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コールド伯爵令息の身勝手な愛は、一国を滅ぼす  作者: 明衣令央
第2章:ベル・ガンドール

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第7話・ベルの戦い


 逃げなきゃいけない。逃げて、お父さんのところに戻らなくっちゃ。


 そう思いながら、私は西の魔の森の中を、必死に走る。


 森の奥に行っては駄目だ。街道側に出なくちゃいけない。


 だけど、今の私にはもう、どちらに行けば二つの森の間にある街道に出られるのかが、わからなくなっていた。




「助けて……誰かっ……お父さんっ! ギルベルトお父さんっ!」




 お父さん、お父さん、と何度も呼ぶ。


 だけど、ギルベルトお父さんは、今私がこんな目に遭っているなんて、知らない。


 結婚式を終えて安全な王都オフレンドに向かったはずの娘が、西の森で殺されそうになっているなんて、夢にも思わないだろう。


 幸せになれ、と言われて、住み慣れた東の森の第一砦を出たというのに、その数時間後にどうしてこんな事になっているのだろう。




「あいつ、許せないっ」




 私とお父さんを騙したトマスが、許せなかった。


 騙されているという事を、お父さんに知らせなくてはいけない。


 だから、この西の森を抜けて、街道に出なくちゃいけない。


 魔物たちから必ず逃げて、お父さんの元へ帰らなくちゃいけない。




 だけど、それはやはり無理なのかもしれなかった。


 迫りくる魔物たちから必死に逃げていたけれど、とうとう周りを囲まれてしまい、身動きが取れなくなってしまったのだ。


 今私をぐるりと囲んでいるのは、魔狼と呼ばれる狼の魔物たちだった。


 魔法を使うというような特殊な能力はなかったはずだが、顎の力が強く、噛まれたらひとたまりもないだろう。


 私には魔物たちと戦う力なんてない上、今はナイフの一本すら持っていない。


 私にできるのは、回復と防御の魔法だけだ。


 それも不器用だから、落ち着いた場所で、落ち着いてやらないと使えないレベルのものだ。


 だけど、周りに助けてくれる人が居ない今、使えなければ死ぬだけだった。




「で、きたっ……」




 周りを魔物に囲まれながらも、防御魔法を使った私は、ひとまず身の安全を確保する事ができた。


 私の体を中心に、半径二メートルくらいの円を描くように展開された防御魔法は、魔狼たちを光の壁の外へと弾き飛ばした。


 いつもなら焦って上手くいかなかったけれど、自分しかいない状況下で魔物たちに囲まれ、逆に冷静になれたのかもしれなかった。




「これから、どうしよう……」




 この防御魔法を使ったまま、街道まで移動する事はできないだろうか。


 そんな事を考えて少し体を動かすと、転んだ時に打ち付けた膝が痛んで集中力が途切れ、防御魔法が消えてしまった。


 すかさず魔狼たちが襲い掛かって来たが、間一髪、再び防御魔法を発動する事ができた。


 飛びかかってきた魔狼は再び光の壁に弾き飛ばされたが、私はもうここから移動する事は無理なのだと理解した。


 防御魔法を使い続けたままの移動は、できそうにない。


 だけど、防御魔法を解除して走ったとしても、魔狼相手に逃げ切る事は無理だろう。


 今はこの防御魔法で、魔狼の攻撃から逃れているけれど、これも私の体力と精神力がいつまで続くかわからない。


 つまり、私の命は、この防御魔法が途切れた時に終わってしまうという事だった。








「お父さんっ……みんなっ……」




 必死に頑張ったけれど、ここまでかもしれないと思ったら、お父さんやタイラーやマディ、砦のみんなが懐かしくて仕方がなくなった。


 幸せになれ、と言われて送り出されたというのに、その数時間後に私の命は終わりを迎えようとしている。


 そしてお父さんは、私が王都に居ると信じて、あの危険な森で戦い続けるんだ。


 お父さんが命をかけて守ろうとする場所には、私は居ないというのに。




「や、だぁっ!」




 やっぱり死ねない、死にたくないって思った。


 このまま私が死んでしまったら、私だけでなく、お父さんが可哀相だ。


 そう思った私は、近くに落ちていた枯れた木の枝や、小石を集められるだけ集めだした。


 こんなもの、何の役にも立たないかもしれない。


 それでも、最後の最後まで抗おうと思ったのは、私がギルベルト・ガンドールの娘だからだ。


 私は集めた木の枝や小石を握りしめる。


 魔狼たちは、防御魔法の光の壁の向こうで、魔法の効果が切れるのを待っているようだった。


 多分もうすぐ、私の防御魔法は消えてしまうだろう。


 魔狼たちは光の壁がなくなると同時に、私に襲い掛かってくるだろう。




「お父さんっ、私を、守って!」




 防御魔法の効果がなくなり、思っていた通り、魔狼たちが襲い掛かってきた。


 私は泣きながら、握っていた小石を魔狼たちに投げつける。


 だけど、ほとんどが避けられ、当たっても何のダメージも与えられなかった。


 そして。




「い、やぁああああっ!」




 魔狼の一匹が、私の左肩に嚙みついた。続いてもう一匹が太ももに、そしてさらにもう一匹が脇腹に噛みつく。


 痛みに絶叫するけど、もうどこが痛いのかわからない。


 ただ、食いちぎられては駄目だと思い、持っていた木の枝を、太ももに噛みつく魔狼の目に突き立てた。




『ギャンッ!』




 枯れた木の枝だったけど、目への攻撃は効果があったらしい。


 太ももに噛みついていた魔狼は離れていき、私が攻撃をした事に驚いたのか、脇腹に噛みついていた魔狼も、離れていった。


 あとは、肩に噛みついたままの魔狼のみ。


 痛みを必死に堪えながら、目を狙って枯れ木を突き立てると、肩に噛みついていた魔狼も離れていった。




「か、簡単には、し、死なない、からっ……。だって、私は、お父さんの、娘なんだからっ」




 あの勇敢な、ギルベルト・ガンドールの娘なんだから。


 だから、簡単には死なない。死んでやらない。


 噛みつかれるたびに、枯れ木で目を抉ってやる。


 そう思って睨みつけると、魔狼たちは一度私から距離を取った。


 だけど、それだけだった。




 噛みつかれた傷跡からは、大量の血が流れていて、体に力が入らなくなった私は、立っていられなくなり、その場に崩れ落ちた。


 それを、魔狼たちが見逃すはずがなかった。


 意識が遠のいていく中、私を囲んでいた魔狼たちが、一斉に飛びかかって来るのが見えた。


 もう駄目だと思った。


 だけど、襲ってくるはずの痛みはいつまで経ってもこなくて、代わりに、




「大丈夫か?」




 と言う声が聞こえた。


 必死に顔を上げると、目の前に大きな背中が見える。


 そしてその大きな背中の人が、私が受けるはずだった魔狼の牙を代わりに受けて、傷ついている事に気が付いた。




「おとう、さん……」




 来てくれたんだ、と思った。


 だけど、私を庇って、怪我をしてしまった。


 大好きなお父さん……来てくれてありがとう。


 傷は私が、治すからーー。




「お、おいっ……」




 大きな背中の人へ、私は精一杯、手を伸ばした。


 そして、ほんの少し体に触れた事で安心して、意識を手放した。

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