第9話・逆恨み
オウンドーラ王の元に国民たちが押しかけていた頃、コールド伯爵家にも、国民たちが押しかけていた。
オウンドーラ王の元に向かったのは、王の言葉を聞いて安心したいと考えていたものが大半だったが、コールド伯爵家へと向かった者たちは、違っていた。
彼らは東と西の森の砦を守っていた傭兵たちの大切さを理解し、そしてギルベルト・ガンドールに感謝していた者たちだったのだ。
「コールド伯爵! あんたの息子は、ギルベルトさんの娘さんに、なんてひどい事をしたんだ! あんたの息子のせいで、ギルベルトさんたちがこの国から手を引くんだ! 一体どうしてくれるんだ!」
「そうだ、あんたたちは息子を、どんな育て方をしたんだ! 可哀想に、ギルベルトさんの娘さんには、ひどい傷が残っているそうじゃないか! ギルベルトさんが怒るのも無理はない! 全部あんたたちのせいだ!」
コールド伯爵家は、明け方近くまで国民たちから罵声を浴びせられていた。
トマスの父親であるエドモントは、屋敷の扉を閉め、窓を閉め、カーテンを閉めて、体調を崩した妻をベッドに寝かせ、自分は固く目を閉じて耳を塞ぎ、この嵐のような夜が過ぎ去るのを待った。
長男であるウォルトは、三男のトマスにずっと説教をしていた。
お前が全て悪いのだ、お前が花嫁のすり替えなんてするからこんな事になったのだと、トマスは一晩中説教をされ、責められ続けた。
朝を迎え、屋敷を囲んでいた国民たちが居なくなり、ウォルトの説教はやっと終わった。
トマスは解放されて息をついたが、自分だけが責められ続けた事に、納得ができなかった。
昨日の王宮でのやり取りを思い出す限り、最終的にギルベルトたちを怒らせたのは、自分ではなくオウンドーラ王の方だと思うし、自分とベル・ガンドールとの結婚を決めたのは、父親であるエドモンドだった。
確かに、ベル・ガンドールを殺そうとして花嫁のすり替えを行い、ギルベルトを騙して金を騙し取り続けていたのはトマスだが、今回の件は自分だけが悪いわけではないと彼は思っていた。
「あぁ、イライラする! どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!」
一方的に責められ続けたトマスのストレスは、相当なものだった。
「そうだ、僕がこんな目に遭うのは、あいつのせいだ! ギルベルト・ガンドールの娘の、ベル・ガンドールのせいだ! あの女に復讐しなければ気が済まない!」
ストレスの溜まったトマスは、怒りの矛先をベル・ガンドールへと向けた。
屋敷を囲んでいた国民たちの話では、彼女はまだこの王都に居るらしい。
トマスは変装すると屋敷の裏口から抜け出し、ベルが滞在している宿へと向かった。
ベルが滞在している宿へ辿り着いたトマスは、裏口から中に入り込み、客室のある二階へ足を向けた。
この宿屋は王都オフレンドで一番大きな宿屋で、三階まであるから、ベルがどこにいるかわからない。
まだ宿の客は寝ている者が多いようだが、各部屋には鍵がかかっているだろうし、一つずつ確かめるわけにはいかなかった。
だが、しばらく客室の廊下で待っていると、水差しを持った宿の女将が上がってきた。
トマスが影に隠れて見ていると、女将はある部屋のドアをノックし、その部屋から姿を現したのは、昨日ベルを抱いていた西の森の傭兵、フェンリルだった。
「ベルちゃんの様子はどうだい? 水を持ってきたんだけど、熱は下がったかい?」
「あぁ、だいぶ下がってきたよ」
「そうかい、良かったよ。ねぇ、温かいお湯とタオルでも用意しようか? 体を拭いておやりよ」
「ありがとう。取りに行くよ」
フェンリルは水差しを受け取ると一度部屋に戻ったが、部屋を出て女将の後を追いかけて行った。
ベルの居る部屋を見つけたトマスはニヤリと笑うと、中に入り込む。
「見つけた……」
ベッドに横になっているベルは、眠っているようだった。
トマスは、フェンリルが戻ってきても、中に入って来られないように鍵をかけると、持っていたハンカチでベルの口を塞ぎ、スカーフでベルの両手をひとまとめにした。
「ふ、ううっ」
目を覚ましたベルは、トマスの顔を見て目を見開いて驚き、がたがたと震えた。
彼女のその様子を見て少し気分が良くなったトマスは、
「全部お前が悪いんだ」
と呟くと、拳を握り、彼女に馬乗りになって殴りつけた。
「お前が、お前が、お前が全部悪いんだ! お前なんかとの結婚を言い渡された事で、僕の人生はめちゃくちゃだ!」
トマスはそう言うと、怯え、抵抗できないベルを何度も殴りつけた。
「ベル! くそ、なんで鍵がかかってるんだ! ベル! どうした! 何があった!」
ドアの向こうから、焦ったようなフェンリルの声が聞こえた。
どうやら戻ってきたらしかったが、鍵をかけたからあの男は部屋の中に入って来る事はできないだろう。
トマスはその間に、ベルを思い切り傷つけてやろうと思っていた。
だがーー。
「ベル!」
バキ、という激しい音と共に、ドアは簡単に吹き飛んだ。
再びベルを殴ろうと腕を振り上げていたトマスは、吹き飛んだドアを見、ぽかんと口を開けた。
「てめぇ、何やってんだぁ!」
吹き飛んだドアから目を離せずにいたトマスの視界が、ぐにゃりと歪む。
どうしたんだろうと考える間もなく、背中に痛みが走り、トマスは醜いうめき声を上げた。
フェンリルに襟首を掴まれて、思いきり床に叩きつけられたのだ。
「うぎゃぁっ! い、痛いっ! 何をするんだっ!」
「それは、こっちのセリフだ!」
フェンリルは床に転がるトマスの腹を蹴りつけると、ベルの元へと向かった。
口と手の戒めを解いて、殴られた頬を両手でそっと包み込み、華奢な体を抱きしめる。
「ちょっとっ! あ、あんたはコールド伯爵家の馬鹿息子!」
早朝の騒ぎに、宿の女将が部屋に駆け込んできた。
トマスは蹴られた腹を押さえながら、女将を突き飛ばして外に飛び出した。
「ちょっと、誰か、そいつを捕まえて! コールド伯爵家の馬鹿息子だよ! あいつがうちのお客さんの部屋に忍び込んだんだ!」
女将が大声で叫んだせいで、人が集まりかけたが、まだ早朝だったため、トマスは逃げ切る事ができた。
コールド伯爵家に向かわず、つい先日までトマスが愛するベルと過ごしていた家に向かったのが良かったのかもしれなかった。




