第11話・禁呪
半年前、オウンドーラ王国の西の森の中で、魔物に襲われて死にかけていた私を、フェンリルさんは二度助けてくれたらしい。
一度目は、魔物から助けてくれた時。
そして二度目は、死にかけていた私を、特別な回復呪文で助けてくれた時。
その事を私に教えてくれたのは、チェスターさんだった。
彼は顔の傷の事を教えてくれた翌日、私に謝りに来てくれたのだ。
「あのさ、昨日は、無理をさせてごめんね。体の方も記憶も、ゆっくり戻していこうね」
「い、いえ、大丈夫です。気になさらないでください。こちらこそ、ずっとお世話になっていて、申し訳ないです」
ここは危険な魔の森の中で、彼らは森の中の砦を守る傭兵。
私の存在は、彼らにとって重荷でしかないだろうに、本当に良くしてもらっている。
チェスターさんはきっと、私に早く記憶を取り戻させて、元の場所に返そうとしてくれただけなのだ。
「思い出せなくて、すみません。でも私、思い出そうとすると、頭が痛んで……」
このまま彼らの優しさに甘えていてはいけない。
そう思ってはいるけれど、まだ上手く体が動かせない上、記憶も戻っていない私は、彼らの優しさに厚かましく甘えるしかなかった。
それを、心から申し訳なく思う。
「いや、いいんだ。君が居てくれるとさ、フェンリルが幸せそうだから」
「え?」
「正直、あいつが死にかけている君を助けた時は、そこまでしなくてもって思ったんだ。でも、今では本当に君が助かって良かったって思ってる」
そう言ったチェスターさんは、何度も頷いた。
「あいつ、君を助ける前までは、いつもイライラして、森の魔物を嬲り殺しにする狂った鬼みたいだった。でも、今は昔に戻ったみたいに優しくて穏やかでさ、それが俺はとても嬉しいの。これは、この砦にいる全員が思ってる事だから、もしも君が、自分は俺たちの荷物になっているって思っているのなら、それは間違いだから安心してほしい」
「そ、そうなんですか?」
「うん、そうだよ。だから、あいつのそばに、ずっと居てやってほしい」
「チェスターさん……」
思いも寄らなかった言葉を聞いた私は、思わず泣いてしまった。
「どうしてここの人たちは……私にこんなに優しくしてくださるんですか? 私の存在は、ここの砦にとって、重荷でしかないはずです」
「それは……フェンリルが君に、絶対に死んでほしくないって思ったから……」
「え?」
「君はね、あの日、本当なら死んでいたはずなんだ。魔狼に襲われた傷は深くて、出血がひどくて、君はもう助からないってみんな思った。だけど、フェンリルは君を助けた。特別な回復呪文を使って、ね」
私は本当なら死んでいた? 特別な回復呪文?
一体、どういう事なのだろう?
「瀕死の者でも助けられる可能性がある、特別な呪文なんだ。フェンリルはその呪文が使えてね、それを君に使ったんだ」
「それは、どんな呪文なんですか?」
「簡単に言うと、自分の命と相手の命を繋ぐ呪文。君があいつに使ったような高度な回復呪文が使えたら良かったんだけど、うちには、そういうの使える奴は居なくてさ」
チェスターさんはそう言うと笑ったが、私は笑えなかった。
自分の命と相手の命を繋ぐって、一体どういう事なのか。
「あの、そんな事、できるんですか?」
「うん、できる。あいつは昔、大事な人……妹を魔物に殺された事があってね。もう二度と大事な人を失いたくないって身に着けた呪文なんだ。禁呪に近いものなんだけどね」
「禁呪……」
「そう……相手が死ねば、自分も死んじゃうっていう、諸刃の剣……」
「え?」
それは、その呪文を使っても私が死んでしまったら、フェンリルさんも死んでしまったという事なの?
それを尋ねると、チェスターさんはこくりと頷いた。
「君が目覚めた時、フェンリルがそばに居ただろう? この半年、あいつはずっと君のそばに居て、自分の生命力を君に分け与えていたんだ。もしも君が力尽きていたら、あいつも死んでいた。本当に意識を取り戻して良かった」
「どうして? どうして、そこまでして助けてくれたんですか?」
「それは……本当のところは俺にもわからないけれど、最初は多分、君に妹の面影を見たんじゃないかなって思ってる……」
「妹さん……」
「そう。仲の良い兄妹だった……でも、あいつは妹が魔物に襲われて死にかけた時に、ただ名前を呼んで、抱きしめてやる事しかできなかったんだ。自分の命を捨てても守りたかった、かけがえのない存在なのにね」
フェンリルさんにそんな過去があったなんて。
でも、そうか……フェンリルさんは私に、亡くなった妹さんの面影を重ねているから、優しくしてくれるんだ。
フェンリルさんに惹かれている自分に気づいてしまった今、知ってしまった真実は、すこし胸を痛ませた。
「まぁ、今はどうなのかは知らない。本当のところは、本人に聞いた方がいいと思うけどね」
チェスターさんは苦笑すると、ちらりとドアの方に目を向けた。
軽いノック音の後、ドアが開けられて入ってきたのは、フェンリルさんだった。
す フェンリルさんはチェスターさんを睨みつけると、はぁ、と深い息をつく。
「おい、チェスター、余計な事を言ってんじゃねぇ」
「うん、ごめんね。大事な事は、自分で言わないとね。じゃあね」
チェスターさんは人懐っこい笑みを浮かべると、フェンリルさんと入れ替わりに部屋を出て行った。




