそうかもしれないが、やはり突然目の前に飛び出してくる方が悪いと思う。
しかも、こちらは急いでいるのだ。
「じゃあ、ごめんね。僕は急ぐから」
トマスはそう言って立ち去ろうとしたが、
「待て! どこに行くんだ!」
と、男はトマスの前に立ちふさがった。
「この国を出て、ギルベルト・ガンドールに助けを求めに行くんだよ! 急いでるんだ! どいてくれ!」
「ギルベルト・ガンドールに?」
「あぁ、そうだ! 急いでいるんだ! これは、オウンドーラ王から頼まれた事なんだ!」
オウンドーラ王の名前を出せば言う事を聞いてくれるかと思ったのだが、男はトマスの前に立ちふさがったままだった。
「ギルベルト・ガンドールが、助けに来てくれるはずがないだろう!」
「ど、どうしてだよ! みんな困っているし、一生懸命謝れば、来てくれるかもしれないじゃないか!」
「お前、トマス・コールドだろう! ギルベルト・ガンドールを怒らせた張本人が頼みに行って、助けてくれるはずがないだろう! 余計に怒らせるだけだ!」
「そ、そんな事ない! 僕は反省しているんだ! 改心したんだ! 今度こそ、僕がちゃんと、心から謝ればっ!」
「嘘をつくんじゃない! お前は嘘つきだ! 俺は騙されないぞ! それに、お前が許されるはずがないだろう! お前はオウンドーラ王を騙して馬を手に入れて、ここから一人だけ逃げようとしているだけだろう!」
「そ、そんな事ないっ! 僕は本当にっ……うわっ!」
僕は本当に心から反省しているんだ、改心したんだ!
トマスはもう一度そう言おうとしたのだが、最後まで言い切る事ができなかった。
飛びかかってきた男に手綱を奪われ、馬から引きずり落されてしまったからだ。
そして男は馬に跨り、妻と子供を馬に引き上げると、トマスを置いて走り出す。
「ま、待って! 僕は行かなきゃいけないんだ! この国のために、ギルベルト・ガンドールの元に!」
トマスは必死に叫んだが、男はトマスを無視して走り去ってしまった。
「ど、どうしよう……」
馬を失い、途方に暮れるトマスは、周りを見回して息を呑む。
いつの間にか彼は、魔物たちに囲まれていた。
どうすれば良かったのだろう、と思いながら、トマスは必死に走っていた。
先程、魔物に囲まれた彼は、足元に落ちていた石を魔物たちに投げつけ、その隙に逃げ出した。
逃げなければ、殺される――だけど、人の足では魔物から逃げ切る事など不可能だった。
だから先程の男は、トマスから馬を奪ったのかもしれない。
ただ、馬を手に入れたとしても、無事にこの魔物たちから逃げ切れるとは限らないけれど。
「た、助けてくれ! 誰か!」
走りながら、精いっぱいの声で叫ぶ。
だけど、それに応えてトマスを助けに来てくれる者は、誰も居なかった。
みんな自分の事で精一杯なのだ。
誰にも助けてもらえないなら、やはりトマスには必死に逃げる事しかできなかった。
自分には、兄たちにように戦う力はないのだ。
魔物たちから必死に逃げながら、あの日、魔の森に置き去りにしたベル・ガンドールも、こうやって魔物から逃げ続けたのかもしれないと思う。
明るい昼間でさえ、魔物に追われるのは、こんなにも恐ろしいのだ。
暗い森の中で逃げるは、さぞかし恐ろしかっただろう。
「うわっ!」
瓦礫に足を取られ、トマスは転倒した。
すぐに身を起こそうとしたが、足をくじいてしまったらしく、彼は起き上がる事ができなかった。
どうしてこんな事になってしまったのだろう、とトマスは改めて考える。
そして、自分はどうすれば良かったのだろうかとも。
ベル・ガンドールとの結婚の話が出た時、他に好きな相手が居たとしても、それを諦めて彼女と一緒になり、家庭を築けば良かったのだろうか。
だが、それはできなかっただろうと彼は思う。
だからこそ、トマスは花嫁のすり替えを思いつき実行したのだから。
それなら、最初にベル・ガンドールとの結構の話が出た時に、自分には好きな人が居るから結婚はできないと言うべきだったのかもしれない。
そうすれば、ベル・ガンドールとの結婚の話は、次男であるアランのもとにいき、彼女に想いを寄せていたアランは、ベル・ガンドールと幸せになっただろう。
そして彼女の力でこの国は末永く守られ、繁栄していったに違いないのだ。
アランには申し訳ない事をしてしまった。
もちろん、両親にも、長兄にあるウォルトにも。
そして、ベル・ガンドールにも申し訳ない事をしてしまった。
悪いのは、全て自分――このトマス・コールドだ。
もしもあの時、こうしておけば――今さら考えても仕方がないのはわかっているが、考えずにはいられなかった。
もしも時間を巻き戻す事ができるなら、一年前に戻りたかった。
だが、現実は残酷だ。
今トマスの目の前で、魔物たちがよだれを垂らしながら、大口を開けている。
もう駄目だ。
全てを諦めたトマスは、自分が関わった全ての人々に向けて、呟いた。
「みんな、本当に、ごめんなさい」
それが、トマスが最期に発した言葉だった――。




