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元腐女子令嬢、愛のない契約結婚のはずが狼旦那様に沼落ち中です!?  作者: よつ葉あき


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19/30

19.守られることを知った日


「ほう。分家が、本家の婚姻に口を挟むか」


 蓮の声は低く静かに落ちた。怒鳴りではない。だがその一言で、応接間の空気は氷のように張りつめ、吐息すら重く感じられる。


 おばさんは震える唇を動かし、無理に笑みを繕った。

「ち、違いますのよ、蓮様。ただ……ただ、神宮寺家のことを案じて……」


「家を案じる?」

 蓮は片眉をわずかに上げる。

「ならば聞こう。お前が口にした“彩芽の母親がどうの”という話。それが、この家の何を案じての言葉だと?」


 おばさんの喉が詰まり、声が途切れた。夫は横で視線を泳がせるばかりで、助け舟すら出せない。


「彩芽は、この家に仕えて長い」

 蓮の声は淡々と続く。

「誰よりも誠実に働き、私も環も、使用人たちからも信頼を得ている。それを──“母親の素性”だの、“色目を使う”だの。よくも言えたものだ」


 言葉は冷たいが、奥に潜む怒りを誰もが肌で感じていた。


「ひ、ひとつの意見として……」

 おばさんはか細い声を絞り出す。

「分家の者として、将来のことを思って……」


「将来を思うなら、働き手を理不尽に貶めることが家のためになると、本気で考えているのか?」


 おばさんの顔から血の気が引いた。答えられない。答えれば、自らの言葉がただの悪意だったと認めることになるからだ。


「口を挟むにも、限度がある」

 蓮は一歩踏み出し、おばさんの目の前に影を落とした。

「分家の立場を忘れ、妻と彩芽を侮辱した。これ以上の無礼を、私は見過ごさない」


 おばさんは肩を震わせ、声にならない声を漏らす。夫は蒼白な顔で頭を下げ、「申し訳……」と繰り返すばかり。

 やがて二人は深く頭を下げると、逃げるように立ち上がった。襖が閉まる音が重く響き、足早に去っていく背中は小刻みに震えていた。遠ざかる足音が消えると、応接間は嘘のように静まり返る。


 刺々しい空気は消え、残ったのは張り詰めた緊張と虚脱の余韻だけだった。


「はぁ……」


 緊張が解け、思わず大きく息を吐いた。体勢が崩れる。


「環」

 低く名を呼ばれ、はっと背筋を伸ばそうとする。だが蓮の手がそれを制した。


「余計な言葉を気にするな」


 顔を上げると、すぐそばに蓮の顔があり、心臓が大きく脈打つ。

 彼は真っ直ぐに私を見つめ、口を開いた。


「お前も、彩芽も、私が守る」


 その言葉は、重苦しさを切り裂くように響いた。


 その時──。


「環ちゃんっ!」


 勢いよく襖が開き、彩芽が私に飛びついてきた。

「大丈夫だった!? あのおばさん、要らぬことばっかり言って……!」


 胸に秘めていた反発を、彩芽は怒りのまま吐き出す。普段は見せない剥き出しの感情に呆気にとられるが、抱きしめる腕に力がこもり、息が詰まりそうになる。


「大体あのおばさん、いつもごちゃごちゃとうるさいのよ! あわよくば自分の娘を蓮に継がせようなんて、図々しいにもほどがある!」


「彩芽」

 蓮が低く制するが、彩芽は振り向き、今度は彼へ怒りを向けた。


「そもそも、蓮! すぐ戻るように使いを出したでしょ!? 帰りが遅いから環ちゃんが……!」


 ぐい、と蓮が私の腕を掴み、彩芽の抱擁から引き離す。

「環、大丈夫か」


「……ど、どうにか」


 息が止まりそうだったが、蓮に支えられ、ほっと安堵の息を吐いた。


 彩芽ははっと目を見開き、慌てて手を放す。

「ご、ごめん環ちゃん! 力入りすぎちゃって……苦しかったよね」


 私は首を振り、笑って答える。

「気にしないで。彩芽さんが怒ってくれて、嬉しかったから」


「環ちゃん……」

 彩芽は潤んだ目で私を見つめ、唇を噛む。


 そこへ蓮が歩み寄り、ぽんっと大きな手を私の頭に置いた。


「環」

 穏やかな声が落ちる。

「よく頑張ったな。彩芽のことで怒ってくれて、ありがとう」


 その瞬間、胸の奥で張りつめていた糸がぷつりと切れた。

 視界がじんわりと滲み、言葉が出ない。必死にこらえても頬が熱を帯びて震える。


「……はい」


 かすかに答えるのが、精一杯だった。


 襖の向こうは静まり返り、ようやく鼓動が落ち着いていく。全身から力が抜けそうになる。


「……環ちゃん」

 彩芽がそっと私の手を握った。その目は赤く滲み、怒りよりも後悔が勝っているように見えた。

「ごめんね。私が守りたかったのに、逆に守られちゃった」


「そんなことないよ」

 私は首を振る。

「彩芽さんが怒ってくれたの、嬉しかった。旦那様のことも、彩芽さんが使いを出してくれたから戻ってきてくれたんでしょ?

 ……本当にありがとう」


 胸の奥はまだ熱く、涙は引いたはずなのに目頭がじんわりする。


「環ちゃん……!」

 彩芽が手に力を込めた。


「おい」

「何よ、蓮。今は環ちゃんと話してるんだから邪魔しないで」


「いいのか?

 さっきから、環のことも私のことも名前で呼んでいるが」


「……」


 無言で顔を見合わせる。


「えっと……そんなこと言ってました? 旦那様」


「もう今さらだろ」


 蓮が呆れたように突っ込んだ。




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挿絵(By みてみん)
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