第3話・フェンリルの気持ち、ベルの勇気
「黙って聞いてりゃ、テメェは一体誰なんだ。なんでベルをお前なんかに渡さないといけねぇんだ!」
トマスに向かってそう言ったのは、ベルをずっと抱いていたフェンリルだった。
トマスは驚いたようにフェンリルを見ると、言った。
「だ、だって、ベルはそんな不自由な体じゃないか。顔にだって、醜い傷がついている。そんな姿じゃ、誰も彼女を愛さないだろう? だから、一年前に彼女と結婚をした正式な夫である僕が、彼女の面倒を看てあげるって言っているんだ。あなただって、ベルをずっと抱いていて、迷惑しているんじゃないのか?」
トマスの言葉に、フェンリルの腕の中で、ベルは大きく体を震わせた。
トマスへの恐怖で、彼の言葉はベルの胸に鋭い矢となって突き刺さっていた。
やはり自分の存在は、フェンリルにとって迷惑になっているのではないか……トマスの言う通りなのではないか、と、不安になる。
「ベル、何を動揺してるんだ」
フェンリルは深いため息をつくと、腕の中のベルに言った。
「俺の気持ちを疑うな。傷つくだろう」
「フェンリルさん……」
ベルはフェンリルの腕の中から、彼を見上げた。
フェンリルはいつも通りの優しいまなざしで、彼女を見つめていた。
「俺は、絶対にお前を手放したりしない。例え引き離されたとしても、地獄の果てにだって捜しに行って、必ず取り戻す……」
「フェンリルさんっ……ごめんなさいっ……」
ベルはフェンリルの首に腕を回し、今の彼女の精一杯の力でフェンリルに抱き着いた。
「私も、どこに行っても必ずあなたのところに戻ります……。それができないなら、何があってもあなたを信じて待っています……」
「あぁ、そうしてくれ」
フェンリルはそう言うと、少し力を込めてベルの細い体を抱きしめた。
そしてトマスを見下ろすと、
「と、いうわけだ。ベルは俺の女だ。俺のそばから離さないし、俺が面倒を看る。お前になんて渡さない」
と言い放つ。
「な、なんだって? その女と結婚したのは、ぼ、僕なんだぞ! そうだ、正式な夫は、僕なんだ!」
「何を言っているんですか! あなたは私を西の森へと連れ込んで、殺そうとしたくせに!」
怯えて震えていたベルは、フェンリルの腕の中、勇気を振り絞ってトマスを睨み付けた。
「この顔の傷だって、あなたがナイフで斬りつけた時のものです。あなたはあの時一緒にいた女性と自分の幸せのために、私に死んでくれと言って、斬りつけてきた。私は、あなたのものなんかじゃない! このフェンリルさんのものよ! あなたのところになんか、絶対に行かない!」
「なんだと! この傷だらけの醜い女が、生意気を言いやがって!」
ベルと言い合いになったトマスは頭に血が上り、思ったままを口にした上、彼女に飛びかかろうとした。
だが、その前にタイラーに捕まり、冷たい床に押さえつけられる。
「ベル、カッコ良かったぜ! ベルは強くて、そして綺麗だな」
トマスを言い負かしたベルを見つめ、フェンリルが言った。
ベルは、
「あなたがそばに居てくれたからです!」
と言って、笑顔でフェンリルに笑いかけた。
互いを見つめて笑い合う恋人たちを見て、オウンドーラ王は次の策を練り直さなければと考えていた。
フェンリルとベルが恋仲になっていたとは、想定外だった。
この展開では、先程考えたコールド伯爵家次男のアランとベルの結婚の件を、言い出す事ができない。
だが、ギルベルトは姪のベルをとても大切に想っている。
だからこそギルベルトは、ベルの身柄を危険な東の森の第一砦から、この王都オフレンドに移そうとしたのだ。
フェンリルは傭兵だ。つまり、彼のそばに居るという事は、ベルの身に危険が及ぶ事もあるだろう。
だから、いくらフェンリルとベルが好き合っていようが、ギルベルトがフェンリルとベルの仲を反対する可能性がある。
もしもギルベルトが二人の仲を反対すれば、改めてアランとベルの話を持ち掛けてみよう。
考えがまとまったオウンドーラ王は、ちらりと視線をトマスへと向けた。
貧弱なトマスはまだタイラーに床へと押し付けられたまま、じたばたと足をばたつかせる事しかできないらしい。
先程の言動から、オウンドーラ王は、トマスは本当にクズだと思った。
しかもおまけに体も貧弱で、大した仕事もしていない、役立たずだ。
だが、今となっては、それでいい。
トマスがクズで役立たずな分、兄であるアランの良さがより引き立つだろう。
「ギルベルトさん……」
フェンリルがギルベルトに声をかけた。
ギルベルトはずっと、フェンリルとベルを見つめていた。
「ギルベルトさん、頼みがある。俺は、ベルを愛している。だから、ベルを俺にくれ。何があっても、俺はベルを守って共に生きていくから」
「ギルベルトお父さん、私からもお願いします。私も、フェンリルさんを愛しています」
真剣なフェンリルとベルの言葉を聞いて、ギルベルトは二人を見つめたまま、黙って考え込んでいるようだった。
その様子を見ながら、オウンドーラ王は、拒め、拒め、と何度も思った。
「ベル、その男は傭兵だ。そばに居れば、危険な目に遭う可能性もあるぞ」
「構いません! だって私は、森の砦での生活が、大好きだから! それに、フェンリルさんと一緒に居られるのなら、私はどこででも生きます。この人のそばで、彼と共に生きていきたいの」
ベルの言葉を聞いて、ギルベルトはまた考え込んだようだった。
ベルはフェンリルを望んではいるが、やはりギルベルトは首を横に振るだろうとオウンドーラ王は思っていた。
だがーー。
「あぁ、わかった」
と、ギルベルトは頷いた。
オウンドーラ王は耳を疑い、目を見開いた。
「あぁ、わかった。フェンリル、ベル、私は二人を祝福しよう。ベルがフェンリルを望むのなら、私はその望みを、全力で叶えよう」
ギルベルトはフェンリルとベルを見つめ、そう言うと深く頷いた。




