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コールド伯爵令息の身勝手な愛は、一国を滅ぼす  作者: 明衣令央
第2章:ベル・ガンドール

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第14話・告白


 作った料理は、全てなくなった。


 この砦のみなさんに美味しいって言って食べてもらえて、頑張って作ったか甲斐があったと思う。




 片付けを終えた後も、私は魔豚をハムにするために、一人で厨房に残っていた。




「魔豚のハムの作り方……やっぱり私、全部覚えている……」




 ハムの仕込みを終えて、私は深い息をついた。


 美味しいハムの作り方を思い出せたのは嬉しいけれど、私は自分がこれから少しずつ、いろんな事を思い出していくであろう事を感じていた。


 本来なら、それは喜ばしい事のはずだった。


 でも、今の私はそれを、嫌だと思っていた。


 これ以上記憶が戻らなければいいのにと思う。




 私はどんな人間だったのだろう?


 何故あの日、西の魔の森に一人で居たのだろう?


 顔の傷は、誰に、どういう理由で付けられたものなのだろう?




 記憶を取り戻せば全てわかる。


 だけど、私は、それが怖かった。


 怖くて桑くて、仕方がなかった。




「ベル、寝ないのか? まだ終わらないのか?」




 厨房のドアが軽くノックされて、フェンリルさんが顔を覗かせた。




「ベルはまだ病み上がりなんだから、もう体を休めた方がいい」




「あ、はい、ありがとうございます」




「疲れただろう? 大丈夫か?」




「はい、大丈夫です」




 フェンリルさんはとても優しいけど、かなり過保護でもある。


 やはり彼は私に、妹さんを見ているのだろうか。


 でも、私の名前を決めたとき、フェンリルさんは、私の事を妹じゃないって言っていた。


 あれはどういう意味だったんだろう?




「メシ、本当に美味かった。ありがとうな、ベル。みんな喜んでたよ」




「いえ、喜んでいただけて、私も嬉しいです」




「記憶……料理をしたからか、何か少し思い出したみたいだな」




 はい、と頷くと、フェンリルさんは苦笑した。




「こうやって、ベルは少しずつ記憶を取り戻していくんだろうな」




「そう、ですね」




 確かに、今日の料理の時みたいに、私はふとした事から記憶を取り戻していくのかもしれない。


 記憶が戻れば、もうここには居られないだろうか。


 今の私が忘れてしまっている、私が以前いたどこかに、戻らなければならないのだろうか。


 もう、フェンリルさんのそばには、居る事はできないのだろうか。




「ベルが作った料理、すごく美味かったから、また食いたいけど……気軽に頼み辛いな」




「え?」




「ベルはきっと、思い出したら、ここから出て行くだろう?」




 フェンリルさんの言葉に、私は驚いた。


 どういう意味なんだろう?




「多分ベルは、誰かが大事に育てたお嬢さんだ……もしかすると、恋人とか居たかもしれない……」




「え? え?」




 私に恋人? 多分、居なかったとは思うけれど、記憶のない私には、真実はわからなかった。


 


「悪い、変な事を言ったな。ベルが記憶を失ったままなら、このまま一緒に居られるんじゃないかって思っちまったんだ」




 フェンリルさんはまた苦笑しながらそう言ったが、その言葉を聞いた私の胸は高鳴った。


 もしかして、私がフェンリルさんのそばに居たいと思っているように、フェンリルさんも私のそばにいたいと思ってくれているの?




「私も、このまま記憶が戻らなければいいって、思ってしまいました……」




 思い切って自分の今の気持ちを口にすると、フェンリルさんは驚いたようだった。




「ベル……自分の言葉の意味、ちゃんとわかっているのか?」




「わかって、います。早く記憶を取り戻さないと、この砦のみなさんに、ずっと迷惑をかける事になるってずっと思っていたけど……私、記憶を取り戻したくないって、思っているんです……」




「ベル……」




 私の言葉に、フェンリルさんは本当に驚いているようだった。


 呆れられているのかもしれないと思いながら、私はさらに言葉を続ける。




「私、思い出すのが、怖いんです……。自分がどんな人間だったのか、どうしてあの日、魔の森に一人で居たのか、そして、誰にこの傷をつけられたのか……」




 顔には今も大きな傷跡が残っている。


 今の私はこの傷跡を受け入れる事ができたけれど、記憶を取り戻せばきっとまたショックを受けるだろう。




「思い出したくない……それに私、ここにずっと居たいんです……」




「ここに?」




 私は頷いた。


 正確には、フェンリルさんのそばに居たい。




「それは、過去を捨てる覚悟があるって事か? ベルを待ってる奴が居るかもしれないのに? ベルが好きな男だって居たかもしれないのに?」




「そんな人が居たかどうかなんて、どうでもいいです。前の自分なんか、知らないし要らない! 私は、ここに……あなたのそばに……」




 あなたのそばに居たい。




 そう言おうと思ったけど、できなかった。


 一気に私との距離を詰めたフェンリルさんが、私を強く抱き締めたからだ。




「いいのか? そんな事言ったら、離してやれないぞ?」




「離さないでください。だって私は、ここに居たいんだから……。私、あなたと、離れたくないんです……」




 とうとう自分の本当の気持ちを言ってしまった。


 だけど、私を抱き締めるフェンリルさんの腕の力が強まったから、拒まれていないのだとは思う。




「ベルが、好きだ」




 頭の上からその言葉が聞こえた瞬間、涙が零れてしまった。


 嬉しさと、安心と……とても幸せな気持ちになる。




「最初は、魔物に教われて死にかけていたベルが、同じように魔物に襲われて死んだ妹と重なっていた。でも、必死に魔物と戦っていた姿や、俺の傷を治した時の事を思い出せば、ベルと妹は全く違ってた。妹は魔物の前で、何もできなかったんだ。俺はベルをすごい女だと思う。でも、守ってやりたいとも思う……」




「フェンリルさん……」




「お前を、愛してる……。だから、思い出せない過去なんて、捨ててくれ。それで、俺と生きてくれ。俺のそばに、居てくれ……」




「はいっ……」




 頷く他に、答えはなかった。


 厨房のドアの向こうから拍手や口笛が聞こえて、私とフェンリルさんは顔を見合わせて、声を上げて笑った。

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