第10話・新たな生活
「大丈夫か、ベル……。くそ、あいつ、窓から放り出して地面に叩きつけてやれば良かった……」
濡らしたタオルをベルの顔に当て、フェンリルが言った。
ベルはフェンリルに介抱されながら、先程の出来事は何だったのだろうと考えていた。
ものすごく怖かったけれど、あのトマスという男は一体何がしたかったのだろう。
もしも彼が何かに腹を立てて、感情の赴くままにここに来て自分を殴ったのだとすると、まるで子供のようだ。
トマスが花嫁のすり替えを行わずに、ベルと結婚していたとしても、あんな子供のような性格なら、自分は苦労したのではないだろうかと思う。
「ベル、大丈夫か? 顔、痛いか?」
「うん、まだ痛い……怖かったし……でも……」
「でも?」
「あんな人と一緒にならずにすんで、良かった。私は、フェンリルさんがいい。フェンリルさんのそばに居るのが幸せ……」
「ベル……」
甘えたように逞しい胸に頭をすり寄せると、フェンリルが抱きしめてくれた。
「ベル……明日の朝、ここを出る事にしたらしい。魔の森を抜けたところに滅んだ村があるんだが、そこで新しい生活を始める事にしたんだと」
「滅んだ村?」
「あぁ。魔物に襲われて、滅びた村だ……。そこに拠点……村を作る事にしたらしい。何もないところだが、今度はベルの親父さんも一緒だ」
「嬉しい……。私、そこで、家が作りたい……フェンリルさんと私が棲む家……」
「いいな、それ……一緒に作ろう……」
「うん……」
抱き合う若い二人を見て、いいねぇ、と女将が呟く。
二人だけの世界に入っていたフェンリルとベルは驚いたが、抱き合ったまま笑い合った。
「私も、あんたたちについて行こうかね。新たな村で、宿屋を始めるよ」
「なんだって?」
「女将さん?」
驚く二人に、女将は続けた。
東と西の森を守っていた傭兵たちが居なくなる事は、この王都オフレンドの滅びを意味している事。
オウンドーラ王は大丈夫だと言ったが、自分や一部の者たちは、オウンドーラ王の言葉を信じていない事。
傭兵たちがここを出る時に一緒に行けば、森の外まで安全に行けるであろう事。
新しく村を作るというのなら、そこで新たな生活をしたいと考える者が、増えている事。
「一から村を作るのは大変だと思うけど、一緒に行かせてもらうつもりだよ。これからはよろしく頼むよ!」
そう言った女将に、フェンリルとベルは頷いた。
そして――。
翌日の朝九時、傭兵たちと、約五百人のオウンドーラの国民たちは、オウンドーラ王を信じる者たちから哀れな目を向けられながら、王都オフレンドを出て行った。




