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コールド伯爵令息の身勝手な愛は、一国を滅ぼす  作者: 明衣令央
第2章:ベル・ガンドール

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第9話・傷跡


 私が次に目を覚ました時、そばに居てくれたのは、知らない女の人だった。


 彼女は私が目を覚ました事に気づくと、




「私の声、聞こえる?」




 と、小さな可愛らしい声で話しかけてきた。私が頷くと、




「私は、エリス・スイート。あなたがさっき目を覚ました時に、そばに居た男の人の事は、覚えている? フェンリルさんっていうんだけど、彼の傭兵仲間なの」




 私は眠りにつく前の事を思い出し、頷いた。


 同時に、今の記憶を失っている状態の事なら覚えていられるのだなぁと、ぼんやりと思う。




「お水、飲めるかな?」




 水、飲みたい。


 頷くと、エリスさんは私の体を少し持ち上げ、背中に枕やクッションを置いてくれた。




「はい、ゆっくり飲んでね」




「ありがとう、ございます」




「どういたしまして」




 体は全く動かないままだった。


 エリスさんが口元にコップを当ててくれて、少しずつ水を流し込んでくれるから、なんとか飲む事ができる状態だ。


 先程目を覚ました時、フェンリルさんは、私が半年間眠っていたと言っていた。


 その間も、体が動かない今も、迷惑をかけているとしか思えなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。




「あの……迷惑、かけてすみません……」




「ううん、いいの。あのね、もしも良かったら、なんだけど、お湯を用意してくるから、体を拭きましょうか」




「え? あの、いいんですか?」




「もちろんよ。お風呂はまだ無理かもしれないけれど、さっぱりしたいでしょ」




「ありがとう、ございます」




 思いがけない言葉だったけれど、私はエリスさんの言葉に甘える事にした。


 エリスさんはすぐにお湯を用意してきてくれて、体を起こしてくれる。


 女の人なのに力が強いのは、危険な森の砦を守る力がある傭兵だからなのだろうか。


 力がある事が羨ましいーーふとそんな事を思って、どうして、と首を傾げた。


 今体が動かないからそう思ったのか、以前そう思った事があったのか。


 考え込むと頭が痛んだから、前にもそう思った事があったのかもしれない。




「大丈夫? 気分が悪いなら、やめておこうか?」




 エリスさんの言葉に、私は首を横に振った。


 エリスさんは少し考え込んだが、せっかくお湯も持って来てもらったし、と言うと、頷いてくれた。




「じゃあ、私にもたれてくれていいからね。辛くなったら言ってね」




「はい、ありがとうございます」




 私の体にはさらしが巻き付けられていて、エリスさんは器用に私の体を支えながら、さらしを解いていく。


 傭兵は危険な仕事だ。


 彼女は……ううん、彼女だけでなく、この砦に居る人は、みんな誰かの傷の手当や看病をした事があるのだろう、とても手慣れていた。




「え?」




 さらしが解かれた時に、傷跡が見えた。


 半楕円形の、歪で大きな噛み跡――それが、脇腹と、太ももに見えた。


 もしかすると、他にもあるのかもしれない。


 こんな、醜い傷跡が――。




「や、だぁっ……」




 体は動かないはずなのに、醜い体の傷跡を見た瞬間、がたがたと震え、私は叫び声をあげていた。




「やだ、やだあっ! 何、これっ……」




 歪な傷跡、醜い傷跡。私はそれを見て混乱した。


 こんな醜い傷がついていたら、もうお嫁になんていけない。


 誰にも愛してもらえない。


 そんな恐怖を感じたと同時に、魔物たちが飛びかかってくる映像が、頭の中でちかちかと瞬いた。


 なんなの、これ。私の失った記憶なの? 頭が割れるように痛い。




「大丈夫よ、落ち着いて!」




 大丈夫? 何が?


 この怪我の事? 醜い傷跡が残って、全く動かないのに?




「どうした!」




「ごめんなさい! わからない! 体を拭いてあげたかっただけなんだけど!」




「やだ! もう嫌なの!」




「落ち着けって!」




 誰かが体を強く抱き締めてきた。それが、誰なのかはわからない。


 ただ、熱い体に抱きしめられて、少しずつ自分が落ち着くのを感じていた。




「傷跡を見て、びっくりしちまったか?」




 穏やかな声で問われ、私は頷いた。


 この声は、確か、フェンリルさんだ。


 目覚めた時に、そばに居てくれた人だ。




「ここに居る奴らは、多かれ少なかれ、みんなどこかにひでぇ傷を付けてる。俺だって、腹、胸、腕、足、いたるところについてるぜ……っつっても、若いお嬢さんには、辛いよな……」




「傷、私にもついているわ。ほら……」




 エリスさんはそう言うと、長袖のシャツをめくりあげた。


 左腕の肘の下あたりに、私の体についた噛み跡と同じような傷跡があった。




「あと、こっちは噛みつかれたんじゃないけど、爪で引き裂かれた跡……」




「あ……」




 シャツの胸元を広げて見せてくれたのは、左胸に斜めに走る、三本の傷跡だった。


 彼女が言う通り、魔物の爪で引き裂かれたと思われるそれは、エリスさんの白い胸に不似合いなものだ。




「他にもね、足にも、背中にもあるのよ。女の子なのに、結構ひどい傷でしょ。でもね、これは私が頑張った証だって思う事にしているの。魔物に襲われて怪我をしても、頑張って生きてる……生きる事を諦めずに頑張った、証なの。生きている事が、大事なのよ」




 私はエリスさんの話を聞いて、自分の体に残った傷跡を見て取り乱してしまった事が、恥ずかしくなってしまった。




「エリスさん……ごめんなさい……」




 謝ると、エリスさんは優しく微笑みながら首を横に振り、いいのよ、と言ってくれる。


 なんて優しい人なのだろう。




「エリスの言った通り、あんたはこんな傷を負っても、頑張って生きようとしていたんだ……。頑張って生きてて、偉いな」




 フェンリルさんが私を抱きしめて、背中を優しく撫でながら言った。


 フェンリルさんとエリスさんの優しさが身に染みて、私は泣いてしまった。




「今、あんたが泣いているのも、生きている証だ。今は思うように体が動かないかもしれないが、諦めるな。あんなにひどい傷を負っていても、あんたは死ななかったし目を覚ましたんだ。少しずつでも、良くなるさ」




「そうよ、頑張りましょう」




「は、はい、ありがとうございます……」




 フェンリルさんとエリスさんに励まされて、私は頷いた。


 この傷だらけの体をすぐに受け入れる事は出来ないかもしれないけれど、焦らずに治してーーいずれはこの体を愛していけたらと……そんな事を思いながら。



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