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コールド伯爵令息の身勝手な愛は、一国を滅ぼす  作者: 明衣令央
第2章:ベル・ガンドール

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第6話・花婿の本性


「あら?」




 おかしな事が起こったのは、東の森の第一砦を出発して、東と西の森の間にある街道に出てからしばらくした時の事だった。


 ぼんやりと窓の外を見ていた私は、王都オフレンドに向かっているはずの馬車が、突然方向を変えて森の中へと入って行った事に気づき、首を傾げた。


 東と西の森の間にある街道は、まっすぐに王都オフレンドへと向かっている。


 だから、道を間違うという事はあり得ないと思うのだけど、どうしたのだろう?




「あの、どうかしたんですか? 馬車、森の中に入ったみたいですけど……」




 トマスさんに聞いてみたけれど、彼はメイドの女性と視線を合わせただけで、私の事を無視した。


 東の森の第一砦に居た時と、ずいぶん感じが違う。


 彼らの冷たい雰囲気が怖くなってきて、私は自分で自分を抱きしめた。


 なんだろう、すごく嫌な予感がした。


 馬車は森の中を進んでいる。東の森じゃなく、西の森だ。




「あの、森の中は危険です! 街道に戻った方が……」




 そう言ったとき、馬車が止まった。


 ほっと息をつくと、目の前に座っていたトマスさんが、ゆっくりと立ち上がる。


 どうしたのだろうと首を傾げると、彼は上着の内ポケットから、何かを取り出した。




「え?」




 トマスさんが上着の内ポケットから取り出したのは、折り畳み式のナイフだった。


 彼はパチンと小さな音を立ててナイフを広げると、私の目の前で薙ぎ払った。




「きゃあっ!」




 とっさに体を引いたから眼球が傷つく事はなかったけれど、トマスさんのナイフは、私の右頬から左目の下あたりまでを切りつけた。




「え? ど、どうして?」




 わけがわからなかった。


 今日は私とトマスさんの結婚式だったというのに。


 そして、結婚式を終えて、王都オフレンドに向かっている最中だというのに。




「どうしてって? そんなの、お前に教えてやる必要もないけど、簡単に言うなら、僕と僕の愛する女性のために、お前には消えてもらう必要があるんだよ」




 トマスさんーーいや、トマスは、唇の端を釣り上げて醜く笑うと、メイドだと思っていた女性を引き寄せ、口づけた。




「さぁ、ベル・ガンドール。僕と僕の愛するベルのために、ここで死んでくれ」




 トマスがそう言うと、メイドだと思っていた女性がクスリと笑った。


 ベルって、この女性の事? 私と同じ名前なの?




「さようなら、ベル・ガンドール」




 トマスは再びナイフを振り上げた。


 今度は薙ぎ払うのではなく、振り下ろされて、顔を庇った私の左腕を切り付けた。


 血が飛び散る。傷つけられた腕が痛い。




「お願い、止めてっ……」




「はは、駄目だよ。死んでくれっ!」




 このままだと、本当に殺されてしまう、と私は思った。


 私と同じ名前らしい女性は、ナイフを振り回すトマスの後ろで、楽しそうに笑っていた。


 この状況を止めに来ないという事は、馭者の男もグルなのだろう。




 でも本当に、一体どういう事なの?


 私とトマスの結婚は、オウンドーラ王とギルベルトお父さんの間で交わされた契約でもあったはず。


 それなら、今私がトマスに殺されそうになっている事は、オウンドーラ王も知っているという事なの?


 ギルベルトお父さんは、オウンドーラ王に騙されたっていう事なの?




「ふふふ、逃げないで、このナイフに刺されて、大人しく死んでおくれよ」




 私はトマスのナイフを、必死に避けていた。


 だけど、ここは狭い馬車の中。


 いくらトマスの運動神経が悪くても、避け続けるのも限界があった。


 このまま馬車の中に居れば、いずれ殺されてしまうだろう。


 そして哀れな私の亡骸は、この西の森の中に捨てられて、魔物に食べられて骨の欠片さえ残らないのだろう。




 私が生き残るためには、逃げなくてはならない。


 でも、逃げるって、一体どこへ?


 この人たちが、追いかけてこない所。


 そんなところ、この西の森の中しか、思い浮かばなかった。




「行くしか、ないっ……」




 私は馬車の扉を開けて、外に飛び出した。


 だけど、着地する時に派手に転んでしまう。


 トマスに大笑いされて腹が立ったし、転んだ時に地面に打ち付けた膝がとても痛かったけれど、私は必死に立ち上がって逃げ出した。




「くそ、待て!」




 トマスが追いかけてくる気配がしたけれど、すぐにそれはなくなり、馬車が動き出して遠ざかっていく音が聞こえた。


 追いかけて来なかったのは、西の森の魔物の気配に気づいたからだろう。


 トマスたちはきっと、慌ててここを離れたのだ。


 私を囮に、ここへ置き去りにして。


 だから私は、トマスたちから命を狙われる事はなくなったけれど、今度は魔物たちから命を狙われる事になってしまった。



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