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元腐女子令嬢、愛のない契約結婚のはずが狼旦那様に沼落ち中です!?  作者: よつ葉あき


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20/30

20.彩芽の告白


 いつも通り彩芽が、慣れた手つきで茶を淹れてくれた。

 白磁の茶碗からゆらゆらと湯気が立ちのぼり、張り詰めていた心がようやく和らいでいく。

 温かな香りに包まれると、胸の奥に張り付いていた緊張が、ゆっくりと剥がれ落ちていくようだった。


「はい、環ちゃん。蓮も」

 彩芽は二つの茶碗を差し出し、自分も腰を下ろす。

「……ふぅ、やっと一息つけるね」


 私は両手で茶碗を受け取り、そっと唇を寄せる。熱が舌に広がり、喉を通り抜けると、体の芯までじんわりと温かさが染みわたった。思わずほっとした息がもれる。


「彩芽さんのお茶……やっぱり美味しいです」

 自然にこぼれた言葉に、彩芽は頬を染めて笑う。

「そんなことないよ。でも、そう言ってもらえると、頑張って淹れた甲斐がある」


 隣で蓮も茶を口にした。

「……悪くない」

 短い言葉にすぎなかったが、そこにはわずかな柔らかさが混じっていた。


「蓮ってば、素直じゃないんだから。『美味しい』って言えばいいのに」

 彩芽がむくれて眉をひそめる。

「言葉は少ない方が重みがある」

 蓮は淡々と返した。


 そのやり取りがあまりに普段通りで、つい先ほどまでの緊張が嘘のように思える。気づけば私は小さく笑っていた。


「環ちゃん、笑った」

 彩芽が嬉しそうに目を細める。

「よかった。さっきは顔がこわばってて、心配だったんだから」


「ごめんなさい。私のせいで、お二人に心配をかけて」

 そう言いかけた瞬間、蓮の低い声が遮った。


「環。謝ることではない。理不尽な言葉を浴びせられたのは、お前の責任ではない」


 胸にまっすぐ突き刺さる声音だった。


「そうそう!」

 彩芽も大きくうなずく。

「あのおばさんたちが悪いんだよ。環ちゃんは何も悪くない。むしろ……あんなふうに私を庇ってくれて、こっちが感謝してるくらい」


 二人から同じ言葉を向けられ、胸の奥がじんわり熱を帯びる。茶の温かさとは違う、別の熱が静かに広がっていった。


「ありがとうございます」

 小さな声で告げると、彩芽は笑みを返し、蓮はわずかに目を細めた。


 茶をもう一口ふくみ、胸の奥に落ち着きが戻りはじめた─その時だった。


 彩芽が茶碗を両手で包み、視線を落としたまま沈黙する。

 指先がかすかに震えているのに気づき、胸の奥がざわめいた。


「……環ちゃん」

 やがて絞り出すような声が落ちる。

「本当に、ごめん」


「彩芽さんのせいじゃありません」

 私は慌てて首を振る。

「悪いのはあの方たちです。彩芽さんは──」


「違う」


 はっきりと遮る声。

 彩芽は顔を上げ、真剣な眼差しをこちらに向けた。

 一呼吸、空気が凍る。


「おばさんのことじゃない」

 彼女の唇がわずかに震える。

「ずっと……黙っていたの。私と蓮のことを」


 胸がざわつく。喉がひりつき、息が浅くなる。


「……私と蓮は」

 彩芽の言葉が空気を震わせ、ほんの一瞬、時が止まった。


「姉弟なんだ。異母姉弟」


 耳を疑った。

 まるで足元の畳が崩れ落ちたような感覚に襲われ、思わず茶碗を取り落としかける。熱が指先にじかに伝わり、現実が否応なく押し寄せてきた。


「姉弟……?」

 自分の声が震えていた。


 彩芽は小さくうなずく。

「あのおばさんの言う通り、芸者だった母ひとり子ひとりで育った私は、父親なんて影も形もなかった。ずっと“居ないもの”だと思ってたの。

 でも母が病で倒れ、頼るところがなくなったとき初めて知ったの。

 ──私の父は神宮寺家の当主だって」


 淡々と語っているのに、その声には深い影が差していた。


「信じられなかった。あの神宮寺家の当主が、自分の父だなんて。けれど事実だった。

 ……そして、そのとき初めて知ったの。私には蓮っていう腹違いの弟がいるって」


 胸の鼓動がうるさく響き、呼吸が乱れる。

 頭の中で言葉が空回りし、現実感が追いつかない。


「……このことを知っている人は、もうほとんどいないの。母は私を神宮寺家に託してすぐに亡くなったし、父も、そしてやさしかった奥様……蓮のお母様も、もうこの世にはいないから」


 私は頭の中が真っ白になっていた。

 声を出そうとしても、喉につかえて息しか出てこない。


「彩芽さんと旦那様が……ご姉弟……?」

 口にした途端、胸の奥がぎゅっと縮み、痛みが走る。

 私の知る二人は、ずっと主と使用人であり、信頼し合う仲間であり……なのに。


「どうして……そんな大切なことを、誰も……」


 声が震えた。


 彩芽は苦笑にも似た表情で、ゆっくり首を横に振る。

「私はずっと平民として……芸者の娘として生きてきたの。蓮のお母様は“蓮と同じように娘として育てる”って言ってくださったのだけどね。……でも、私はお断りしたの」


 その言葉の奥に潜む痛みに、胸が締めつけられる。


 応接間に落ちる沈黙は重く、さきほどまでの騒ぎが霞むほどに深く沈み込んでいく。

 湯気すら重さに押し潰されるように、静かに消えていった。


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挿絵(By みてみん)
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