第10話・顔の傷跡
長い間目を覚まさなかった私が、自分の顔を鏡で見たのは、私が目を覚ましてから二週間くらい経った頃の事だった。
私の顔には、右頬から左目の下あたりまで、何かで斬りつけられた傷跡が残っていた。
自分の体に残る傷跡を見て取り乱した私を気遣い、フェンリルさんたちは私に顔の傷の事を知らせなかったらしい。
確かに顔の傷には驚いたものの、これも私が必死に生きている証ですと答えると、優しい西の砦の傭兵たちは、安心したように息をついた。
「だいぶ落ち着いてきたようだから話すんだけどね、ただ、君についた傷跡は、魔物に襲われたものだけじゃないんだよね」
「え? どういう事ですか?」
「おい、チェスター!」
私に何かを言おうとして、フェンリルさんに睨まれたのは、チェスター・パーシーという男の人だ。
彼はフェンリルさんの相棒らしい。
この砦の傭兵たちはみんな若い人が多くて、一番年上の人で、二十八歳らしかった。
「だってさ、目が覚めてから二週間経ったし、彼女もだいぶ落ち着いてきただろ? それに、記憶も戻るきっかけになるかもしれないし」
「それは確かに、な。でも……」
フェンリルさんが気遣うように私を見つめる。
私は、大丈夫です、と言って、チェスターさんに続きを促した。
「じゃあ、話すね。君についた傷跡なんだけど、魔物たちに傷つけられたものだけじゃない。顔と左腕の傷は、魔物の牙や爪で切り付けられた跡じゃない。刃物で斬りつけられたものだ」
「え? どうして?」
「それは、わからない。だけど、この事を聞いて、何かを思い出さないか?」
私は自分の左腕に目を落とした。
目覚めてから二週間経ち、私の体は少し動くようになっていた。
動く、と言っても、ゆっくりしか動かせないし、少し動くだけですぐに息が切れてしまうから、リハビリ中だ。
「多分、なんだけど、左腕の傷は、顔の前にかざした時に斬りつけられたんじゃないかと思う」
「顔、を……」
私はチェスターさんが言った通りに、左腕を顔の前にかざしてみた。
その瞬間、頭の奥で、また何か映像がちかちかと瞬く。
どこか狭い場所で、誰かにナイフを突きつけられている映像だ。
「逃げ、なきゃ……」
誰かにナイフを突きつけられた時に、思った事だ。
誰かにナイフで襲われて、私は逃げたのだ。
「私、私はっ……」
私の顔を傷つけ、顔を庇った左腕を斬りつけたのは、一体誰なのだろう。
だけど、思い出そうと考え込むと、頭が割れそうなくらい痛んだ
「チェスター、もういいだろ」
その言葉と同時に、逞しい熱い腕が、私の体を包み込んだ。
「まだ目が覚めて二週間だ。無理させる事はないだろう」
「うん、そうだね。ごめんね。ちょっと休んだ方がいいかもね」
チェスターさんはそう言うと、他の傭兵の人と一緒に部屋を出ていった。
フェンリルさんは私の体を抱きしめたまま、
「必死に思い出そうとして、えらいなぁ」
と言ってくれるが、何も思い出せていないのだと私は首を横に振った。
「思い出せなきゃ、それでいいさ」
フェンリルさんに抱きしめられ、優しい言葉をかけられて、申し訳ないと思いながらも、私は自分が安らぐのを感じていた。
目覚めてから二週間、私は自分がフェンリルさんに惹かれている事に気づいていた。




