おまけ小話『バレンタイン・イベント』(削除バージョン)
本編のおまけ小話として書いた、『バレンタイン
・イベント』の最初のバージョンです。
気に入らなかったため削除したのですが、せっかくなのでこちらに上げることにしました。
◇
マリエットのお話です。
※本編とは全く関係ありません。あんまり仲が進展しないので、糖分補給をしたくなった(誰が?)パラレルワールドのお話です。
「宮本」
王子ムスタファの美しい銀の髪をくしけずっていると、名前を呼ばれた。
「なに?」
「今日は、前の世界じゃバレンタインなんだな」
そう言って、木崎のアホは腕を上げて空中を指差した。
「見えてるの?」
「まあな。さっき急に見えた」
細く白い指の先には
『バレンタイン特別企画』
というピンク×ブラウンの丸みを帯びた字が浮かんでいる。なんで今回に限ってムスタファに見えているのだろう。
「『今日だけの好感度を爆上げするチャンス!気になる攻略対象にチョコを贈ってみよう!』だとさ。これを実践したら、どうなるんだ?」
カールハインツの場合は
『女性からのプレゼントは一律受け取らないことにしている』
と冷たく言われる。でもそのあとに、
『だから受け取ったことは、秘密にしてくれ』と続き、更には
『ありがとう』とはにかんだ笑顔で礼を言われる。鼻血もののイベントだ。好感度もハートひとつ分、上がる。
そう説明すると木崎は、
「いいイベントじゃん」と言った。
「だけどチョコは課金しないと用意できないし、金額がえげつない」
「なるほど。で、お前はどうした?」
「買ったよ!悪いか!」
くっくっと笑い声。「さすが喪女。そういえば、俺はお前にもらったことがねえな」
「木崎にあげるくらいなら、舌を噛み切る」
「激しいな。俺のお返しはセンスがいいって評判だぞ」
「知るか」
って。本当は知っている。女子の間ではよく話題になっていた。
「ま、選んでるのは姉貴だけど」
「そうなの?」
「義兄のお返しを買うついでに俺のもな」
確かお姉さんはデザイン系の仕事だったはずだ。だから贈り物のセンスも良いのだろう。
「で?」と木崎。
「『で?』とは」
「カールハインツにはいつ渡すんだ?」
「渡さないよ。買うお金なんてないからね」
残念だけど仕方ない。こんなイベントがあると分かっていたなら単発バイトを探したけど、知ったのは今朝起きたときなのだ。
「ちなみに俺はどんな反応?」
「さあ。したことないから分からない」
木崎はふうんと言って、それからはいかに学生時代の自分がモテたかの自慢話になった。真面目に聞くのは腹が立つのでテキトウに聞き流し、手入れを終えた。片付けをして、退出を告げようとしたら、
「キャビネットにチョコがあるから、出せ」と命じられた。
言われたとおり、化粧箱に詰められたチョコを出して王子に渡す。
「座れよ。見習い風情じゃ手に入らない品だ。たまたま昨日、オーギュストがくれた」
ということは、もしや、くれるのかな。
ムスタファのとなりに座ると、フタを開けたそれを差し出された。
「カルラの分を残せばいいぞ」
「さすが王子、気前がいい!」
「急に掌を返すんじゃねえ」
チョコは様々な種類が入っている。
「どれにしよう」
迷いつつ、ピスタチオがのったものを摘まんで口に運ぶ。
「美味しい!」
確かにこれは最高級品だろう。
「これ」と木崎が指指したのはダークっぽいトリュフ。「取れ」
それを指でつまむ。と、手首を捕まれた。そのまま引き寄せられ、いつかのさくらんぼのようにムスタファがそれをパクりと食べる。
「なにするのよ!」
またしても指をかすった唇の感触があった。
「気になるだろ?ゲームの俺の反応。チョコをもらったらどうなるかな」
ムスタファはもぐもぐしながら、意地悪な笑みを浮かべている。
「はあ?バカなの?シチュエーションが全然違うし!」
と、ムスタファの顔からすっと表情が消えた。木崎みが抜けると、完璧すぎる美貌が知らない人のようで、とたんに落ち着かなくなる。
王子の手が伸びてきたかと思うと、少しかさつく指で頬を撫でられた。
紫の瞳にみつめられて、動けない。なのにただひとつ、激しく動いている心臓が口から飛び出しそうだ。
「チョコレートはお前の愛と思っていいのだな」
静かな声。
いやいやいや、木崎、どうしちゃったの。今までこんな強制的にゲームが進むことなんて、なかったじゃない!
そう言いたいのに、口が動かない。
「私だけを見ろ」
ムスタファの顔が近づいてくる。
こんなのあり得ない。きっとゲームの強制力だ。
「木崎っ!」ドン、と胸を突きとばす。「しっかり!」
ムスタファの顔がくしゃりとした。声をあげて笑いだす。
「焦ってやんの!」
ひいひいいうほど、可笑しいらしい。
またいつものように、ふざけていたのだ!
「バカ王子っ!」
詰り、立ち上がる。
「やることがいつも一緒!ワンパターン!」
「それに引っ掛かってやんの」
ふんっとスカートを翻して扉に向かう。
「失礼しますっ」
全くひどいにもほどがある。木崎は面白くても、こっちはそうじゃない。
真剣な声が耳に残っている。瞼の裏には、半ば目をとじ傾けられた美しい顔が。
──まだ心臓が鳴り止まない。
バカ木崎。明日はまた可愛い髪に結って仕返しをしてやる。
熱い顔を手であおぎながら、早足で廊下を進んで行った。
◇その頃のムスタファ◇
宮本をからかう気ではあったけど、あの言動は自分でもなんで出たのか分からず、しかも
『あと少しだったのに』
なんて思ってしまっている自分がもっと意味不明で、あまり深く考えたくないと、ひとりでジタバタしている。




