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コールド伯爵令息の身勝手な愛は、一国を滅ぼす  作者: 明衣令央
第2章:ベル・ガンドール

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第15話・本当の名前


 フェンリルさんと想いを通わせてからは、私は記憶を取り戻す事に怯える事なく、毎日を過ごしていた。


 西の砦のみなさんは私とフェンリルさんが恋人同士になった事を祝福してくれたし、時には魔物の襲撃に遭うなどして、危険な目に遭う事もあったけれど、私は幸せだった。


 


 そんなある日の事。


 私はフェンリルさんに、この西の砦を出たら、どこか行きたいところはあるかと、聞かれた。


 どこか行きたいところーー私は考えてもすぐには思い浮かばなかった。


 だって私はこの砦が好きだったし、フェンリルさんのそばに居られれば、それで良かったからだ。




「何か、あったんですか?」




 そう尋ねると、答えてくれたのは、チェスターさんだった。




「実はね、オウンドーラ王国との契約が、二ヶ月ほど前に終わってた事に、気づいちゃったんだよねぇ」




「契約?」




「そう。俺たち傭兵と、オウンドーラ王国の契約……俺たちはオウンドーラ王国と二年契約で、この西の森の砦を守っていたんだけどさ、それが二か月ほど前に切れてて、簡単に言うと、二か月間、タダ働きしてたんだよねぇ」




 チェスターさんは笑いながら言ったけれど、フェンリルさんや他のみなさんは、呆れたような表情でチェスターさんを見ていた。




「オウンドーラとの契約関係は、チェスターが担当していたんだけどな、こいつ、ころっと忘れていたらしい」




「そうそう、俺、ころっと忘れてたんだよねぇ。ほら、この魔の森にずっと居ると、日にちの感覚がどんどん薄れていくからさぁ」




 そう言ったチェスターさんの頭に、フェンリルさんが軽く拳骨を落とす。




「まぁ、向こうからこちらの様子を見にきたり、契約更新を言って来ない事を考えると、もうここに居る必要もないかと思っているんだが」




 つまり、フェンリルさんたちは近いうちに、この西の砦を出ようとしているらしい。




「どこに行っても、ベルは俺と一緒に来てくれるよな?」




 とフェンリルさんに聞かれた私は、もちろんと頷いた。


 フェンリルさんが私を望んでくれる限り、私はどこだって彼についていく。




「元々さ、オウンドーラ側は、俺たちの事をあんまり信用していないんだよね。東の森の砦にも、同じように傭兵たちが居るんだけどさ、そっちと比べると、待遇が悪いの」




「まぁ待遇の事は、オウンドーラとの付き合いの長さの差かもしれないが、契約更新の話もしに来ない現状を考えると、俺たちの事は気にも留めていないんだろうな」




「そうだね。もしくは、傭兵を雇う必要がなくなったのかも」




「じゃあ、オウンドーラ王に話を通したら、俺たちはさっさとここを出るか。あ、でも、一応、東の砦の方にも話を通した方がいいか?」




「そういえば、あっちの砦には、ちゃんとした医者が居たっけ? だいぶ良くなったみたいだけど、ベルちゃんの体、一回見てもらおうか?」




 ちらりとチェスターさんが私へと視線を向けた。


 私の体は目覚めた時に比べてだいぶ動くようにはなってはいたけれど、まだゆっくりとしか動かす事ができなかった。


 多分、完全に元通りにはならないのではないかと思う。




「じゃあ俺、明日にでも東の砦に行って来ようかな。オウンドーラ王国の情報も聞けるかもしれないし、もしかすると、こっちの砦にも、あっちの人間に入ってもらう事にもなるかもしれないしさ。ギルベルトさんやダンカンさんと、話をしてくるよ」




「ギルベルト?」




 その名前を聞いた瞬間、どくん、と胸が大きく鳴った。


 私はこの名前を知っているような気がが――いや、絶対に知っていると思った。




「あぁ、東の砦を仕切ってる男が、ギルベルト・ガンドールっていう男なんだが……ベル? どうした? お前、顔色が……」




「ギルベルト・ガンドールッ……」




 そう、私は、この名前を知っていた。


 この名前の人は、私にとって掛け替えのない人で、その姿を鮮明に思い出させた。




「ベル?」




 突然頭が割れるように痛み、一人で立っていられなくなった私は、その場に崩れ落ちるように倒れてしまった。




「ベル! ベル、どうした! しっかりしろ!」




 倒れた私に駆け寄って抱き起してくれた男性が、何度も名前を呼ぶ。


 彼は泣きそうな声で、ベル、ベル、と私の名前を呼び続け、私は力なく何度も頷いた。


 その名前は確かに私のものだから。


 だけど、この人は一体、誰なのだろう?


 彼が泣きそうになっているのが、とても辛い。




「フェンリル、水!」




「あぁ!」




 別の男の人からコップを受け取った人――フェンリルさんと呼ばれた人が、コップの中の水を口に含むと、口づけてきた。


 あぁ、そうだ。この人はフェンリルさん。


 私が記憶を失っていた間、ずっとそばに居て支えてくれた人。


 私が心の底から、本当に愛した人だ。


 大丈夫、私は、フェンリルさんの事を、覚えている。


 そして、この西の砦の人たちの事も、覚えている。




「フェンリル、さん……」




「ベル、大丈夫か?」




「は、い……」




 私が頷くと、フェンリルさんはひとまず安心したようで、ほっと息をついた。


 フェンリルさんは、本当に優しい人だと思う。


 私が記憶を取り戻した事を知ったら、彼は傷つくだろうか。


 過去を捨てると言ったけれど、全てを思い出してしまった私を、彼は許してくれるだろうか。


 全てを思い出しても、全てを思い出した今だからこそ、私が愛しているのはフェンリルさんだけなのだと、わかったのだけれど。


 


「フェンリル、さん……」




「どうした?」




「ベル、は、私の、名前、です……」




「え?」




「私、全部、思い出しました……。東の砦を守る、ギルベルト・ガンドールは、私の、父です……」




「どういう事だ?」




 ずきり、と頭が痛んで、私は顔をしかめた。


 だけど、痛みを堪えながら、思い出した事を必死に口にする。




 私の名前は、ベル・ガンドール。


 東の砦を守る、ギルベルト・ガンドールの姪。


 私は東の森の砦で、伯父であるギルベルト・ガンドールに育てられた。


 ギルベルト・ガンドールは伯父だけれど、私は彼を本当の父親のように思っていた。




「ベル、辛そうだ。無理をするな。今日はもう、休め……」




 フェンリルさんは私を抱き上げると、私と二人で使っている部屋に向かおうとしたが、私は首を横に振った。


 全てを思い出した今、伝えなくてはならない。


 そして、私が生きている事を、ギルベルトお父さんに知らせてもらわなくてはならない。




「話なら、部屋で聞く。とりあえず体を横にしよう」




 フェンリルさんはそう言うと、私を強引に部屋へと連れて行った。


 そして私をベッドに寝かせると、話を聞いてと繰り返す私に、




「ほら、ちゃんと話を聞くから」




 と言って、手を握ってくれる。


 フェンリルさんの後ろには、チェスターさんとエリスさんも居てくれた。




「もちろん、辛かったら眠ればいい。話せる時に話してくれればいいから」




 フェンリルさんはそう言ったけど、私は首を横に振った。


 そして私は自分に起こった悲劇を、震えながら、だけど優しい西の砦の傭兵たちに見守られながら、ゆっくりと話し始めた。



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