第2話・オウンドーラ王とトマス
ベルが生きていた事を喜んだのは、彼女を愛するギルベルトたちだけではなく、オウンドーラ王や、コールド伯爵夫妻とその息子たちも、心の底から喜んでいた。
彼らは、ベル・ガンドールが生きていたのだから、ギルベルト・ガンドールの怒りはなんとか収まるだろうと考えていたのだ。
「ギルベルト・ガンドールよ! 姪が見つかって良かったな! フェンリル・エンベリーも、よくぞギルベルト・ガンドールの姪を保護してくれた! そなたたちを褒めて遣わす!」
オウンドーラ王は、そう言うとギルベルトとフェンリルを見つめた。
「ギルベルト・ガンドールよ! 捜していた姪が無事に見つかったのだ! どうか機嫌を直して、これからの東の森の砦を守ってくれないか? そしてフェンリル・エンベリーよ! 今回の働きにより、お前たちの傭兵としての契約金は、今までの三倍にしてやろう! これからも西の森の砦を守ってくれ!」
晴れやかな声でオウンドーラ王は言ったが、ギルベルトとフェンリルだけでなく、この場に居た傭兵全員が、オウンドーラ王へ冷たい視線を送った。
彼らは、この王は何を言っているのだと、呆れていた。
「ベルが、無事、だと?」
地を這うような低い声でギルベルトが言い、その声の低さに、オウンドーラ王は、体を震わせた。
「ぶ、無事だったではないか! 生きてそなたの元に戻ったではないか!」
「ベルのこの姿の、どこが無事なのだ!」
オウンドーラ王は、視線をフェンリルに抱かれたままのベルへと移した。
先ほどフェンリルは、ベルの事をなんと説明していただろうか。
オウンドーラ王は、ベルが生きていた事で、森の砦から手を引こうとするギルベルトやフェンリルをどう繋ぎ止めるかで頭がいっぱいで、よく聞いていなかった。
ベルは顔色も悪く、顔には右頬から左目の下あたりまで、斬りつけられた醜い傷跡があった。
体が不自由なのだろう、自分で立つ事ができないのか、ずっとフェンリルの腕に抱かれている。
あの顔、あの体では、もう嫁の貰い手などないだろう。
オウンドーラ王は、ちらりとコールド伯爵へと向けた。
ギルベルトの姪であるベルがあのような体になったのは、全てコールド伯爵家が原因だった。
今度こそ、あの娘をコールド伯爵家に面倒を看させればいい。
三男のトマスは駄目だろうが、次男のアランなら大丈夫だろう。
アランは王立騎士団に所属していて、その仕事ぶりは真面目で誠実そのものだとオウンドーラ王は聞いていた。
それに、アランはベルの事を好きだったらしい。
弟がしでかした事が原因なのだから、ベルがあんな醜い姿になっているとしても、アランなら彼女を大切にして一生面倒を看るだろう。
だが、オウンドーラ王がそれをギルベルトに提案する前に、先に口を開いた者がいた。
オウンドーラ王よりも先に発言したのは、トマスだった。
「やぁ、ベル! 君が無事で居てくれて、良かったよ! すごく嬉しい!」
トマスの場違いなほどに明るい声は、その場を凍りつかせ静かにさせた。
だが、空気が読めないのか、明るい声でトマスはそのまま言葉を続ける。
「君が無事で、本当に良かった! ただ、そんな体になってしまって、大変だね。でも心配しなくていいよ。これからは僕が君の面倒を看るから。だって僕は、君と結婚をした、君の夫なんだからね!」
トマスもまたオウンドーラ王と同じように、必死だったのだ。
トマスがベルに対して行った悪行は、すでに全て暴かれてしまっている。
だから彼は、自分の保身のために、生きていたベル・ガンドールを巧みに丸め込まなければならなかった。
彼は、今ここでベルを丸め込みさえすれば、また今まで通りの生活ができると思っていた。
おそらく、オウンドーラ王や父親であるコールド伯爵も、ギルベルト・ガンドールを繋ぎ止めるために、ベルの身柄を手中に収めようとするだろう。
それは、今度こそベルの身の安全と幸せを保証し、ベルの面倒を看るという名目で責任を取るという形での結婚に違いない。
そして、オウンドーラ王やコールド伯爵がその相手に選ぶのは、間違いなくベルを愛していたと言った、トマスの兄であるアランだろう。
だから、トマスは誰よりも先に、ベルにアプローチをしなければならなかった。
兄アランに、ベルを奪われるわけにはいかないのだ。
「ひっ……」
ギルベルトや親友たちに再会し、幸せそうに笑っていたベルは、髪のように真っ白な顔色になった。
ベルにとって、トマスはあの日の恐怖そのものだった。
記憶を思いだしたばかりの彼女は、まるで昨日の事のように、馬車の中でニヤニヤと気持ち悪く笑うトマスに斬りつけられた事を覚えていた。
「やっ……あっ……」
がたがたと震えるベルは、身を隠すように顔をフェンリルの逞しい胸に押し付け、固く目を閉じた。
ベルの様子に気づいたタイラーとマディは、ベルを庇うようにして前に立ち、トマスを睨みつけた。
「あなたは、なんて恥知らずなんですか! ベルがこうなったのは、あなたのせいでしょう!」
そう叫んだタイラーに、トマスは頷いた。
「確かにそうかもしれないけれど、あの時の僕は、どうかしていたんだ。だけど、僕は気づいたんだ。僕が本当に愛していたのは、ベル・ガンドール、君だって事に。それに、そんな体になってしまったのだから、君の面倒を看るのはみんな大変だろうし、誰の元にもお嫁になんかいけないだろう? だから、僕が彼女を引き受けてあげる。だって、彼女は僕と結婚した、僕の妻なんだからね」
顔に傷があり、体も不自由な女の面倒など、誰も看たくないだろう。
それがオウンドーラ王とトマスの共通の解釈考えだったのだが、それはあっさりと否定された。




