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肉増し編、19 水泳 1975年秋以降

 1975年秋、僕が2歳半を過ぎた頃鏡原家の広大な日本家屋では、静かながらも家族の関心が一人の幼子に集まっていた。

この頃はオムツが完全に取れてはおらず、2歳の頃から幸一叔父様による歌の個人レッスン(月曜日)が続いていたがさまざまな活動の妨げになっていた。


 女中頭を筆頭に使用人達からも僕の身支度を丁寧に整えながら優しく声をかけてくれる日々だった。

 「お嬢様、もう少し頑張りましょうね。オムツが取れたらもっと自由に遊べる様になりますよ。」


 僕は表面上は無邪気な笑顔を浮かべていたが、内心では複雑な想いをしていた。

 『まだかな・・・。いつになったらオムツが取れるんだろう・・・。

2歳半を過ぎてもまだなのか・・・。動きにくいし、レッスンに集中しづらいんだよな・・・。』


 お母様が毎日根気強くトイレに連れて行ってくれて声をかけてくれていた。

 「三花ちゃん、もう少しの辛抱よ。」


 お父様も仕事から帰宅すると僕の様子をたずね、

 「三花はもう立派に一人で出来る様になる。」


 と優しく励ましてくれた。


 使用人達は僕の様子を細かく記録して、トイレに成功した日は小さなご褒美のお菓子を用意してくれた。


 『生理現象だから仕方無いんだよな・・・。』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 3歳の春頃(1976年3月下旬頃)、僕の身体は急に成長を見せた。

ある晴れた午後、自分でトイレに行き戻って来た時にお母様の所へと無作法だけど廊下を走って言った。

 「お母様、オムツもういらないよ。おねしょもしないからね。」


 お母様はその言葉を聞いて僕を抱き上げて目を細めて微笑んだ。

 「そう、よく頑張ったわね。三花ちゃんはもう立派なお嬢様だわ。」


 その日から、僕のオムツは完全に外された。

その夜僕は布団の中で小さく安堵の息をついた。


 『ふう・・・、やっと取れた・・・。』


すると、脳内でもう一人の三花ちゃんが語り掛けてきた。

 ≪よかったわね、雄蔵さん。≫

 ≪三花ちゃん・・。ありがとう。≫


 僕は心の中で静かに喜びをかみしめた。

 『歌のレッスンにもっと集中する事が出来る様になるな・・・。』

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 オムツが取れた僕は、急に世界が広がった様に感じていた。

動きに制限が無くなり、自由に走り回れる様になったからだ。


 月曜日の音楽室での歌のレッスンもより集中することが出来、幸一叔父様が僕の変化に気づいた。


 「三花ちゃん、今日は動きが軽やかだね。オムツが取れたんだろう?良かったね。これからはもっと自由に歌える様になるよ。」


 僕は嬉しそうにうなずいた。

 「はいっ!叔父様。ようやく取れました。」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 僕のオムツが取れた事をきっかけに、お父様とお母様は僕の水泳レッスンを始めた。

1976年4月下旬、僕が3歳になったばかりの頃に、自宅のプール(屋内温水プール)で、

元オリンピック選手を個人コーチとして呼んだプライベートレッスンが、

水曜日と日曜日、週2回の予定でスタートした。 


 初日の水曜日、幸一叔父様を始め、親戚の方々も立ち会った。

僕は水着に着替え、プールサイドで少し緊張した顔をしていたが、コーチの女性が優しく声をかけてくれた。

 「お嬢様、今日はまず水になれる所から始めましょうね。怖くないですよ。」


 僕はお風呂や前世の記憶もあり怖くはなかったが、年相応の反応を示し怖がって見せると幸一叔父様が、

 「三花ちゃん、水泳は歌と同じだよ。自分のペースで焦らずに進めばよいよ。」


 その言葉を聞いた僕は小さくうなずき、水の中で少しずつ身体を動かし始めた。

 「偉いよ三花ちゃん、その調子。」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 水泳を始めてから僕の身体は明らかに引き締まり、動きにキレが出てきた。

お母様は僕の変化を嬉しそうに見守り、

お父様は、「鏡原家の娘として、泳ぎも美しく。」

と、静かに期待を寄せていた。


 女中頭は毎回レッスン後にぼくの身体を温めてくれながら言った。

 「お嬢様、水泳のおかげで以前よりも姿勢が良くなりましたね。本当に素晴らしいです。」

 

それから3歳の夏、僕はすでに平泳ぎの基本を身につけていた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 そして、1977年4月18日の誕生日に幸一叔父様に頼んでピアノのレッスンも加えていただき、

僕のスケジュールは以下の様になった。


月曜日:歌のレッスン

水曜日・日曜日:水泳レッスン

土曜日:ピアノのレッスン


 オムツが取れた3歳の春から始まった水泳は、僕の身体と心を強くして、4歳でピアノを始める基盤となっていた。

これにより週4回の習い事を抱える事となり、4歳の小さい身体で忙しいながらも充実した日々を送っていた。


 女中頭を筆頭に使用人達は音楽室やプールの準備をしながら、僕の成長を優しく支えてくれていた。






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