第6話・花婿の本性
「あら?」
おかしな事が起こったのは、東の森の第一砦を出発して、東と西の森の間にある街道に出てからしばらくした時の事だった。
ぼんやりと窓の外を見ていた私は、王都オフレンドに向かっているはずの馬車が、突然方向を変えて森の中へと入って行った事に気づき、首を傾げた。
東と西の森の間にある街道は、まっすぐに王都オフレンドへと向かっている。
だから、道を間違うという事はあり得ないと思うのだけど、どうしたのだろう?
「あの、どうかしたんですか? 馬車、森の中に入ったみたいですけど……」
トマスさんに聞いてみたけれど、彼はメイドの女性と視線を合わせただけで、私の事を無視した。
東の森の第一砦に居た時と、ずいぶん感じが違う。
彼らの冷たい雰囲気が怖くなってきて、私は自分で自分を抱きしめた。
なんだろう、すごく嫌な予感がした。
馬車は森の中を進んでいる。東の森じゃなく、西の森だ。
「あの、森の中は危険です! 街道に戻った方が……」
そう言ったとき、馬車が止まった。
ほっと息をつくと、目の前に座っていたトマスさんが、ゆっくりと立ち上がる。
どうしたのだろうと首を傾げると、彼は上着の内ポケットから、何かを取り出した。
「え?」
トマスさんが上着の内ポケットから取り出したのは、折り畳み式のナイフだった。
彼はパチンと小さな音を立ててナイフを広げると、私の目の前で薙ぎ払った。
「きゃあっ!」
とっさに体を引いたから眼球が傷つく事はなかったけれど、トマスさんのナイフは、私の右頬から左目の下あたりまでを切りつけた。
「え? ど、どうして?」
わけがわからなかった。
今日は私とトマスさんの結婚式だったというのに。
そして、結婚式を終えて、王都オフレンドに向かっている最中だというのに。
「どうしてって? そんなの、お前に教えてやる必要もないけど、簡単に言うなら、僕と僕の愛する女性のために、お前には消えてもらう必要があるんだよ」
トマスさんーーいや、トマスは、唇の端を釣り上げて醜く笑うと、メイドだと思っていた女性を引き寄せ、口づけた。
「さぁ、ベル・ガンドール。僕と僕の愛するベルのために、ここで死んでくれ」
トマスがそう言うと、メイドだと思っていた女性がクスリと笑った。
ベルって、この女性の事? 私と同じ名前なの?
「さようなら、ベル・ガンドール」
トマスは再びナイフを振り上げた。
今度は薙ぎ払うのではなく、振り下ろされて、顔を庇った私の左腕を切り付けた。
血が飛び散る。傷つけられた腕が痛い。
「お願い、止めてっ……」
「はは、駄目だよ。死んでくれっ!」
このままだと、本当に殺されてしまう、と私は思った。
私と同じ名前らしい女性は、ナイフを振り回すトマスの後ろで、楽しそうに笑っていた。
この状況を止めに来ないという事は、馭者の男もグルなのだろう。
でも本当に、一体どういう事なの?
私とトマスの結婚は、オウンドーラ王とギルベルトお父さんの間で交わされた契約でもあったはず。
それなら、今私がトマスに殺されそうになっている事は、オウンドーラ王も知っているという事なの?
ギルベルトお父さんは、オウンドーラ王に騙されたっていう事なの?
「ふふふ、逃げないで、このナイフに刺されて、大人しく死んでおくれよ」
私はトマスのナイフを、必死に避けていた。
だけど、ここは狭い馬車の中。
いくらトマスの運動神経が悪くても、避け続けるのも限界があった。
このまま馬車の中に居れば、いずれ殺されてしまうだろう。
そして哀れな私の亡骸は、この西の森の中に捨てられて、魔物に食べられて骨の欠片さえ残らないのだろう。
私が生き残るためには、逃げなくてはならない。
でも、逃げるって、一体どこへ?
この人たちが、追いかけてこない所。
そんなところ、この西の森の中しか、思い浮かばなかった。
「行くしか、ないっ……」
私は馬車の扉を開けて、外に飛び出した。
だけど、着地する時に派手に転んでしまう。
トマスに大笑いされて腹が立ったし、転んだ時に地面に打ち付けた膝がとても痛かったけれど、私は必死に立ち上がって逃げ出した。
「くそ、待て!」
トマスが追いかけてくる気配がしたけれど、すぐにそれはなくなり、馬車が動き出して遠ざかっていく音が聞こえた。
追いかけて来なかったのは、西の森の魔物の気配に気づいたからだろう。
トマスたちはきっと、慌ててここを離れたのだ。
私を囮に、ここへ置き去りにして。
だから私は、トマスたちから命を狙われる事はなくなったけれど、今度は魔物たちから命を狙われる事になってしまった。




