肉増し編、20 デビュー頃の兄弟達 1977年8月上旬 4歳
1977年8月上旬、鏡原家の子供達の夏休みは静かだけどもそれぞれの忙しさを含んだ特別な時期を迎えていた。
4歳の僕が芸名『みかん』として顔出しNGでレコードデビューをした頃、お兄様方もそれぞれの立場で夏休みを過ごしていた。
・長男:太郎8歳は鏡原小学校3年生・飛び級であった。
通常の年齢では2年生のはずだが、旧名家の男子として『跡継ぎ教育』を重視する為に、
6歳で小学校に入学したり1~2年の飛び級する事はよく見られるパターンで、
長男:太郎が小学3年生(本来は2年生)、次男:次郎が小学1年生(本来は幼稚園年長組)に早期入学をしていた。
太郎お兄様は通常の年齢よりも1年早く進級した飛び級生として、学校でも『鏡原家の長男』としての責任を強く意識させられており、夏休み中も朝早くから伝統的な教養を深める時間が設けられた。
なおかつ、午前中は身体をきたえる厳しい訓練がされて、午後には学問的な補強時間。
そして夕方には家督を継ぐ者としての心構えを養う特別な指導が続いた。
鏡原小学校では、先生方が太郎お兄様に対して特に丁重に接しており、
『鏡原家の未来を担う存在』として扱われていた。
送迎の車内でも運転手が、
「太郎様、本日はどの様なご予定でしょうか?」
と、丁寧に尋ねるのが日常だった。
ある夏の午後にお兄様が庭で汗を拭きながら僕に話しかけてきた。
「三花、今日も歌の練習で疲れただろう?兄ちゃんは夏休みも毎日訓練があるけど、お前は女の子だから頑張りすぎない様にしろよ。」
「太郎お兄様も大変そうですね。」
僕が言葉を返すと、照れくさそうに笑った。
「僕は長男だから当然だ。三花は自分のペースで頑張って輝けばいい。
それが鏡原の娘としての役割だと思う。」
「ありがとうございます、お兄様。」
太郎お兄様の夏休みは厳しさの中に家族への責任感が色濃く表れていた。
僕のデビューを心から応援しながらも、自分は『家を守る力』を着実に身に付けなければならない。
と静かに決意を新たにしていた。
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・次男:次郎6歳は鏡原小学校1年生・早期入学した。
次郎お兄様は本来ならば幼稚園・年長組の年齢だが、早期教育の一環として1年早く小学校に進んで、
今年の4月に鏡原小学校に入学したばかりの1年生だった。
夏休みの間、次郎お兄様の活動は長男の太郎お兄様ほど厳しくなく、基礎的な学力の定着と身体のバランスを重視した内容が中心だった。
午前中は学校の宿題や補習。午後は軽い運動や読書。夕方には家族と過ごす時間が大切にされていた。
次郎お兄様は僕の事が大好きで、デビューレコードの発売を一番楽しみにしている兄弟だった。
ある日の午後、次郎お兄様が僕が水泳の練習から帰ってきたところに駆け寄ってきた。
「三花、今日もプールがんばってたんだね。僕は小学1年生だけど、まだ幼稚園時代みたいに遊んでいる時間が多いよ。三花は本当にすごいな。」
僕が少し疲れた顔をしてると、次郎お兄様が自分の扇子であおいでくれ、言葉を続けた。
「三花の歌、僕も楽しみにしてるよ。『星のささやき』と言う曲、絶対に素敵だよね。
僕もいつか三花みたいに何かに頑張りたいよ。」
次郎お兄様は僕のレコードデビューを心から応援しながらも、自分はまだ1年生として基礎を固めなければならない立場を素直に受け止めていて、太郎お兄様と僕の間に立つ次男として、両方の背中を見て育つ日々が続いた。
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・3男:三郎2歳はまだ未就園の時期で、兄弟の中で最も自由でプレッシャーの少ない日々を送っていた。
毎日、お母様や女中頭や使用人達に囲まれて庭で遊んだり、簡単な歌や言葉を覚えたりするだけのゆったりとした時間を過ごしていた。
僕が練習から帰ってくると、三郎が一番に駆け寄ってきて、
「みかー!うた、ききたい!」
「はいはい。わかったわよ。」
僕が歌ってあげると目を輝かせて手を叩いていた。
また、僕のデビューについて家族で話している時にも三郎は、
「みかー!えらーい!」
と、幼い声で喜んでいた。
そういう事もあり、三郎の存在は忙しい僕にとって大きな癒しであった。
僕が疲れてソファーに座っていると、三郎がひざに登ってきて頭をすり寄せ、甘えた声を出してじゃれてきた事もあった。
『三郎、ありがとう。君がいてくれるから僕は頑張れるよ。』
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太郎お兄様は長男として、『鏡原の誇り』を守る為の厳しい道を歩み、
次郎お兄様は1年生として基礎を固めながら僕をしたい、
三郎は無邪気に僕を応援していた。
夕食の席では無作法だが、いつも兄弟達の会話が自然に交わされていた。
「三花、デビューおめでとう。兄ちゃんは学校の宿題が多いけどレコードは絶対に聴くよ。」
「三花の歌声、すごく楽しみ!僕は1年生だけどいつか三花みたいになりたいな。」
「みかー、うた!」
僕は兄弟達の温かい言葉に囲まれて小さくほほえんだ。
『太郎お兄様も次郎お兄様もそれぞれ頑張っている・・・。僕は歌とピアノと水泳で自分の道を進むんだ。』
女中頭がそんな兄弟の様子を優しく見守りながら時折声をかけてきた。
「お嬢様、お兄様方はそれぞれの道を立派に歩んでおられますね。」
「ええ、その様ですね。」
こうして1977年の夏休み、鏡原家の子供達はそれぞれの年齢と立場で、
夏のひとときを過ごしていた。
僕のレコードデビューは兄弟全員にとって特別な思い出となり、絆をより深めるものとなった。




