『16年後の藤野の話』
ヨーロッパのような町並み。群衆が溢れる道を、華やかな制服を着た騎兵が隊列を組んで通っていく。
道の両脇の建物の窓口からは、人々が花を投げている。祭りなのかパレードなのか。
やがて屋根のない豪奢な馬車がやって来た。月の光を集めたような銀髪の青年と可愛らしくも芯の強そうな女性が並んで座り、沿道に向かって手を振っている。
「ムスタファ国王陛下万歳!」
「即位、おめでとうございます!」
「マリエット王妃殿下万歳!」
群衆たちが口々に叫んでいる。
どうやら即位したての国王とその妻らしい。
カメラがズームするかのように、ふたりのそばに寄る。
「まさか、こんなに歓迎されるとは」と銀髪の国王が妃を見て言う。
「だから言ったでしょう。パレードは必要だと」
そう答えたのは国王夫妻の後ろに立つふたりの青年の片方だ。
「国民はこの数ヶ月のあなたの功績を理解していますからね」
こう言ったもうひとりは騎兵と同じ制服を着ている。
「功績は俺だけの力じゃない」と国王。
「でも木崎――ムスタファが一番頑張ったのは確かでしょ」
そう言った王妃の言葉に俺は耳を疑った。『木崎』と聞こえた気がする。
「宮本だって」と国王。
『宮本』? 木崎と宮本?
「先輩たちふたり、どちらも頑張りました」と騎兵の制服の青年。
「綾瀬もな。お前の隊が崩壊しなかったのは、綾瀬の功績だよ」
今度は綾瀬?
「いやあ。新隊長とロッチェ副官のおかげですよ」
国王夫妻は沿道に手を振りながら、後ろのふたりは姿勢正しく能面顔を保ちながら、会話を続けている。
国王が木崎、王妃が宮本、騎兵が綾瀬だとして。みんな、仲が良さそうだ。
と、国王は妻に顔を寄せ、頬にキスをした。歓声がさらに大きくなる。
王妃は
「こんなところで!」と言いながらも満面の笑顔だ。
ふたりは振っていないほうの手を、指をからめて繋いでいる。
――とても幸せそうだ。
そう思ったととん、胸の奥がしめつけられるように痛んだ。内から何かがせり上がってくる。
――ああ、木崎。お前たちは――
◇◇
目を開けると、薄暗い中に見慣れた天井が見えた。俺が今いるのは、自宅のベッドの中だ。夜明け前なのか曇天なのか。
どうやら俺はおかしな夢を見ていたようだ。
だが夢だったはずなのに胸が苦しい。頬におかしな感触。手で触れると、涙だった。
「……どうかしたの?」
隣から声がした。目をやると妻の悠里が俺を見ていた。
「……夢を見た」
「どんな?」
「パレードだ。王と妃。それから騎兵」
胸がまた痛み、思わず目をつむる。
「木崎と宮本、綾瀬と呼び合っていた。異世界に転生というやつだろう? 昔、悠里が教えてくれた。こんな日だから夢に見たのだな」
「王様は長い銀髪だった?」
問われた言葉に目を開ける。
「みんなで馬車に乗っていなかった? ヨーロッパのような街で」
「……どうしてそれを」
「私もその夢を見たの」
よくよく悠里の顔を見ると、彼女の頬にも涙が流れた跡があった。
「きっと神様が教えてくれたのね。あちらの世界で幸せにしているって」
「……そうか」
今日は木崎たちの十七回忌だ。今まで彼らの法要は社が行ってきたが、経営陣が変わったこともあり、今回が最後になると言われている。俺は抗議し続けているがどこか、仕方ないのかなという諦念の気持ちもある。
その罪悪感から見た夢だと思ったのだが、悠里も同じ夢を見たとなると――。
「あの世界ね」と悠里。「当時私が好きだったゲームの世界みたいだった」
「そうなのか?」
うなずく悠里。
「あの銀髪の王子がお気に入りで。爽真にコスプレを頼んだの。結局それが原因でフラレたんだけど」
「そうなのか!?」
悠里はくすくすと笑った。
「結構、似合っていたんだから」
「木崎がやったのか!」
「いやいやだったけど。あの人、彼女には優しかったから」
「俺よりも?」
「あなたのほうが優しい」
悠里は伸び上がって俺の額にキスをした。
木崎は女の趣味が悪かった。一見可愛く、だけど恋愛を駆け引きだと考えるような女を好んだ。
まさかそんなあいつの元カノと結婚することになるとは。だが俺は最高の結婚をしたのだ。
俺も愛しい妻の額にキスをする。
「私が書いた異世界転生のお話より、幸せそうだったと思わない?」
「王になるなんて木崎らしいよ」
「本当」
「目が覚めた。起きるかな」
「部長さん。今日は挨拶をするのでしょう? 頑張って」
「分かってる」
木崎がいなくなり、俺はがむしゃらに働いた。すぐに第一のエースと呼ばれるようになり、最年少で部長にもなった。嬉しく感じる反面、あいつがいればこの地位は木崎のものだったのにという悲しみも強い。
木崎がいなくなってからの年月は、共に働いたそれの倍以上になっている。それでもあいつは今でも俺の友なのだ。
「泣いたら私が背中をさすりに行くから」
優しい表情の悠里。最高の妻だ。
「それなら、安心して泣けるな」
「ええ」
半身を起こし、伸びをする。
「そうだ。今日の夕飯は唐揚げにしよう。俺が揚げるから」
「いいけど、どうして?」
「木崎は、俺がマヨネーズをかけることが大嫌いだったんだよ。あのげっそり顔といったら!」
「そう。だったら今日はたんとかけましょうか」
ベッドから降り窓際にゆく。カーテンを開けると、地平線に近い空に強いオレンジ色の輝きがあった。夜明け前だったらしい。
「今日は晴天になりそうだな」
空まで味方につける。さすが木崎だ。
《終》




