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元腐女子令嬢、愛のない契約結婚のはずが狼旦那様に沼落ち中です!?  作者: よつ葉あき


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18/30

18.静かなる怒り


「……いい加減にしなさいよ、おばさん」


 ぽつりと落としたその一言に、応接間の空気がぴたりと止まった。

 おばさんの笑みは固まり、手にしていた湯飲みが小さく震える。まさか反論されるとは夢にも思わなかったのだろう。


「な、なにを……」


 ようやく声を絞り出したものの、その調子には先ほどまでの余裕はなかった。


 私は背筋を正したまま、淡々と口を開いた。


「私が至らないのは分かっています。この家のこともまだ十分にこなせず、妻として未熟だと見られても仕方ないでしょう」


 そこで一度息を整え、視線をおばさんの目に真っ直ぐ合わせる。


「でも──彩芽さんは違います」


 おばさんがわずかに眉をひそめた。

 私は言葉を重ねる。


「母親がどうであろうと、彩芽さん自身には何の関係もありません。彼女がこの屋敷でどれほど誠実に働いてきたか、ご存じのはずでしょう。

 それを血筋だとか、色目だとか……そんなふうに貶めるのは、あまりにも筋違いです」


 声を荒げたわけではない。押し殺した静かな怒りが、言葉にじわりと滲む。

 自分のことならまだ耐えられる。けれど、彼女を侮辱する言葉だけは、どうしても見過ごせなかった。


 おばさんは口を開きかけては閉じ、何度か瞬きをした。応接間の空気は重く、沈黙の刃が突き刺さるように張りつめる。


「……あ、あなたねえ」


 おばさんは引きつった笑みを浮かべ、声をわずかに震わせながら言った。


「私は、ただ心配して……ええ、そうよ。分家として、家のことを案じて申し上げただけなのに……っ!」


 言い訳めいた調子が耳に刺さる。さっきまでの余裕や勝ち誇った響きは、もうどこにもなかった。


「心配なさるのは結構です」


 私は静かに続ける。


「でも、その言葉が誰かを傷つけることもある……一度、よく考えてから口にしていただきたいものです」


 隣に座る夫は居心地悪そうに視線を彷徨わせ、落ち着きなく膝の上で手を動かすばかりだった。

 おばさんはぱちぱちと瞬きを繰り返し、扇子を開いたり閉じたりして落ち着かない様子をさらけ出す。


 その時だった。


 ──パンッ!


 乱暴に襖が弾けるように開け放たれた。

 突然の大きな音に、私もおばさんも思わず身を震わせる。


「な、なにごと……」


 無作法な開け方に文句を言おうと環から目線を移したおばさんは、その先を見て言葉を失った。


 開いた襖の向こうに立っていたのは、そこにいるはずのない人物──


 息を呑み、思わず声が漏れる。


「……旦那さまっ!」


 蓮だった。

 その名を呼んだ自分の声の震えで、どれほど緊張していたのかを初めて思い知る。


 蓮は襖を押し開けたまま一歩進み、ゆっくりと視線を巡らせた。

 その琥珀色の目に射抜かれた瞬間、空気が肌を刺すように張りつめ、呼吸すら重たくなる。


「──随分と賑やかな声が聞こえると思えば」


 低く落ちた声に、抑え込まれた怒気がにじむ。その響きだけで背筋に冷たいものが走った。


 おばさんは慌てて立ち上がろうとしたが、腰が抜けたように中途半端な姿勢で固まってしまう。

「れ、蓮様……い、いらしてたのですね。あの、これは、その……」


「……私は留守にしていたはずだが?」


 蓮の言葉は低く、乾いた音を持っていた。


「留守を狙って、好き勝手なことを言いに来たのか」


 おばさんの顔色がみるみる青ざめていく。


「ち、違います! 決してそのような──」


 必死に作り笑いを浮かべながら取り繕う。


「ほんの……親戚として心配して申し上げていただけで。蓮様のお耳に届くほどのことでは……」


「……心配?」


 蓮はわずかに眉を動かし、琥珀色の瞳が鋭くおばさんを射抜く。


 気まずそうに蓮から視線を逸らしたおばさんは、私を捕らえ、唇を僅かに歪めた。


「蓮様……本当にこのような方が奥様でよろしいのですか?」


「……何?」


「奥様は私にこう言ったのです。“いい加減にしろ”と……それに“おばさん”とも。こんな口を利く奥様では、蓮様のお立場に相応しくないのでは?」


 蓮は黙って見下ろしていた。

 その沈黙に耐えきれなくなったのか、おばさんは慌てて続ける。


「ですから……また離縁されたほうがよろしいのでは、と。分家としては……」


 応接間の空気が凍りつく。

 蓮は一歩踏み込み、影が落ちるほど近くからおばさんを見下ろした。


「……ほう」


 おばさんの方がビクリと揺れる。


「分家が、本家の婚姻に口を挟むか」


 その声音は怒鳴り声ではなかった。

 むしろ驚くほど低く、静かで──だからこそ、逃げ場のない圧があった。


 おばさんは蒼白になり、唇を震わせながら、言葉を失っていった。




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挿絵(By みてみん)
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