第14話・告白
作った料理は、全てなくなった。
この砦のみなさんに美味しいって言って食べてもらえて、頑張って作ったか甲斐があったと思う。
片付けを終えた後も、私は魔豚をハムにするために、一人で厨房に残っていた。
「魔豚のハムの作り方……やっぱり私、全部覚えている……」
ハムの仕込みを終えて、私は深い息をついた。
美味しいハムの作り方を思い出せたのは嬉しいけれど、私は自分がこれから少しずつ、いろんな事を思い出していくであろう事を感じていた。
本来なら、それは喜ばしい事のはずだった。
でも、今の私はそれを、嫌だと思っていた。
これ以上記憶が戻らなければいいのにと思う。
私はどんな人間だったのだろう?
何故あの日、西の魔の森に一人で居たのだろう?
顔の傷は、誰に、どういう理由で付けられたものなのだろう?
記憶を取り戻せば全てわかる。
だけど、私は、それが怖かった。
怖くて桑くて、仕方がなかった。
「ベル、寝ないのか? まだ終わらないのか?」
厨房のドアが軽くノックされて、フェンリルさんが顔を覗かせた。
「ベルはまだ病み上がりなんだから、もう体を休めた方がいい」
「あ、はい、ありがとうございます」
「疲れただろう? 大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
フェンリルさんはとても優しいけど、かなり過保護でもある。
やはり彼は私に、妹さんを見ているのだろうか。
でも、私の名前を決めたとき、フェンリルさんは、私の事を妹じゃないって言っていた。
あれはどういう意味だったんだろう?
「メシ、本当に美味かった。ありがとうな、ベル。みんな喜んでたよ」
「いえ、喜んでいただけて、私も嬉しいです」
「記憶……料理をしたからか、何か少し思い出したみたいだな」
はい、と頷くと、フェンリルさんは苦笑した。
「こうやって、ベルは少しずつ記憶を取り戻していくんだろうな」
「そう、ですね」
確かに、今日の料理の時みたいに、私はふとした事から記憶を取り戻していくのかもしれない。
記憶が戻れば、もうここには居られないだろうか。
今の私が忘れてしまっている、私が以前いたどこかに、戻らなければならないのだろうか。
もう、フェンリルさんのそばには、居る事はできないのだろうか。
「ベルが作った料理、すごく美味かったから、また食いたいけど……気軽に頼み辛いな」
「え?」
「ベルはきっと、思い出したら、ここから出て行くだろう?」
フェンリルさんの言葉に、私は驚いた。
どういう意味なんだろう?
「多分ベルは、誰かが大事に育てたお嬢さんだ……もしかすると、恋人とか居たかもしれない……」
「え? え?」
私に恋人? 多分、居なかったとは思うけれど、記憶のない私には、真実はわからなかった。
「悪い、変な事を言ったな。ベルが記憶を失ったままなら、このまま一緒に居られるんじゃないかって思っちまったんだ」
フェンリルさんはまた苦笑しながらそう言ったが、その言葉を聞いた私の胸は高鳴った。
もしかして、私がフェンリルさんのそばに居たいと思っているように、フェンリルさんも私のそばにいたいと思ってくれているの?
「私も、このまま記憶が戻らなければいいって、思ってしまいました……」
思い切って自分の今の気持ちを口にすると、フェンリルさんは驚いたようだった。
「ベル……自分の言葉の意味、ちゃんとわかっているのか?」
「わかって、います。早く記憶を取り戻さないと、この砦のみなさんに、ずっと迷惑をかける事になるってずっと思っていたけど……私、記憶を取り戻したくないって、思っているんです……」
「ベル……」
私の言葉に、フェンリルさんは本当に驚いているようだった。
呆れられているのかもしれないと思いながら、私はさらに言葉を続ける。
「私、思い出すのが、怖いんです……。自分がどんな人間だったのか、どうしてあの日、魔の森に一人で居たのか、そして、誰にこの傷をつけられたのか……」
顔には今も大きな傷跡が残っている。
今の私はこの傷跡を受け入れる事ができたけれど、記憶を取り戻せばきっとまたショックを受けるだろう。
「思い出したくない……それに私、ここにずっと居たいんです……」
「ここに?」
私は頷いた。
正確には、フェンリルさんのそばに居たい。
「それは、過去を捨てる覚悟があるって事か? ベルを待ってる奴が居るかもしれないのに? ベルが好きな男だって居たかもしれないのに?」
「そんな人が居たかどうかなんて、どうでもいいです。前の自分なんか、知らないし要らない! 私は、ここに……あなたのそばに……」
あなたのそばに居たい。
そう言おうと思ったけど、できなかった。
一気に私との距離を詰めたフェンリルさんが、私を強く抱き締めたからだ。
「いいのか? そんな事言ったら、離してやれないぞ?」
「離さないでください。だって私は、ここに居たいんだから……。私、あなたと、離れたくないんです……」
とうとう自分の本当の気持ちを言ってしまった。
だけど、私を抱き締めるフェンリルさんの腕の力が強まったから、拒まれていないのだとは思う。
「ベルが、好きだ」
頭の上からその言葉が聞こえた瞬間、涙が零れてしまった。
嬉しさと、安心と……とても幸せな気持ちになる。
「最初は、魔物に教われて死にかけていたベルが、同じように魔物に襲われて死んだ妹と重なっていた。でも、必死に魔物と戦っていた姿や、俺の傷を治した時の事を思い出せば、ベルと妹は全く違ってた。妹は魔物の前で、何もできなかったんだ。俺はベルをすごい女だと思う。でも、守ってやりたいとも思う……」
「フェンリルさん……」
「お前を、愛してる……。だから、思い出せない過去なんて、捨ててくれ。それで、俺と生きてくれ。俺のそばに、居てくれ……」
「はいっ……」
頷く他に、答えはなかった。
厨房のドアの向こうから拍手や口笛が聞こえて、私とフェンリルさんは顔を見合わせて、声を上げて笑った。




