第8話・目覚め
目が覚めた時、私はとても心地好く温かいものに包まれて眠っていたようだった。
この温かさは、自分を守るものーー何故そんなふうに思ったのかはわからなかったけれど、何故か私は、そう思い込んでいた。
ここは安全なところ。私を守ってくれるもの。
だから安心して、まだ眠っていればいい。
そんなふうに思いながら、眠気に誘われるまま意識を手放そうとしたところで、
「起きたのか?」
という、誰かの声が、私の背後から聞こえた。
誰の声だろう?
多分、私の知らない声だーーそう思った瞬間、眠気は去り一気に覚醒した。
目を見開いて、私は自分の今の状況を確認する。
体に、何かが巻き付いていた。筋肉質な、男の人の腕だ。
私はベッドに寝かされていて、隣には誰か男の人が居て、その人に抱きしめられて眠っていたようだった。
「あ……けほっ……」
一体どういう状況なのか、さっぱりわからない。
だから、この男の人が誰なのか、この状況は何がどうなっているのかなどを聞きたかったのだけれど、上手く声を出す事ができなかった。
それに、起き上がりたいのに、体に全く力が入らない。
体が重くて仕方がないのだ。
「なん……けほ、けほっ」
声も上手く出せない、体が動かない。
その事実が私を不安にさせ、混乱させる。
そんな私に、
「おい、大丈夫か? 無理するな」
と言って、男の人は優しく背中を撫でてくれた。
それから、大きな手で目を塞がれて上を向かされると、唇が塞がれる。
え? 口づけされてる? どういう事?
私はますます混乱したのだけれど、口の中に少しずつ水が流れこんできたから、水を飲ませようとしてくれただけのようだった。
上手く飲み下せずにむせると、また優しく背中を撫でてくれた。
「大丈夫か? 俺の声が、聞こえているか?」
咳込みながら、私は頷いた。そして呼吸を整えて、
「あの……」
と声を出す。
水を飲んで喉が潤ったからか、さっきよりははっきりと声を出す事ができた。
「良かったな、目が覚めて……。あんた、半年も眠っていたんだぞ?」
「え?」
半年も眠っていた? 一体、どうして?
混乱する私は、何も言えなかった。
私は一体どうして、半年もの間、眠っていたのだろう?
「いろいろと聞きたい事がある。あんた、どうしてあの日、あんな危ない場所に一人でいたんだ?」
「え? どうしてって……」
私はどこに居たというのだろう?
答えられずに黙っていると、彼はベッドを降りて、体を起こせずに横たわったままの、私の正面まで来てくれた。
彼は銀色の髪に、ブルーグレイの瞳をしている、体格の良い若い男の人だった。
「だ、れ?」
私がそう問うと、
「俺は、フェンリル・エンベリー。オウンドーラ王国の、西の森の第一砦を守っている」
と答えてくれた。
オウンドーラ王国? 第一砦?
どこかで聞いた事があるような気がするけれど、思い出せなかった。
「あ、の……」
「なんだ?」
「私は、誰、ですか?」
私は彼の問いに、何も答える事ができなかった。
今の私は、自分が誰なのかさえ、わからなくなっていたのだ。
「おい、あんた、もしかして、自分の事がわかんねぇのか?」
「は、はい……」
フェンリル・エンベリーと名乗った男性は、私が何もわからないと言うと、とても驚いたようだった。
だけど、本当に何もわからないのだ。どうしようもなかった。
「あの……私の事で、あなたが知っている事を、教えてくれませんか? 私、本当に何も、わからないんです……」
「教えるって言ってもなぁ……」
はぁ、と深い息をついて、フェンリルさんはガリガリと頭を掻いた。
それからしばらく黙り込んだ後、口を開く。
「まず、俺たちの事を話そう。俺たちは傭兵として、このオウンドーラ王国に雇われている。オウンドーラ王国には、王都オフレンドへと続く街道を挟んで、東と西に森があるんだが、その森に魔物が湧いて出るんだ。それで、俺たちはオウンドーラ王国に雇われて、西の森の第一砦を守りながら、この森に湧いて出てくる魔物を狩り続けているんだ」
オウンドーラ王国、東と西にある魔物が沸いて出る森、森の中にある砦、そしてそこを守る傭兵……。
聞いた事があるような気がして必死に考えていると、ズキン、と頭が痛んだ。
フェンリルさんは私の様子に気づき、大丈夫か、と声をかけてくれる。
「目が覚めたばかりなんだ……まだ体が辛いだろう。眠った方がいい」
「でもっ……」
「でも、じゃねぇ。あんたは森の中で魔物に襲われて、重傷を負っていたんだ。それで……半年意識を取り戻さなかった……。無理する事はねぇよ」
「重傷? 半年?」
どうして私は危険な魔の森の中に居て、魔物に襲われていたのだろう。
半年も意識を取り戻せないほどの重傷って、全く動かない私の体は、今、どんなふうになっているのだろう。
怖くて仕方がなくて、私はボロボロと涙を零していた。
だけど、動かない私の体は、流れる涙を自分で拭う事すらできなかった。
「大丈夫だ、落ち着け、大丈夫だ……」
そう言って私の涙を拭ってくれたのは、フェンリルさんだった。
フェンリルさんは大きな手をそっと私へと伸ばし、優しく……本当に優しく指先で涙を拭ってくれた後、横を向いたままの私の体を、仰向けに直してくれる。
「大丈夫だ、あんたは生きている。ゆっくり体を治して、ゆっくり思い出していけばいい……。あんたの事は、ここで俺たちが守るから。さぁ、目が覚めたばかりで、まだ起きているのは辛いだろう。もう少し眠れ。今度目が覚めた時、何か食えそうなら食おうな……」
「あの……」
「大丈夫だ、眠れ……」
「あ……」
大きな手が近づいてきて、頭を撫でてくれた。
この手ではないけれど、私はこの手によく似た手を知っているような気がした。
武器を握る、大きくてゴツゴツした手――一見、恐ろしく思えるその手はとても優しくて、私は目を閉じると同時に意識を手放した。




